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鍵の在処ーカギノアリカ  作者: カルトン
死後の世界と真紅ドラゴン
1/53

鍵の在処ーカギノアリカ1 No.1




その日。

その日も、桜井敦也はいつも通り理不尽な日常を過ごしていた。

高校一年生の五月末。新しい環境にもそこそこ慣れ始め、孤独という時間についての使い方理解してきた。理不尽な先輩、優しい幼馴染み辛い場面は毎日だが彼は生き続けていた。

家庭は中流である。二年前に両親と優しかった姉を詳しくは覚えていないが事故で亡くした。それ以来は祖父母に引き取られ部屋に引きこもっていたが幼馴染みの支援もありどうにか復帰できたのだ。

成績は中学の時から、中の下のまま上がりも下がりもしなかった。頭がいいというわけではなかった。自分を磨こうとは あまり思わないが、中学時代にできた友人に誘われてやっているバスケは高校に上がった今でも続けている。

彼女はこの十五年間いたことはなかった。幼馴染みの女子・瀧川飛鳥に引きこもっていた状態から救われたり、勉強を教えてもらったりしているが、ただの幼馴染み付き合いだろう。彼女もそう思っているに違いない。そんなに焦って探すこともない。人生は長いのだから。

目下の悩みは、近日発売のゲームを買うか買わないかである。それを買ってしまうと、その翌日発売の漫画が買えなくなってしまうのだ。故に、大変悩んでいる。

その日の放課後に、いつも通り昔と変わってしまった先輩に逆らって暴行を受ける。その逆らう決意をしたのは自分を変えたいと思ったからだろう。

その日の、

そのときの一瞬まで、

敦也はまだまだ人生は長く続くと思っていた。

自分は安心安全な国にいるから大丈夫だと思っていたのだろう。そんな不確定な根拠の中に。

しかし、その日、そのとき、

真っ赤に血のように染まる夕焼けのなかで、彼の日常は、根拠は、あまりに呆気なく、唐突にに燃え落ちた。燃え尽きた。

あるいは、こう表現するべきかもしれない。

燃え移った。





「おい敦也、買い出しもまともにできねーのか!!」

桜井敦也は目の前に立つ三人組のリーダー格の怒声に驚いて反射的に目を閉じる。

「俺が頼んだのは、酒とタバコとエロ漫画なんだよ。お前が買ってきたのは、炭酸水とシガレットと少年漫画だ。一つも合ってねぇじゃねぇか!」

それらが入ったビニール袋を突き出して体育館裏の地面に叩きつける。入っていた物は飛び散ってしまった。

敦也が何か弁明すべく口を開く。

「いや先輩、酒やタバコは身体への悪影響が大きいんですよ。二年生でバスケ部レギュラーのあなたたちは部活には必要な人たちなんです。今体調を崩したら、他の部員や先生方が心配になってしまいますよ。それに俺ではそんなもの買えませんよ。買おうとしたら店員に怒られてしまいますからね」

弁明を聞くと、先輩は一瞬優しそうな笑顔と優しそうな口調を見せた。

「そうか敦也、お前は俺たちのことを心配してくれたんだ、な!!」

言葉の最後に先輩は敦也の腹部を思い切り殴った。強烈な一撃に敦也の身体はくの字に曲がる。

敦也は痛みに耐えきれずに倒れこんだ。それでも敦也は先輩たちに言い続ける。

「先輩の手は誰かを殴るためにあるんじゃないですよ。チームのため、勝利を掴むためにあるんですよ」

「俺たちは使えないお前のために仕事を与えてやっているんだよ、しっかりしやがれ!」

「ドリブルもシュートもまともにできないチームメンバーは雑用係になるに決まってるんだよ!」

「てか、お前なんでバスケやってんだよ。運動まったくできねぇじゃねぇかよ!」

先輩たちは顔に怒りを浮かばせながら敦也をひたすら蹴り続ける。

敦也は「先輩たちの脚は人を蹴るためにあるんじゃない、コートを走るためにあるんです」と言いたかったが、そんな力は出てこなかった。逆らう勇気は失われていった。

数分経ってから、先輩たちは「死ね」、「消えろ」、「もう来んな」など罵詈雑言を残して去っていった。

上体を起こそうとした敦也の身体に激しい痛みが走る。うっ、と痛みを口にしながらなんとか起き上がる。そして、自分の身体を見渡して、思ったより怪我が多いことを確認する。

