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布告

 アルはバージルに揺り動かされて目を覚ました。

 あの夜、アルの疲れは限界に達していた。あの晒し台からの開放されたこともあって、アルは床に就くとあっというまに熟睡してしまった。

 目覚めたアルの口元にはバージルの手のひらが当てられている。何もしゃべるな、という意味だ。

 バージルはすでに着替え終えていた。念を押すようにゆっくりと首を横に振って手をアルの口元から離す。そして窓の隙間から階下の光景を見た。アルも自然とそちらに視線が向く。

 役場の周囲を数十名の騎兵が占拠していた。ドスタンは旗手とラッパ手を帯同させていた。残りの槍騎兵は街の辻に四列縦隊で待機している。

 その中にはアニエスもいた。数人の槍騎兵を従え、彼女は堅い表情のまま、ドスタンと共に役場を囲んでいた。当然のこととは言え、アルは胸騒ぎを感じた。

(あいつとも事によっては戦うのか……)

 さらにバージルは別の窓へ近づいて、鎧戸の隙間に望遠鏡を差し込んだ。ここからは街道と村をつなぐ道が見える。

 村からの逃亡を防ぐように騎兵が警戒しているのが見えた。

 ドスタンは隊を半分に分け、一方で街道に続く道を押さえ、残りを自ら引き連れて役場前まで浸入したようだ。

 バージルは望遠鏡をたたんでアルの方へ向き直る。

「袋のネズミだ」

「あいつら本当にやらかすつもりだったのか」アルの声が僅かに震えた。

「ああ、街道に通じる道は封鎖されている」

「外に助けを呼ぶこともできない」

「村だけで解決しようとした村長の計画が裏目に出た」

 バージルはあくまで淡々と状況を整理しているようだった。だがアルは対照的に動揺を抑えられなかった。矢継ぎ早にバージルに質問を浴びせる。

「どうする?」

「まだ情報が少なすぎる。が、用意はしておく」

「本当にあいつを殺すのか?」

「それは最悪の事態になったらだ」

「最悪ってどんな?」

「十六年前の遠征隊で俺が経験したようなことだ……!」うんざりしたバージルは語気を強くなる。

 アルもその言葉の先は聞けなかった。バージルは遠征隊の時の事を殆ど自分から話さなかった。遠征がとても酷いものだったと村の人間が噂していたのをアルは知っていた。

「とにかく、お前は撃たなくていい。お前は俺が死んだ時の予備だ」バージルは言い聞かせるように言った。

「なぜだ? 二人でやれば効率がいい」

「お前は人間を撃ったことがないからな」

「変わりゃしないさ」

「いや。できれば経験しないほうがいい。殺しは後戻り出来ない」

「俺は戻るところなんて無い」

「とにかくダメだ。今はお前の銃も装填しておけ」

「俺は撃たないのにか?」

「俺が一発目をしくじる場合もある。二挺用意してあれば、すぐに二発目を撃てる」

「……なるほどな。勉強になったよ、おっさん」

「戦争くらいでしか役に立たん。忘れろ」

 それからアルは何も言わずバージルの言うとおりに準備した。

 丁寧に二丁の銃に弾を込める。音を立てないよう細心の注意の払った。

 火薬の量はバージルに指示された量を慎重に量って入れる。兵隊は装填速度優先なので、一定量の火薬と弾丸をひとつの紙に包んだ実包を使うが、猟師はそのときの状況によっては火薬量を加減することがある。狩りで最初の一発を外せば、次の機会が巡ってくるまで一日かかることだってある。

 初弾が当たるか当たらないかが肝心だ。

 バージルは相変わらずドスタンの後ろ姿から目を離さず、じっと見ている。相手からばれないよう窓際の壁にぴったりと張り付き、騎兵たちを観察する。

「あとは村長しだいだな」

 アルは思った。これは狩りだ。だが相手は銃声を聞いて逃げ出すような相手じゃない。外せば無事では済まされない。アルは自分の手の平が汗ばむのを感じた。

 突如、けたたましいラッパの音がバーンズビー一帯に鳴り響く。アルはバーンズの肩越しに窓の外を再び見た。ドスタンのそばに控えるラッパ手のものだった。今の音で村人たちは叩き起こされたことだろう。

