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凶鳥の聖霊術士  作者: アメフラシ
8/15

契約の条件




 しんと静まり返った学校の廊下。

 物音を立てないように両方の二の腕と膝をズリズリと床に引きずりながら、飛鳥は目的地である教室へと、声を殺しながら向かっていた。


(あともう少し、このままバレずに教室まで……!)


 既に聖霊校は一限目の授業の真っ最中。

 他の教室から響いてくる、教鞭を取る教師の声に内心でビビりながら、それでも飛鳥は確実に教室へと向かって廊下を這っていく。


 この緊張感……まるで、敵地へ潜入する工作員になったような気分だ。

 さながら今の飛鳥は、敵兵に見つかること無く、所定の位置にまでたどり着き、そしてなに食わぬ顔で、あたかも最初っからそこに居たかのように装い、潜り込む、スニーキングミッションを遂行中と言ったところか。


 目的地(自分の席)へ無事にたどり着ければミッションコンプリート。

 途中で敵兵(教員)に見つかればデッド。一瞬の油断が命取りに。


 ……なんて大袈裟に事を考えているが、要は遅刻が見つかってお咎めを喰らうのが嫌で必死なだけである。


 そんなこんなを考えている内に、気がつけば目的の教室の前までたどり着いていた。

 ゆっくりと立ち上がり、そぉ~っとドアの窓から室内の様子を窺う。中にはお行儀よく席について、教科書とにらめっこするクラスメイト達が視界に入る。しかし何故か、教壇に居る筈であろう一限目の担当教諭、姉の由依の姿が無かった。


 ――しめた。

 まだ教室に来ていないのか。何でいないのか理由は分からないが、これはチャンスだ。

 こっちは無断外泊をしたと思われているのだ。今の内に席について、遅刻なんてしていません風に装い、後で怒られる要因を少しでも減らさねば。


「いよっしゃあ! セーフ!」


 ドアを勢いよく開けて、高らかと勝利の雄叫びを上げながら教室に突入する。


 勝った! 潜入編、完!


「――な訳があるか、馬鹿者」


 ……等と都合の良いことなんてある筈がなかった。


「ぶへッ!?」


 聞き慣れた声と同時、バコンッ! と頭頂部に強い衝撃が走り、飛鳥は床に叩きつけられた。

 よくよく考えてみれば、生真面目な由依が、授業が始まっているのに教室に居ない訳がなかった。恐らくこちらからは見えない位置、ドアの窓際、その死角になっている場所に由依は居たのだ。それをまだ来ていないと飛鳥は勘違いしていただけであった。


 ツッコミを受けてズッコケる、お笑い芸人並みの派手な転び方に、教室中からどっと笑いが起きる。


「アッハハハ! ……アッつん、だッさぁ……クッ、プププッ!」


 中でも一番笑っていたのが、悪友の朱里であった。

 ねじ切れそうな腹を抑え、机に突っ伏し、足をバタバタさせながら大声で笑っている。お前は! マジでお前はっ!


「無断外泊をしたと思ったらその日の内に遅刻とはな。いい度胸だな飛鳥」

「こ、これには訳が……あ、姉貴、どうしてオレが来たのがわか、って痛っ!?」


 寝返りをうつように振り向いて弁明しようとした矢先、由依は右手に握っていた丸めた教科書を飛鳥の頭にまた振り下ろした。


「久地原先生と呼べ馬鹿者。お前が来たことなどすぐに分かったわ……“彼女”が教えてくれたからな」


 由依が得意気な顔でドアの方へ視線をやると、廊下からスルスルと、小さな白い蛇が現れた。

 鼈甲のような光沢を放つ白い鱗の身体を由依の足下でとぐろを巻き、くりっとした粒羅な翡翠の瞳に飛鳥を映している。


 白蛇のフュール。

 それは久地原 由依の契約聖霊だった。


「き、汚ねーぞ! 自分の聖霊を廊下に張らしてたなんて!」

「私がさせたんじゃない。フュールが自ら買って出てくれたのだ。彼女にとってもお前は手のかかる弟みたいなものだからな。同じ姉として一緒に愚弟を凝らしめてやろうと協力してくれただけだ……恩に着るぞ、フュール。あとでクッキーを分けてやる」


