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戦竜姫×操竜士  作者: 春風 優華
負けたくない
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負けたくない_1

「アオト、アオト! ねぇ、ちょっといつまで寝てるの?」

 草原でいつまでも寝ている上司を私は叩き起こす。しかし、何やら唸り声を上げると直ぐにまた動かなくので、傘代わりに顔に乗せている文庫本を取り上げ、傍で羽を休めるジェシカにお願いする。

「ジェシカ、踏んで」

 するとジェシカは何のためらいもなく、自らの主人の腹部にその前足を乗せ、やんわりと踏みつけた。

「ぐっ……な、なにが起き」

 鈍い声をあげやっと目を覚ました残念な上司を上から睨みつけ、一言。

「もうとっくにジェシカのお散歩終わってるんですけど」

「あぁそっか、お帰りジェシカ」

 キァーー!

 ジェシカがアオトに応えた瞬間、再び前足に力がかかったのだろう、アオトが口を押さえる。こんなところで吐かれても困るので、仕方なくジェシカへ足を降ろすよう言うと、直ぐにジェシカは地に足をつけ、そして翼をはためかせた。白竜の美しい羽が陽の光を浴びきらめく。

「うぅ、胃が破裂するかと」

 私の足元でよろよろと起き上がったアオトは、腹部をさすりながら呟く。

「起こしても起きないアオトが悪いんでしょう。ほら早く立って、任務よ」

「えぇ、今日仕事なんてあったっけ」

 飽きれた、自分たちの任務すら忘れているなんて。本当に寝て本読んで竜と戯れるだけのために生きているような人ね。

 私は精一杯の皮肉を込めて言い放つ。

「ならばなぜ私たちは制服を着ているのでしょうねぇ? くだらないこと言ってないで、もうすでに三十分近く押してるんだら」

 無理やり腕を掴んで立たせると、渋々といったようにジェシカの背に跨った。私もそれに続く。

「それで、どんな任務? 人助け、災害救助、盗賊退治……」

「人助け。それも我らガーティアン・フォースの偉い人のね」

「何だそれ、具体的には」

 私は一呼吸置いてから口を開く。

「宅配よ、宅配」

 その言葉に、さすがのアオトも耳を疑ったのか、背後の私を振り向いた。私は静かに首を振り間違っていないことを伝える。

「それ、俺らじゃなきゃいけないのか」

「全DD、DBペアにお達しだそうよ。幾つかのタッグは緊急時のために街にいるよう指令が出でたみたいだけど、私達はまだ新人で何の功績も残していないから、ペアと同じ扱いみたいね」

「なるほど、な」

 アオトですら飽きれたような声に、私もなぜこんな任務をこなさなければならないのか分からなくなる。しかし、愚痴ばかりこぼしていても何も変わらないので、アオトに目的地を伝える。

「場所は、西の岩山を越え更に川と丘を越えた先にある小さな村よ。さっさと終わらせて帰ってきましょう」

 アオトは、ゆっくりとジェシカを操り西に進路をとる。しかしその速さは、恐らく竜が空を翔ける最低速度だ。アオトは空を見上げ、情けない声を上げる。

「あー、帰ってきたらクレハが手料理作ってくれるってなら頑張れるのにな」

「別に良いわよ」

 一瞬、時が止まったかのように静まり返る。アオトも、空を見上げたまま一切動かない。ただジェシカがわずかに風が頬をかすめるのみ。しばらくしてアオトは、まさかなというように笑い言葉を紡ぐ。

「そっかぁ、やっぱりだめか」

「だから、良いって」

「……え」

 アオトは体勢を立て直し、恐る恐る振り返る。何をアオトはとぼけているのだろうか。私は普通に返しているだけだというのに。

「どちらにせよ自分の分は作るんだし、それなら一人も二人もそう変わらないわよ。アオトって、普段本を食べて生きているような人だからね。たまにはまともなもの食べさせてあげる」