「とりあえず保健室でも行くか」

そう言って敦也は体育館裏を後にした。





敦也は中学に上がると共にバスケを始めた。運動が得意って理由ではなく、中学に上がってできた友達に誘われたからバスケ部に入ったのだ。それに、姉がバスケをしている姿がかっこよかったからというのもある。

バスケ部は常勝校らしく、練習はとてもハードなものばかりだった。

始めた頃は練習についていけず何度も吐いた。何度もバスケを止めようと思ったが友人に励まされ二年間続けてきた。レギュラーにはなれなかったが、息の詰まる二年間ではなかった。

高校では友人と違う高校になったが、中学時代のバスケ部の先輩がいて、その先輩に誘われてバスケを続けることにした。

続けなければよかったと後悔している。いや、この学校を選んだことを後悔している。

先輩は中学の時はとても優しくて、頼りがいのある人だった。しかし、高校に上がった先輩は非行少年となり果てていた。いわゆる不良というものだ。タバコを吸い、酒を飲む毎日だそうだ。

高校に上がった敦也に目をつけてパシリとして使うようになったのだ。

敦也は不良のパシリなど嫌なので、毎回それとは異なる物を買ってくる。

その結果が、あの暴力である。

敦也は何も抵抗もできず、ただされるがままの日々だ。

学校を止めようかと考えたが、学校に通わせてくれている祖父母に申し訳ないと思い厳しい学校生活を続けていた。





目を覚ました敦也はベッドの上で横になっていた。視界には白い天井が写る。

上体を起こして辺りを見回す。無色のカーテンで回りが囲まれている。

そうだ、俺は保健室のベッドで休憩してたんだ。

意識が完全に起きると、身体の違和感に気づく。シャツを捲ると身体のいたるところにシップが貼ってあった。敦也は見に覚えのないことに首を傾け る。

「あっ、敦也起きた?」

一人の女子生徒がカーテンを開けて入ってくる。

「また酷くやられたね」

「……これ飛鳥が貼ってくれたのか?」

「そうだよ。今日が偶然委員会の当番の日でしかたなーくやったんだからね」

敦也が飛鳥の目を見て笑顔を作る。

「そっか、俺は飛鳥の偶然に助けられたのか……ありがとな」

「礼とかいらないし」

飛鳥が目を逸らし小声で呟いた。

彼女の名前は瀧川飛鳥。敦也の幼馴染みで幼少中高と同じ場所で過ごしてきた。切手も切れない縁らしい。いや、切ったら逆にプラナリアのように増えるかもしれない。

「敦也、先生に言いなよ。このままじゃ敦也の身体が持たない……わたし心配だよ」

心配しているのが伝わる口調で彼女が言う。彼女は敦也を支えてくれている。敦也が引きこもりから復活できたのは彼女がいたらからなのだ。だから、彼女は敦也がまた日常からいなくなることが嫌なのだ。

「いや、いいよ。これは自分が悪いんだし。それにやめたくないからさ 」

「えっ、なに、敦也ってそういう趣味だったの!? 苛められたいの!? 十メートルはこれから近づかないようにするね」

距離を取りながら飛鳥がゴミを見るような目で敦也を見る。

「違うよ、バスケだよ」

敦也がすぐに補足した。変態だと思われるは嫌なのだろう。

「ホントー?」

じろじろと飛鳥が敦也を見る。

「本当だよ。俺が飛鳥に嘘ついたことあるか」

明後日の方向を敦也は無意識に向く。

「あるよ、数学のテストの点数でサバ読んだし。あと、体育祭で怪我しているのに嘘ついたよ」

ニヤニヤしながら飛鳥が敦也を見つめる。

「やめろ、そんなことを掘り起こすな。わかったよ、これからは絶対に嘘つかないから許してください」

敦也は飛鳥の瞳に気負けしてしまい簡単に誓う。

「うん、わかればよろしい。じゃあ、そろそろ帰ろっか」

カバンを持って飛鳥が立ち上がった。

時計を見ると、もう六時を過ぎていた。

もう部活も終わる頃だ。

「そうだな、帰るか」

「はいコレ!」

飛鳥が自分のじゃないカバンを突き出してきた。

「おう、これ俺のか。サンキューな」

敦也がカバンを受け取ろうとしたら、飛鳥がひょいと手を引っ込めてカバンを遠ざけた。

「駄目。この後わたしと買い物に付き合ってくれたらいいよ」

てきとうに言いくるめてカバンを受け取って帰ろうかと考えたが、嘘をつくことになるため、誓ったすぐに嘘をついたら飛鳥に怒られそうだから、買い物に敦也は付き合うことにした。