 人間でいうところの頷くみたいに、鎌首をクイッと動かすと、フュールの姿は霧のように霞み、しだいに消えていった。

 聖霊術士は、自身の契約聖霊を今のように『霊子化』という不可視の状態にして、自分の魂の中に入れて休息させるといった技法をよく用いていた。今のフュールが消えたのもそれに当たる。


「さて、頭ごなしに叱りつけるのもアレだからな。弁明があるなら言ってみろ、飛鳥。言い訳の内容によっては情状酌量の……」


 と、そこで由依の言葉が途切れる。

 よく見ると由依の表情から怒りの色が消え、何かに気づいたかのような、ハッとした顔をしていた。


「飛鳥、お前……どうしたんだ、その服。ボロボロだぞ! 所々切れていて……それに脇腹の辺りに付いているのは血じゃないのか……!?」


 異変に気づいた由依は、先程とは打って変わり、心配そうな面持ちで飛鳥に身を寄せた。

 それは、さっきまでの問題児を怒鳴り付けようとしていた教職員ではなく、弟の身を案じる姉の姿そのものだった。


「い、いや、これは……学校に遅れそうだったから、近道をしようとしてハデに転んでさ。その時にいろんなトコに引っ掻けちゃっただけだって!」

「なら、この制服に染み付いている紅いのはなんだ!」

「これも、そん時にたまたま道に置いてあったペンキをひっくり返しただけだってば! 別に何でもないって!」


 我ながら苦しい言い訳である。

 流石に異常だと思ったのか、教室の中の生徒達がざわつき始めた。けれど本当の事を言ったところで誰も信じないだろう。

 夜の森の中で、仮面をつけた怪しい男達に殺されそうになったと言って、誰が信じる。それにそんな事を言っても飛鳥は特をしない。姉の由依に余計な心配をかけたくなかったのだ。


