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凶鳥の聖霊術士  作者: アメフラシ
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墜ちてきた黒






 時間にして約二時間。長いこと居たものだ。 

 ファミレスの会計を済ませて表に出ると外はすっかり日が落ちていた。

 それも当然。もう午後の八時を廻っているのだから。


「いや~食べた食べた。味は相変わらずまぁまぁだったけど……そこは馴染みの店って事で大目に見ておきますか」


 店を出てすぐに開口一番、ハンバーグセットの六人前を平らげた女の言葉とは思えない台詞が朱里の口から発せられた。


(それがバカみたいに肉を頬張ってた奴の言う事かよ)


 腹を擦りながら満足そうに余韻に浸る朱里の顔を見たアリスが、後輩ではあるものの流石に苦言を呈した。


「いくらなんでも食べ過ぎです継野宮先輩。あんな暴食を続けていたら、いずれ太りますよ」

「うっ……」


 おっしゃる通りだ。

 沢山入るからって胃袋に食料を詰め込みすぎるのは良くない。そのせいで身体に変調をきたす可能性だってある。

 だからアリスの言っている事は正しい……けれど、


「それ……アンタにも言える事だからな。一人で特大チョコパフェ四つ完食って、どんな腹してるんだよ」


 あれには正直度肝を抜かれた。

 見た感じ四〇センチはある、フルーツやらチョコソースが掛かったアイスやらが積み重なった甘味物の塔を、華奢な女の子が一人でパクパクと食いつくしていくのだから。


 いったいその細い身体の何処にあれだけの量を収めているのか。

 その食べっぷりに昂祐と優人の二人が口をあんぐりと開けて驚いていたが、それも無理ないだろう。自分だってそうだったのだから。


「……女性にとって甘いものは別腹です。だからいくら食べても大丈夫なんです」


 顔をプイッと反らしたアリスの細やかな反論が飛鳥の耳をチョロっと刺激する。


「あぁ、そう。さいですか」


 便利な言葉だな。別腹って。


「ま、まぁアタシ達のカロリー摂取話しはここまでにしといて……もう暗くなっちゃった事だし、今日はこれでお開きって事でいいよね?」


 朱里の言葉にみんなが頷く。

 もう遅い時間だ。これ以上遊び呆けては明日に響く。次の日も学校がある平日なのだから。


「よし、じゃあ帰りましょうか。確かアリスちゃんの家ってアタシんちの近くでしょ? 一緒に帰ろうよ」

「あ、はい。私でよろしければ」

「やた! んじゃあそうと決まれば、ユウ君、それとコウ、家まで送ってってよ。こんな時間、か弱い乙女二人だけに夜道を歩かせたりなんかしないわよね?」


 朱里からの頼み、と言うには些か強制力のある申し入れを、優人は嫌な顔をせず受け、昂祐は頭をかきながら「しょうがねぇなー」と渋々了承する。相変わらず男の扱いが上手い事で。


「あの……徒神先輩は? 一緒に帰らないのですか?」


 一人だけ呼ばれなかった飛鳥の顔をアリスは不思議そうに見た。


「ん? あぁ、オレの家は三人とは逆方向でな。だからオレはここでみんなとお別れ」

「そうでしたか……ではここで失礼します。それでは徒神先輩、また明日」

「おう。またな……」


 朱里達と一緒にアリスは帰路につく。その背中を見て、飛鳥は店内でのアリスの言葉を思い出していた。


『私にとってとても大事な約束』


 一〇年前の約束。自分はとうの昔に(現在進行形で)忘れてしまっていたが、彼女は今の今まで忘れずに覚えていた。

 肝心の内容は思い出せないがそう考えると、なんだか申し訳ない気持ちで一杯になっていると、


「……颯天っ!」


 気がつくと飛鳥はアリスを呼び止めていた。

 突然の呼びかけにアリスは少し驚いた様子でこちらに振り向く。


「……徒神先輩? なにか?」

「え、あ、その……」


 自分でも予想だにしなかった咄嗟の行動に思わず言葉が詰まってしまった。

 けれども言わなければ。

 今の自分が伝えられる言葉を彼女に。


 あの時の約束は必ず思い出す。だから待っていてくれ。と、


「あの、だな。その、一〇年前のやつ……だっけ? えと、なるべく早く思い出してみよーかなーとは思ってるからさ……だから、その……あの……」


 いざ口に出そうとするとあまりの小っ恥ずかしさで舌がぜんぜん回らなかった。


(……オレのバカ。ぜんぜん喋れてねーじゃん。伝えたい事ぜんぜん言えてねーじゃん。口下手ここに極まれり……このヘタレが)

 

「……フフ」

「颯天?」


 ……笑った? 