「わかったよ。はやく行こうぜ」

「ありがと、敦也」

飛鳥が嬉しそうにはにかんだ。




飛鳥に連れていかれたのは学校から近くのデパートだった。

この辺りでは品揃えが豊富な場所である。五時も過ぎて夕食の買い出しの主婦や遊びに来た学生たちがたくさんいた。

「飛鳥、今日は何を買うんだ。手短に頼むぞ。帰って宿題をやりたいんだよ」

「今日さ、新しいお店ができたらしいんだよ。でね、わたしの美貌で敦也に元気になってもらおうかな、って思ったんだ」

敦也は目を細めて怪訝に思いながら訊ねる。

「いったいどんな店に行くんだよ?」

「んーとね、可愛い服の店?」

「服なら俺じゃなくていいだろ。女友達と行けよ」

敦也の前に回り込んで立ち止まった飛鳥が、半眼で彼を見る。

「話聞いてた? 敦也馬鹿なの? 馬鹿! わたしは敦也を元気にさせたいの。わたしは敦也に服を見てもらいたいから連れてきたんだよ。敦也がいいの。わたしの最新が見れるんだからちゃんと喜んでよね」

「はいはい、わかりましたよ、ありがとうございます」

敦也はてきとうに返事をしながら、飛鳥の横を通って歩き出す。すぐに飛鳥が追い付いて敦也のとなりに並ぶ。

「あ、あれだよ。ほら行くよ敦也」

飛鳥が入る店を見つけて小走りになる。敦也はめんどくさそうに後に続く。レディースのショップに入るのだ、あまり飛鳥から離れたら面倒なことになりかねないから、外を見ながら飛鳥の近くに立つことにした。

「懐かしいな、飛鳥と買い物なんて」

「だって、まず敦也と歩くこと事態少なくなったじゃん。敦也が引きこもっちゃうからだよ……どれにしよっかなー」

飛鳥は振り向かず楽しそうに服を選び続ける。自分にあった柄を選んでいる最中なのだろう。そっちの方を見ていないからわからないが。

「ごめん、あれは本当にショックだったからさ……」

敦也は俯いて目を閉じて中学二年生のある日のことを思い出していた。それは敦也が家族を失った日のこと。

リビングのフローリングは真っ赤に染まり、身体から血を流して母と姉。そして、母と姉を殺した謎の男。

敦也はそのとき恐怖で動けなかった。目の前で敦也を守って死んでいく母と姉を、ただ眺めていることしかできなかった。

一つ上の姉が自分の命と引き換えに、謎の男を殺していなかったら、敦也も死んでいただろう。

姉にはたくさん世話になった。敦也は大好きな優しい姉や母親が死んでしまってから、一年の間引きこもってしまったのだ。

「敦也のお姉ちゃんが亡くなって悲しいのは敦也だけじゃないよ。わたしだって、敦也のお姉さんにお世話になってたから、わたしだって悲しいよ」

俯いたままでいる敦也に飛鳥が声をかける。彼女もよく家に来て三人で遊んだりしたのだ。

「そうだよな、ごめん」

「さっきから謝ってばっかだよ敦也」

「飛鳥にはかなり迷惑をかけたからな」

もし飛鳥が敦也の前から突如として姿を消したら、彼は絶対に焦って必至で探すだろう。彼が姉を亡くした絶望から、復帰できたのは飛鳥がいたから。飛鳥の存在が敦也の生きる支えと言っても過言ではない。

だから、絶対に飛鳥だけは……。

「つや……敦也ってば」

「ん、な、なんだよ!?」

飛鳥が敦也の顔を心配そうに覗き込んできていた。驚いた敦也が思わず一歩下がる。

「どうかしたのと何か考え事?」

「いや、何でもないよ」

敦也が頭を掻きながら誤魔化す。

「ほんと?」

詰め寄る飛鳥から一歩離れながら、しまった、と敦也は思った。

やばっ、嘘ついちゃった。

「ほんとだよ、さっき絶対に嘘をつかないって約束しただろ」

飛鳥は、ため息を吐いて確かめるように敦也を見る。

「もう心配させないでよね。今日酷く先輩たちにやられたから気を失っちゃってるかと思っちゃったじゃない。もうどっかに行かないでよね……敦也がいなくなったらわたし……」