「馬鹿者! それが何でもない訳があるか! 正直に何があったのか、はな……」


 その時、床に転んだ拍子に落とした飛鳥のカバンが、ゴソリッ、と動いた。

 それによって、飛鳥に詰め寄っていた由依と教室中の視線が飛鳥のカバン、一点に集中する。


『いってーなぁ。もう少し丁寧に扱えよ。俺が入ってるんだからよ、っと!』


 独りでにゴソゴソと蠢いていたカバンの、開いていたほんの隙間から、あの鳥の聖霊がぶうたれながらひょっこりと顔を出した。

 鳥の聖霊は嘴を使って器用にカバンのジッパーを全開にして外に出ると、まるで卵の殻を破った産まれたての雛のように、ちょこんと立って辺りを見回していた。


「あ、飛鳥……なんだ、コレは?」


 表情筋をヒクつかせながら由依が問う。

 その声に気づいた鳥の聖霊が由依に視線を向けると、


『ん? ……おお! スッゲェ美人! なぁなぁクソ餓鬼! このお人はお前のお姉様か!? 綺麗だなー! 惚れ惚れするなー!』


 ……なんだか自分との接し方に競べて、えらく差を感じる。

 無遠慮にこちらの事をクソ餓鬼と呼んでいるくせに、お前はただのエロ餓鬼ではないか。


「しゃ、喋ってるぞ……飛鳥! この鳥はいったいなんだ!?」

「あー……うん、コイツは、その……」


 漫画だったら今頃、眼がハートの形をしているのだろう鳥の聖霊を抱き上げて、事情を説明する。


「……コイツ、オレの契約聖霊。昨日オレ、コイツと契約しちゃいました~……なぁんて……」


 ………………………………。


「「「えぇええええええええええ!?」」」


 途端、教室中から悲鳴にも似た驚愕の声が一斉に上がり、教室の窓を振動させた。


「徒神が、聖霊と契約だとぉ!?」

「あの徒神君が!?」

「そんなバカな!」

「何か悪い事の前触れ……今日が地球最後の日!」

「ちょっとアッつん! 勝手に世界を滅ぼさないでよ!」

「滅ぼさねーよ! ッてかオマエら、オレを何だと思ってんだよ!」


 謂れの無い罵詈雑言の嵐に、流石の飛鳥もプッツリとキレる。

 クラス連中がどういう眼で自分を見てたのかよぉ~く分かった。というか朱里。人を恐怖の大王アンゴルモアみたいな言い方をすんな。


 人の言葉を話す聖霊に、聖霊と契約出来なかった問題児に聖霊がついたという事実で教室は当人達を尻目に大盛り上がり。

 湧きに湧きまくった生徒達はもはや収拾がつかず、そのまま一限目はお流れとなってしまった。

 由依は、弟が聖霊と契約したことへの喜びと、昨日の夜に何があったのかと心配を隠せないでいる、何とも言えない表情で職員室へと戻っていった。帰ったらちゃんと説明しないといけない。心配をかけない程度に。


 ――そして、時間は流れ、昼休み。




『なぁなぁ。俺にもその“さんどいっち”ってヤツ、少し分けてくれよ』

「お前なぁ、今、食ったばっかりだろうが。メロンパンを丸々一個食い尽くしやがって……ほらよ、ハムレタス」


 青空の下。

 学校の屋上で、購買部の惣菜パンを頬張りながら飛鳥は、差し出したサンドイッチを貪る鳥の聖霊と共に、昼食時間を過ごしていた。


 何時もなら昼食は食堂か教室で済ませるのだが……何分、今日は何時もと違って慌ただしい。好奇の目に晒されるわ、質問攻めにあうわで全くもって落ち着かない。

 それで苦肉の策として選んだのが屋上である。外はまだ四月の肌寒い風が吹いている為、ここで食事を取ろうなどという物好きはそうそう居ない。

 ここならゆっくりと昼食が取れるし、誰にも邪魔されずに話ができる筈だ。


「……なぁ。お前さ、何で昨日あんな森の中に居たんだ? ってかお前、空から墜ちてきたよな? なんで墜ちてきたんだ? それにオレを襲ってきた連中、アレ、お前が目当てみたいだったけど……アイツらはいったいなんなんだ?」

『質問の多い奴だな。一個にまとめとけよ。でもまぁ、知りたいと思うのは当然だろうからな。順番に教えてやる……だから、この“はむ”ってヤツを食い終わるまで待ってろ』


 そう言って鳥の聖霊は、残りの一枚ハムを嘴に挟んで上に向け、ハムを口の中に落として飲み込むように食した。

 まるで河で生きた魚を丸呑みする鵜のように器用な真似をする。人の言葉を喋ったりと、随分と芸達者な聖霊である。


『ふぅ~……まず最初に俺が森に居た事だが、お前が見た通り、墜ちたからだ。もっと正確に言えば俺は“墜とされた”んだ』

「墜とされた? 誰に?」

『昨日、お前を襲ってきた連中、その仲間だ。ソイツはあの仮面連中とは違い、お前と同じ、正真正銘の聖霊術士だったぜ。まぁ戦った感じ、ヒヨッコのお前と違って、実力は向こうがかなり上、雲泥の差ってヤツだったな』


 なにやら引っ掛かるような事を言われた気がするが飛鳥は極力気にしないよう、雑念を払うように頭を振った。

 それよりも鳥の聖霊の話だ。あの森に、空から墜ちてきたのは、仮面の男達の仲間にやられたからだと。

 何となくそんな気はしていた。夜中の、あんな森の奥深くに、鳥の聖霊を狙う男達がタイミング良く現れる訳が無い。そう思っていた。


 けれど、聖霊に深い傷を負わせ、空から墜とした仮面の男達の仲間が、それをしたのが……まさか聖霊術士だなんて……。

 聖霊術士が聖霊を襲う。

 幼い頃から、聖霊と絆を育む事が出来る聖霊術士に憧れ、羨望の眼差しを向けていた飛鳥にとって、その事実には信じられないものがあった。


『正体は不明だが、連中は俺みたいな特殊な聖霊を見つけだしては、自分の物にしようと拐っていたらしい。奴等の仲間は大勢居て世界中で悪事を働いていたようだ。その標的には俺も……』

「ちょ、ちょっと待て!」


 流石に理解が追い付かなくなってきた。

 鳥の聖霊の話が本当なら、飛鳥が遭遇した仮面の男達は、大勢居る中のほんの一端で世界中に活動範囲を広げる巨大な組織の一員?