 もしかして余りにもの自分の体たらくさに失笑されてしまったのではと、内心で焦るが、


「無理しなくて大丈夫ですよ先輩。徒神先輩が何を言いたかったのか、それなりには伝わりましたから」

「あ、あぁそう……ならぁ、いいんだけどさ」


 どうやら呆れられた訳ではないようだ。

 が、年下の女の子にフォローされるとは我ながら情けない体たらくだ。オレってダッセェ……。


「先輩。私、ちゃんと待ってますから。一〇年も待てましたから少しくらい平気です……だからゆっくりでも大丈夫。思い出していただくだけでも私には十分ですから」


 ニコリと微笑みながら語りかけるアリスに飛鳥の胸が高鳴った。

 良い娘だ。この娘本当に良い娘だ。朱里とは全く違う性格ベクトルの娘……こんな優しい女の子がまだ自分の周りにいたとは。


 ――よく分からない娘だなんて思ってすいません。


「それと、私の事はアリスで結構です。個人的な事で申し訳ないのですが、苗字で呼ばれるのはあまり好ましくないので、できれば名前の方で御呼びください」


 その提案に飛鳥は少しばかりどぎまぎしてしまった。

 いきなりの名前呼びは非モテな自分にとってかなりハードルが高い事だが……まぁ、本人がそう言うのであれば。


「んじゃあオレの事も飛鳥でいいから。こっちが名前で呼んでんのに苗字で呼ばれるのはなんか変な感じがするし」

「そうですか……はい。分かりました」


 お互いの呼び方が決まったところで、遠くの方からアリスを呼ぶ朱里の声が響いた。どうやらずっと待っていたみたいだ。


「それでは私はこれで。また明日です……おやすみなさい、飛鳥先輩」

「あぁ。おやすみ、アリス」


 アリス達の姿が小さくなるまで背中を見送ってから、飛鳥も反対方向に足を向けその場を後にした。





 点いては消える。

 チカチカと灯る頼りない街灯が照らす、誰もいない閑散とした住宅街の中を歩きながら、飛鳥は一人考え事をしていた。


「一〇年前……か」


 未だに見つからない過去の記憶を飛鳥は探す。

 正直もうお手上げ状態だが、アリスにああ言ってしまった手前、投げ出す訳にはいかない。でも思い出せない。


 見つからないのなら少し方向性を変えて仮説をたててみよう。彼女の証言から得た仮説を。


「確か……『助けてもらった』って言ってたよな。あの聖霊と一緒に。その時のお礼と約束って事は……」


 当時、彼女と彼女の聖霊は困った状態にあった。その時に自分がなにかしらの事をして彼女達を助けた。


 内容は覚えていないからその事は一旦おいておくとして……。

 その時に交わした約束が重要になってくる。ファミレスで自分と接していたアリスの様子を思い出すと、少なくとも悪い印象ではないという事が見受けられる。


 と、ここである仮説が一人歩きし始めた。


「……まさかあれか。漫画でよく見る、小さい頃に助けてもらった出来事が切っ掛けでその時に『大きくなったらアナタのお嫁さんになる』とか言うベタなあれか!? マジか! ホントにそんな事があるとは……」


 ヤベェ……春がきた。

 苦節一七年。年齢分不相応なこの白い髪のせいで、今まで女子が寄り付かなかったこの身に、ついに春がきた!


 なにをしたかは分からないが一〇年前のオレ、グッジョブ!

 オマケに可愛くてクーデレ系(恐らく)な後輩ときたもんだ。そんな可愛い女の子から求愛されるとは……、


「……勝ったわ。オレの人生」


 ずっと散々な生活を送ってきたが、これからはバラ色の学園生活がついに幕を開け――


『退学させられてしまうと言うことだ』


 頭の中に不意に浮かんだ職員室での由依との会話が淡い期待を無慈悲に踏み砕いていった。


「――開けない。開ける訳がない。仮に開けたとしても直ぐ様強制的にドロップアウトさせられてそれでしまいだ……」

 

 直面している事実が甘い夢を見ていた自分を良しとさせないでいる。


「……終わったわ。オレの人生」


 現実とは、まっこと非情であった。


「ちくしょう……オレだって聖霊と契約してぇよ。オレだって……聖霊と……」


 友達になりたい。そんな事ばかりを心中でグルグル回しながら夜道を歩いていると、




 ――――ココダ




「…………は?」


 突然声が聞こえた。

 聞いたことのない声が。だが周りを見回しても自分以外には誰もいない。


「んだ、今の……?」


 幻聴……のわりにはハッキリと聞こえた。

 まるで耳の奥で囁かれているような感覚だった。けれどもここにいるのは自分だけ。


 ……なんだか気味が悪い。

 そう思ったのは決して嘘なんかじゃない。


 それなのに、


「……オレを呼んでた?」


 それなのに……その声からは不思議と懐かしいモノを感じていた。



 ――――ココダ



「っ!? また!」


 また聞こえた。そして今ので明確に分かった。

 あの声は耳元で囁いているんじゃない、頭の中に直接語りかけてきているんだということに。


 ――――ココダ


 頭の中で声がどんどん大きくなっていく。

 そして、直感とでも言えばいいのか、何故か分からないがその声の主が何処にいるのか直ぐに気づく事が出来た。


「……上、か?」


 空を見上げる。

 雲も星もない、夜が支配する真っ黒な空には円く輝く月のみが浮かんでいる。


 ……だけではなかった。


「なんだ、あれ……!?」


 飛鳥の眼には確かに映っていた。空の向こうから飛来する物体の姿が。

 黒く染まった巨大な影。

 普通の人ならば、夜の闇に埋もれているそれの姿を視認するのは不可能に近い。


「……墜ちてくる」


 ……けれども飛鳥にはハッキリと見えていた。

 まるで自分の意識を鷲掴みされたかのように、黒い影に視線を釘付けにされて。


 そして黒い影は墜ちた。

 この街の何処かに。

 遠目からでは街のどの辺りに墜ちたかなんて確認できていない。


 だが飛鳥には分かっていた。あの影が何処に墜ちたか。

 見えていた訳じゃない

 ……それでも分かる。

 分かってしまうとしか言い様がなかった。

 墜ちたのは街外れの森だ。


 ――呼んでいる


「…………行かないと」


 その瞬間、飛鳥は走り出していた。

 行き先なんて決まっている。

 あの物体が墜ちた森にだ。


 なんでこんな事をしているのか自分でも分からない。


 だが行かなければいけない。

 自分でなければダメなんだと、そんな気がしてならなかった。


 飛鳥は走り続けた。

 心をザワつかせながら、

 モヤモヤとさせながら、

 それでも走り続けた。ただ一つだけ胸の内に灯った想いだけを抱いて。


 行かなければ――――“アイツ”が呼んでいる。



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