 アオトはゆっくりと前を向き、手綱を握る手に力を込める。

「そのために、さっさと終わらせないとな」

 なんて単純なやつなんだろう。ご飯にありつけるからってこんなにやる気になるなんて。

「だからそうやって言ってるでしょ、全く」

 飽きれた上司だ。だからこそ扱いやすいわけでもあるんだけど、どんなにのせても書類仕事は一切しないだろうからな。

「クレハ、飛ばすからしっかり掴まってろ! 行くぞジェシカ」

「速すぎて通り過ぎないようにね」

「任せろ」

 不安なのでアオトにだけ任せるはずもなく、私もしっかり地上の様子には気を配る。あいにく竜の速度で物事を判断する力は、この一年でみっちり身につけましたから。

 そしてジェシカは、恐らく人が生身で耐えうる最高速度で駆け出した。



 村は緑豊かな大草原の片隅にひっそりと存在していた。私達は村から少し離れた場所に着地し、そこでジェシカを休ませ歩いて村に近づく。すると数人の男女が待ってましたとわざわざ村から出て迎えてくれた。そのまま村長のもとに案内される。

 応接室のような場所に通され座るよう促されたが、私達は任務でここにきているので遠慮し、申し訳ないがお茶も断る。興味津々で壁の絵画や壺などの調度品を眺めるアオトを肘でこずいてたしなめると、奥から村長が姿を現した。深々と頭を下げたいそうな礼を述べる。

「いや、遠いところありがとうございます。あなた方のように偉大な方にこの様な用事をお任せしてしまい心苦しいですが、しかしおかげで助かりました」

 私は村長の下まで歩き膝をついて目的の下を差し出した。

 渡したのは、ガーディアン・フォース創設者名義の一通の書状である。内容は知らされていないが、近辺に住み人々にとってはよほど重大なものらしい。確かに、私達が住む街は立派だが周囲を山や大河に囲われており、人の足で近辺の村々に何かを届けようと思うと数日がかりである。対して竜を使えばこの速さ、DDとDBのペアを利用する気持ちもわからなくはない。

 ただ、毎度そのようなおつかいを頼まれても困る。こっちだって護衛や訓練などやることはたくさんあるのだ。今回のようによほど重要なもの、急ぎの場合以外は無闇に指令を出さないことを祈るばかりだ。今回の総動員で利便性に気づいて、上が味を占める、なんてことがないと良いけど。

「しかし、なんと立派な方々だろう。竜に跨り地に降り立つ姿を拝見させていただきましたが、それはそれは神々しく」

 村長は尊いものを崇めるかのように私達を見つめた。周りにいる村の大人も感激しており、涙を流す者までいる。自らがそこまで素晴らしいなんて到底思っていないので、とても居心地が悪かった。

「やめてください。我々はあくまでガーディアン・フォースの一員。それ以上でも以下でもありません」

「ですが、美しき白竜を見事に操る姿は……」

 語り出す村長をよそに、私は心の中でため息をつく。よほど竜が有難い存在なのだろう。そんな竜を従える私達は、更に神聖な存在に映っているに違いない。

 世界には、こんなにも竜を尊ぶ人々もいるのに。

「クレハ、顔」

 小声でアオトに注意され、無意識に暗い表情をしていたことに気づく。はっとして村長に向き直る。どうやら気づいていないようだ。まだ嬉々として竜の魅力を語っている。村の大人たちも村長の言葉に耳を澄ませ、こちらのことなど一切気にしていないようだった。

 村長の話がひと段落つきそうなところで言葉を挟もうとして、アオトに先を越された。

「貴重なお話ありがとうございます。しかし、申し訳ありませんが我々にはまだ街に戻って報告しなければならないという任務が残っているので、このあたりで失礼させていただきたいのですが」

 低姿勢の言葉に、村長も村の大人たちも気を悪くした様子はなく、笑顔で外まで見送ってくれた。

「どうぞ、これをお持ちになってください。村で育った美味しい野菜です。水には自信があるので、気にいるかと」

 主婦らしき女性が籠にいれて持ってきた野菜を私は受け取り礼を言う。門の前で竜の下まで見送るという人々をどうにか制し、熱すぎる眼差しを背に受けながら、私達はジェシカの下に向かった。

「疲れた、予想外のところで時間かかったわね」

 思わずジェシカの上で愚痴をこぼすと、アオトも苦笑する。帰りは、ジェシカの負担や私達の精神的な疲労を考えて、行きよりもずっと緩やかな速さで空を進む。もう陽は山間に姿を消しつつあり、赤い光が背中を照らす。アオトの髪が、光を反射し朱に染まった。

「クレハはこっちに来てからあの街でしか過ごしてなかったんだよな。なら知らないだろうけど、あの街は特別竜との共生率が高いんだ。だからまぁ、こうして仕事にもなるんだけどな。周りの村や小さな町は、未だに竜を神と崇めるところが少なくない。中には俺らの街自体を神の住む場所のように捉えてる人もいるしな」