 ……頭が混乱してきた。

 一介の高校生には想像のつかないような途方もない話だ。

 だとしたら、そんな連中に狙われるこの聖霊は、いったい何なのだろう?


「……お前、いったい何なんだよ?」

『俺か? ……そう言えばまだ名乗ってなかったな。これから長い付き合いになるかもだしな。……聞いて驚くなよ』


 鳥の聖霊はもったいぶるように間をおいてから、自分の名を飛鳥に告げた。


『俺の名前はカルエデス――“凶ツ鳥”のカルエデスだ』

「……まがつ、どり?」


 どこかで聞いたことのあるような名に飛鳥は首を傾げる。

 しかしそれを聞いたのはどこだったか? 結局は思い出せずにいた。


『お前知らねえのかよ、ホンット最近の若い奴は……まぁいいや。とにかく、連中は俺みたいなビックネームを捕まえるのに躍起になってやがったんだ。捕まえたところで契約出来ねえのは目に見えてたのにな』

「契約出来ない? なんで?」

『なんでって……お前、腐っても聖霊術士の卵だろ? 聖霊と契約するための条件ってヤツを知らないのかよ?』

「腐ってもって……えっと、確か……」


 これが条件に当てはまるかは分からないが、円陣を用いた儀式で呼び出した、自信の霊力の波長と合う聖霊と、双方の合意をもって初めて契約が完了する、と聞いていたが。


『……なんだそりゃ? そんなフィーリング的なので契約出来たら、世界中の人間は今頃、みんな聖霊術士になってるぞ』

「オレに言うなよ。エライ学者先生がみんな口揃えてそう言ってんだから」

『中途半端な情報だな、そりゃ。……いいか? 俺達が人間と契約する条件、それはな、契約者が内に秘めている強い“感情”が鍵になってんだ』

「……感情ぉ?」


 予想の斜め上をいく言葉に、思わずすっとんきょうな声が飛鳥の口から漏れた。

 鳥の聖霊、改め、カルエデスは、そんな声には気にも留めずに話し続ける。


『霊力の波長、ってとこだけはイイ線いってるぜ。なんせ霊力っていうのは、“魂”が発する精神の力だからな。魂は色んなモンで構成されてるが、その大部分を占めてるのが感情だ。オレたち聖霊は、その人間が持つもっとも強い感情を糧にして力を発揮できる』

「んじゃあ、その……強い、感情? ってのを秘めた人間にだけ、聖霊は集まって来るって事か?」

『まぁな。けど強ければ何でも良いって訳じゃねえ。オレたちは人間と違って精神的なものに敏感なんだ。自分が人間の、いったいどんな感情で力を発揮できるか良く分かってる。お前らの言うところの“優しさ”や“慈しみ”、そんな、自分の力を十二分に発揮させられる感情を持った人間の所にだけ現れて、契約をするんだ』


 ……それも俗に言うフィーリングというものなのではないだろうか?