飛鳥はそこまで言って敦也の腕を掴む。

「大丈夫、どこにも行かないさ。もう引きこもったりしないよ」

これだけは絶対に嘘じゃないよ。

「服の候補が決まったから試着してくる。楽しみにしててよね。ちゃんと感想お願いね」

飛鳥が試着室に駆け込んでいく。

一体どんな服を選んだのだろうか。飛鳥が服を選ぶ様子を敦也は見ていなかったから、着替えて出てくるのが楽しみだったりしていた。敦也は腕を組んで試着室の前で待った。

飛鳥が試着室の中から敦也に向けて真剣な口調で注意する。

「覗いたら絶対に許さないからね敦也!」

「誰が覗くかよ飛鳥の着替えなんか。ぜんぜん胸とかないから興味ねぇよ」

敦也が何でそんなこと言われるんだ、と感じながら言い返す。

「何よ、わたしだって敦也が引きこもっていた二年間で少しは成長しているんだからね……って、何言わせるのよ変態!」

勝手に自爆した飛鳥が罵倒を飛ばしてくる。

敦也は試着室の中から聞こえてきてしまうわずかな衣擦れに集中してしまわぬように、時計をずっと眺めていた。

一、二分して仕切りがしゃーっと開く。

「……いいよ、こっち見ても」

飛鳥に呼ばれ、敦也は振り向いて試着室の中を見る。

「は……ッ!?」

予想外の事態に、敦也は身体を硬直させた。

何しろ飛鳥はまだ着替え中であり、婦警らしい帽子は被っているものの、服は袖を通しただけでまだ前のボタンは閉じておらず、下着が露出した状態だったのである。しかもそれで足の途中までストッキングを上げているものだから、とにかくすげぇやべぇ超エロい格好だったのだ。

「おい、これはどういうことだよ……」

敦也が慌てて目を逸らしながら訊く。

「いや、敦也がへこんでるっぽいから、ちょっとわたしの色気で元気付けてあげようと思ってさ……あれ、なんか怒ってる?」

「いいからちゃんと服を着てくれ!?」

敦也は絶叫じみた声を上げると、開けられたカーテンを慌てて閉め直した。

「え、敦也喜んでくれないの!? 陽子がこの格好したら男子ならみんな喜んでくれるって言ってもたんだけどな……あれ?」

試着室内の飛鳥が首を傾ける。

飛鳥は普段しっかりしているが、たまにおかしなことをしたりすることがあるのだ。いわゆる天然なのだが。敦也はその事を今まですっかり忘れてしまっていた。

「敦也ごめんって」

「怒ってねぇよ、だからちゃんと着替えてこい。楽しみにに待ってるからさ」

敦也はそう言い返しながら、飛鳥が自分を励まそうとしてくれたことを嬉しく思った。こんな天然少女だからこそ敦也の生きる支えなのかもしれない。

「……う、うん、すぐ着替えるよ 」

楽しみに待ってる、という敦也の言葉に飛鳥は敦也に見えない場所で頬を赤くした。





「ただいま」

敦也は静かに呟きながら、鍵を回し家の扉を開き中に入っていく。

家に誰もいないとわかっていても、この言葉だけは家に帰る度に言ってしまう。

二年前に両親を亡くした敦也は祖父母に引き取られることになった。めったに会うことのない祖父母、不慣れな家。祖父母は彼に優しく接してくれたが、慣れるのには時間がかかった。両親が亡くなってから、それを受け入れるのに苦労し半年間も学校をサボってしまった。

だが、祖父母に迷惑をかけ続けるのは悪いと思い、飛鳥の援助もありちゃんと学校に通い始めた。

高校は、祖父母は近場を選ぶといいと言ったが、少しでも自立したかった敦也はアパートを借りることにして、一人暮らしを始めた。家賃は祖父母が持つと言うので、敦也もまだ払える状態ではなかったので甘えることにした。

最初は大変だったが、たまに祖母が料理を作りに来てくれたり、隣人がいい人だったりとすぐに慣れることができた。


夕食を帰りにコンビニで買った弁当で済ませる。

こういうコンビニ弁当もいいけど、人が丹精込めて作った料理の方が美味しいと敦也は毎回思う。

敦也は料理が苦手というわけではない。寧ろ、得意な方だ。祖母に教わりながらよく作っていた。今日はちょうど食材が切れたのを思い出したが、今から調達し料理する気力が残っていなかった。そうとう先輩たちに殴られて身体が疲れているのだろう。

「ごちそうさま」

その後はシップを剥がし軽くシャワーを浴び、宿題のレポートを終わらし、まだ身体の痛みが残っていたのでシップを貼り直して布団に潜り眠ることにした。やはり、疲労が溜まっていたためすぐに意識が遠退いていった。





んっ? ここはどこだ?