 確かに、たまに街の中でも竜の尊さを訴える団体とかが仕事に使うなんて竜に失礼だとか、跨るなんてありえないって訴えているっけ。そういうのを押さえるのも、私達の仕事なんて、皮肉な話ね。

 もっと皮肉なのは、そんな街から遠く離れた場所には、竜を狩る一族がいるなんてこと。そして私は、そんな竜狩りの血を引く者ってことね。

 私が竜狩り族であり、今もなおその力が使えると知ったら、私は街の人に殺されるかもしれない。

 けど、それはそれで、ただしき運命の導きなのだろう。もしそうなれば、抗わずありのままを受け入れようじゃないか。それが私の業なのだから。

「クレハ、何考えてるの」

「別に、大したことじゃない」

「そっか。疲れたなら寝てもいいんだよ」

 細身だけど鍛えてはいるらしいその背中に、そっと額をあて目をつむる。

 別に、アオトの言葉に甘えたわけではない。あまりにもジェシカが優しく飛ぶものだから、ただ眠くなってしまっただけ。

「さっきは、アオトにしてはよくやったじゃない」

「さっきって、村長の? あれはほら、早く帰ってクレハの手料理が食べたかったから。気分が変わらないうちにね」

「……くだらない理由ね。褒め損」

 アオトの背中がわずかに揺れる。笑いをこらえているのだろうか。

「くだらなくなんかないよ、俺には大事なことだからね」

 意識が遠のく、アオトの声がジェシカの羽音と溶けて消えた。



 体が安定を得た感覚に、目を覚ます。見るとそこは、すでに夜の闇に染まった街外れにある、わたしの家の前だった。

「おはようクレハ。よくお眠りで」

「えぇ、大変気持ちの良い朝ですこと」

「なんでちょっと拗ねてるんだよ」

 拗ねてなどいない。ただ少し、アオトの背を借りてぐっすり寝てしまったことが悔しいだけ。

「ほら、足元くらいから気をつけて」

 先にジェシカから降りたアオトが私に手を差し出す。

「平気よ、このくらい」

 普段と同じように後ろから片足を回して体を反転させ、軽々とジェシカから降り立った、つもりだった。

「そんなこと言いつつ、手を取るんだな」

 アオトのいたずらな声に、自分の左手へ視線を向けると、その手はしっかりアオトの右手に重ねられていた。ふっと体の温度が上がる。

「違う、これはつい癖で……!」

「癖って、一年も前の話じゃないか」

 私はアオトと出会ったばかりの頃、ジェシカへの乗り降りすらままならなかった時のことを思い出し、さらに体温が上昇する。

 すぐに手を離しアオトに背を向ける。

「あの頃の話はいいのよ、もう。送ってくれてありがとう。さっさと帰って、支度して来なさい」

「お、それはつまり本当に料理を」

「だからそう言っているでしょう。嘘はつかないわよ。でも、気が変わることはあるかもしれないわね」

 少し落ち着きを取り戻し、横目でちらりとアオトを伺うと、慌ててジェシカに乗っているところだった。

「それは困る。着替えてシャワー浴びて、急いで戻ってくるよ」

「飽きれた。こういう時だけはきはき動くんだから」

「クレハの手料理がかかってるからな。じゃ!」

 颯爽と飛び立ち、白き翼は闇夜に紛れる。

「そんなに一生懸命になるほど食べたいものかな。私だって特別料理が上手なわけでもないのに。普段自炊しないから手料理が珍しいから、とかかな。まぁなんにせよ、仕事にもあれくらいやる気を見せてくれたからなぁ。仕事したら料理を作ってあげるって条件をつけたら頑張るとか……ないな。あの上司に限ってそれはない。死んでも仕事しないようなやつだもん」

 ぽつぽつと愚痴をこぼしながら、たっぷり野菜の入った籠を手に、鍵を開ける。今日はこの野菜を使って、スープとドリアにでもしようかな。



「ごちそうさまでした」

「お粗末様です」

 あれからジェシカを家に置き着替えてきたアオトは、楽しそうに料理が作り終えるのを待っていた。本を読んでいて構わないと伝えたのに、なぜか彼は食卓でじっと私の様子を観察する。別に毒なんか入れたりしないのにね。