 と、そんな言葉が口裏を突ついてきたが、言ったら言ったで後が面倒そうだったので、飛鳥は口を挟むのをやめ、別の疑問を口にした。


「契約の条件が人間の感情、ってのは分かったけどさ、それがお前を狙ってた連中が契約出来ないのと何の関係があるんだよ? 仮面の男の仲間は大勢居たんだろ? ……だったら、その中の一人でも、お前に合う感情の奴が居たかもしれないじゃんか?」

『それは無いな。オレと契約するには、そんじょそこらの生半可な感情じゃ役不足だ。どこの馬の骨とも知れんような連中の仲間じゃあ尚更な。オレは靡かねえよ』

「……嫌にハッキリ言うな。じゃあ、お前と契約する為に必要な条件……感情ってのはなんなんだよ?」


 飛鳥の問いにカルエデスは、深紅に染まった、残酷なまでに鮮やかな、炎ような色彩の双眸で、ジッとこちらを見据えだした。


 なんだかさっきまでの様子と違う。

 高慢で上から目線の話し方をしていた、けれど何処か憎めない、取っ付きやすそうな雰囲気はどこにもなく、まるで恐ろしいものと対面しているような、言い様のない恐怖感が飛鳥の身体を強張らせていた。


『……オレと契約するに値する者の条件(感情)。それは――――』


 ――――強い、殺意だ。


「………………え?」


 刹那、時間が止まったような感覚が飛鳥を襲う。

 それと同時、血の気ない蒼白い冷たい手が、背中にぺたりと張り付いたような、身の毛のよだつ悪寒が飛鳥の全身を駆け巡っていった。


「な、なに言ってんだ……お前」

『言っておくが、一人や二人なんて生易しいもんじゃないぜ。百人や千人、それでも足りないくらいのを対象にした……強い殺意だ。オレと契約することは、底無しのドス黒い闇を秘めた人間にしか出来ない。だが、お前は出来た。お前は魂の中に隠してる筈だ……強力な負の感情を』

「そん、なもの……ある訳……」


 自分でも声が震えているのが嫌というほどに分かっていた。

 それが屋上に吹く、四月特有の肌寒い風のせいでは、無いということも。


『さっき教室で他の生徒が話しているのを聞いたが……お前、ずっと聖霊と契約出来なかったんだってな。何度、契約の儀式を行っても、聖霊は応えてくれなかったってよ』

「……それが……なんだよ」

『そりゃあ当然だ。普通の聖霊は、正の感情に惹かれるんだ。人間のキレイな思いが、とても尊いものだと知ってるからな。負の感情が色濃く滲んだ魂を持つお前の呼びかけなんて、誰も応えねえよ……この学校にいる聖霊の眼には、お前の姿はいったいどう映ってたんだろうな?』


 今度は声を出すことも出来なくなってしまっていた。

 確かに自分は、一度も契約の儀式において、自分の前に聖霊が現れた事は無かった。

 そして他の生徒の契約聖霊には、敵愾心を剥き出しにした眼で睨み付けられる事はざらにあった。廊下でのすれ違い様に、登下校中の通学路でも。


 自分はそういう星の下に産まれてきたのだなと、

 自分は聖霊に嫌われやすい性質たちなんだなと、

 そう、半ば諦めにも似た気持ちで悟っていた。悟っていたのだが、


「……は、ははっ……なんだよソレ、デタラメだろ。……ねえよ。確かに、誰かにムカついたり、怒ったりすることはあるさ、オレだって人間だ。けど流石に誰かをなんて、そんな風に思った事なんてねえよ……はははっ」


 自分でも虚しくなるくらいの乾いた笑い声を飛鳥は出していた。

 自分は一度も、誰かに殺意を抱いたことなんて無い。それは断言出来る。


 だが、心の何処かで『本当にそうなのか』と、問い掛けてくる自分が確かに居て、それが飛鳥の不安を掻き立てていた。

 そんな飛鳥の心情を見抜いているかのように、カルエデスは更に飛鳥を問い詰めてくる。


『嘘だな。お前の中には、普通の人間じゃ抱えきれない程の、それこそ狂っちまうくらいの異常な殺意が眠ってる。じゃなきゃ俺と契約出来る訳がねえ』

「だから、オレにはそんなモノ無いって……」

『いいや、ある。でなきゃ、お前が忘れてるだけだ。負の感情ってのは魂に付いた傷だ。魂を傷つけた爪痕は絶対に消えることは無い……だから思い出せ。俺とお前を繋いだ……お前の根源を』

「お、オレは……」


 その時、離れた場所にある屋上の扉が、ガチャリと開いた。



 


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