 程なくして、バーンズが自室兼役場から出てきた。彼は着替えもままならないまま、ドスタンの目の前までやってくる。

「なんの騒ぎじゃ!?」

「国王陛下のお触れだよ。みんなで聞くものだろう?」

「約束を破る気じゃな?」

「植民地人の大好きな議論という物には一切興味が無くてな」その言葉を聞いたバーンズは激昂した。

「なんだと? 酒と女にしか無いラゴール人に言われたくないわ!」

「黙れ、それ以上言うと耳から削いでいくぞ」静かな怒りを目に宿し、ドスタンは床屋がカミソリを扱うかのような、なめらかな動作でサーベルをバーンズのこめかみに当てた。

 バーンズの白髪が僅かに剃られ、はらり、と地面に落ちた。バージルの引き金に掛けた指にわずかに力が入るのがアルには見えた。

 しかし、バージルは発砲しなかった。おそらくは相手の出方を見極めているのだろう。連中が何を言い出すか、それが問題だ。

 音の正体を確認しようと村人たちが集まってきた。役場の前に騎兵達が陣取っているを見た村人たちは誰もが顔を強ばらせた。

 ドスタンは村人が集まったのを確認すると口を開いた。

「バーンズビーの諸君、よく聞け。ラゴール領総督閣下の言葉を伝える」

 ドスタンの宣言が響き渡る。今まで彼の発したどんな声よりも大きな声だった。そばに控えていた士官が脇に抱えた巻物を取り出して読み始めた。

「神の恩寵によるラゴール国王アンリ四世陛下の名代、半島ラゴール領総督にして……」

 ラゴール側の領土を治める総督の正式な名前を紹介するのに一分はかかった。

 村人たちは詩歌を朗読するかのように読み上げられる文章を聞き、辛抱強く話が本題に入るのを待った。

「……従ってかしこくも国王陛下が認められたフロレンシア川流域の一帯はラゴールに属するのが周知の事実であるので、領域内の村は全て国王陛下に忠誠を誓うべし。また、一帯の治安維持と秩序回復に関するあらゆる権限をギヨーム・ヴィルス・ドスタン男爵殿に与えるものである。国王陛下万歳ヴィーヴ・ル・ロワ!」

 長い読み上げが終わり、両者の間に沈黙が訪れる。兵士も、村人も、しばらく誰も喋らなかった。

「反応なし? 驚いた。理解していないのか?」嘲るようにドスタンが口を開いた。

「そんなわけねーだろ!」

「出て行け」

 ドスタンの言葉へは素早く、そして激しい反応があった。村人たちは衝撃のあまり言葉を忘れていただけだった。気分を逆なでされた村人たちは一気に感情を爆発させた。

 彼らは道路の敷石を剥がして投げたり、そばに置いあった野菜の入った籠から作物を取り出して兵隊達に投げつけた。

 その内の一つがアニエスに向かっていく。そばにいたユゼフがすかさず身代わりのとなってそれを浴びた。

「何があっても剣を抜いてはダメよ」

「分かっております、姫様」

「中尉よ!」

 ドスタン配下の軽騎兵達は騒ぐ村人たちを黙らせようと、乗馬用のムチを振り回して彼らを叩くが、それらはすべて逆効果で村人たちの怒りは増すばかりだった。

「村長、やめさせろ! これが君たちの返答かね?」剣を突きつけたままドスタンがまくし立てた。

「これが我々の答えだ。ラゴールだろうが、アングリアだろうが暴君は認めん!」

「ここで今すぐ首をはねてもいいんだぞ!」

「よろしい! そうすればお前さんの頭に風穴があくぞい」

「なんだと?」

「酒場の二階に銃を持った男がいる」

「ハッタリを言うな」

「そいつは昨日お前が会った森林官じゃ」したり顔の村長だった。

「嵌めたな!」

 ドスタンがこちらを見た。ドスタンは目から怒りが飛んでくるとアルが思えるくらい、こちらを睨みつけている。

 ドスタンは荒々しく剣を振り上げた。今度は先ほどとは腕の勢いが全く違う。バーンズの首筋を狙った一撃が振り下ろされる。

 その時、一発の銃声が響く。バージルの放った弾だ。アルのいる窓からは白煙が立ち上る。

 バージルにとっては必殺の距離、アルも命中を疑わなかった。

 しかし、ドスタンは無傷だった。幸い、バーンズへの一撃は銃撃に驚いたドスタンの馬によってそらされた。

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