 そして嬉々として待つ彼の前に料理を並べると、綺麗な所作で無駄に味わいながら食べ始める。なんだか、向かいで普段通りに食べている私が恥ずかしい。何だろう、人の育ちが分かるっていうのだろうか。この残念上司はこういったところが、いちいち丁寧で美しいんだよな。殺伐とした空気の閉鎖的な里で育った私とは違う。といっても、私だって一般人程度にはなったはずだが、アオトはそれを逸脱していた。興味があるわけではないが、しかし気にならないわけでもない。

 どう甘やかして育てたら、書類仕事の一つもできないくずな人間になるのか。この調子じゃ家事もまともにできないだろう。

「クレハ、洗剤借りていいか」

「どうぞ」

「ありがとう」

 洗剤くらい無駄遣いしなければ自由に使ってくれていいのに。ん? 洗剤って……?

「あ、洗い物なら私やるから、置いといてくれればそれで」

「ご馳走になったお礼くらいさせてくれてもいいだろう」

「けど食器洗いなんてアオトやったことあるの?」

 するとアオトは顔をあげ苦笑した。

「一応これでも自炊してるんだけどな」

 アオトが、自炊? 日がな一日寝転がって本を読んでいるような人間が、料理? そんなことって……。

「まるで信じられないって顔だね。確かに人に作ってあげられるほど上手ではないけど、一人暮らしだからそれくらいはしないとね。家事も一通りはこなしてるつもりだけど」

 ならなぜ書類仕事は一切やらないんだ。今まではできないからやらなかったものだとすっかり思い込んでいた。それだけしっかり身の回りのことがこなせるなら、書類仕事なんて簡単だろうに。

「仕事は別だよ、面倒だからね」

 やっぱりこいつはくずだ。

「クレハも食べ終わったら持ってきて、ついでに洗うから。あと、これ終わったらお暇させてもらうよ。もう夜も遅いからね」

 今更何を言っているんだこの上司は。

「泊まっていけばいいじゃない。何もこんな時間に帰る必要はないでしょう」

「……へ」

「だから、泊まっていきなさいよ。部屋だって余ってるし、布団もすぐ用意できるわ」

 洗い物をするアオトの手が止まる。何をそんなに動揺しているのだろうか。

「ごちそうさまでした」

 私は食べ終わった食器を流し台に持っていく。

「じゃあこれはよろしくね。洗い終わったものはそこの台に立てといて、私はアオトの布団用意してくるから。……何か問題でも?」

 いつまでも呆然としているアオトに問うと、アオトは気圧されたように一歩後退り、ゆっくりと左右に首を振る。

「あ、いえ、何も問題ありません……」

「そう」

 私はさっさとその場を後にし、空き部屋に向かった。



「で、もうこの人は寝てるのね」

 アオトに部屋を伝え、私は部屋で諸々の作業をしていた。しかし食卓に愛用の万年筆を置きっぱなしにしていたことを思い出し廊下に出ると、アオトに貸した部屋の電気が消えていた。覗いてみると案の定である。

「この人も長距離飛行に疲れたのね。だから泊まっていけって言ったのよ。私はあの時休んだからいいけど、さすがに操竜士が寝るわけにはいかないものね」

 ぐっすりと眠っているアオトに布団をかけながら呟き、ふとジェシカのことが気になった。

「あの子も疲れたわよね。今度は竜用のご飯を研究して作ってあげましょう」

 扉を閉め、万年筆を取りに行ってから自分の部屋に戻る道すがら、竜の食事に関する本は棚の中段にあったよな、と考える。万年筆をシャツの胸ポケットに差し入れ、扉に手をかけたところで、胸の奥がざわつく様な嫌な気配を感じた。素早く廊下の先にある玄関に視線を向け、警戒姿勢をとる。次の瞬間、戸が激しく叩かれた。

 慎重に玄関へ近づき、ノブを強く引いたままそっと鍵を開ける。私はこの気配を知っている。いや、この特殊な気の正体を知っている。これはまさしく、私が生まれ育った場所の者しか持たない、竜狩り族の気。

 ここでじっとしていても何も変わらない。一呼吸おき、覚悟決めて思い切り扉を開く。背後に小刀を隠して。そしてそこにいたのは、私よりも小さな影。影は満面の笑みではしゃいだ声を上げる。

「やっと会えた! そんなに怖い顔しないで。感動の再会だろう、姉さん」

「な……えっ、シュリ!?」

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