敦也は目を覚ますと、辺り一面に草が生い茂る草原にいた。草はそんな長くなく、敦也の踝に届くぐらいだ。月谷に風が吹く度に揺らぐ草々を見て切ると不思議と心が安らいだ。よく見ると、昔姉と飛鳥とよく遊んだ広場のようだった。

いつからいたのか分からないが一人の少女が敦也の前にたたずんでいた。少女は背中の中心に届く長さの一本に結ばれた髪を持っている。そして、Let'sEnjoiとコピーされたブカブカのTシャツと赤色のスカート、Tシャツの上からはサイズが二回りも大きいブカブカのパーカーを着ている。ブカブカのパーカーは足の付け根にまで届いていて、身長は小学校低学年くらいの大きさだろうか。

敦也はこの少女に見覚えがなかった。見覚えはないはずなのにどうしてこんな夢を見ているのだろうか。

これは夢だよな。

「本日の神の宣告ターイム!!」

唐突に少女が明くるく弾んだ声を上げた。

「……は?」

敦也は訳がわからずすっとんきょうな声をだしてしまった。

「ちゃんと聞いていなかったのか? 仕方ないな、神の情けだ。もう一回言うぞ。オホンッ。本日の神の宣告ターイム!!」

目の前の少女は繰り返し言ったが、敦也には彼女が言っていることが理解できなかった。

「子供が夜にこんな所で何してるんだよ?」

「話を聞いていなかったのか。馬鹿だねー、敦也くんは。わたしは子供じゃないぞ、神だ!!」

少女が冷静に自分が神だと述べる。

「ほんと紙みたいに薄っぺらいな」

敦也が少女の胸の辺りを見ながら言うと、

「そのカミではないわ。てか、何をジロジロと眺めているんだ。死ねっ、今すぐに死ねっ!」

少女は顔を赤くしながら、シャツの上から胸を両腕で隠す。小学校低学年みたいな年齢なのに胸とか気にするのか。

「死ね死ね言ってると死神みたいだぞ、自称神」

少女は顔を明るくして満面の笑みで敦也を見る。

「やっと気づいたか。そうわたしは神だ!!」

背後にドーンと効果音が聞こえてきそうなほど、少女はとても堂々としていた。

「あー、わかった。お前は神だ。で、何しに来たんだよ」

敦也はもうてきとうになっていた。

「やっとわたしの話を聞く気になったか。では、教えよう……神の宣告ターイム!!」

少女が敦也に人差し指をビシッと向ける。

それは決め台詞なのだろうか。今日三度目となるその台詞を聞き、敦也はなんとなく身構える。

「明日、敦也くんは死ぬだろう!」

少女が言った言葉は「わたし神」より分かりやすく、敦也はすぐにその意味を理解できた。

「は、何言ってるんだよお前は!?」

だから、当然のように敦也は、少女の言葉に焦りと苛立ちを浮かばせる。

「ん、何って、敦也くんは明日死ぬってだけだよ。ただそれだけのことさ」

少女は首を傾ける素振りを見せると、淡々と告げる。

「俺が死ぬってだけって、何でお前にそんなことがわかるんだよ?」

「わたしが神だからさ」

目の前にピースした右手を持ってきて、可愛らしいポーズを作りキッパリと少女は言った。

「ふざけんな! 俺はまだやりたいことがあるんだ! まだ生きていたいんだ! 俺はまだ死にたくない……どうにかしろよ。お前は神なんだろ!」

死という恐怖に逆らえない敦也は声を荒げて、少女に向かって叫んだ。

「いや、敦也くんはもう死からは逃れられないよ。神の決定は絶対ですからね。ゲームオーバーってことだよ」

少女が敦也の目を見て、神らしい威厳を放つ。

「そんな………俺はもう死ぬのかよ」

「飲み込みが早いね」

「夢だと信じたいからね」

「なるほどね」

少女が空を見上げて、そうだね、と言う。

「敦也くんはまだ生きてやりたいことたーくさんあるよね」

「あぁ、そりゃあな。俺にも夢はあるさ。やりたいことはある」

さも当たり前のように言う敦也を見て、少女は苦笑する。

「そうだよね、敦也くんも夢があるよね……時間がないからこれだけは言っとくよ君明日死ぬ。だけど、明日君生き返る」

少女は突然理解不能なことを言った。今日で一番理解できない言葉だ。死ぬのに生き返る。

「おいっ、どういうことだよ!?」

敦也は少女に手を伸ばす。だが、少女の姿は風となり消えて行く。

「待てよっ!」

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