新造。
人類終焉のカウントダウンを聞きながら、しかし各国軍部は焦っていなかった。
確かに、地上の家族や友人達は気になる。
だが、塩水を撒く作戦さえ上手く行けば、なんとかなる。きっと、上手く行く。
そして私達が、人類を守る。
ここには奴は絶対に近付けないのだから。
この安全圏を活かしつつ、攻勢に出る!
世界の空母、艦船は、民間のフェリーやボートを護衛しながら、反攻の機会を伺っていた。
海水に守られた自分達を、あの化け物は手が出せないのだから。
この考え方は、間違ってはいない。
今までの実験データから、塩水に弱い彼が海中では生きられないのは自明の理。
そして彼の攻撃から身を守りつつ、地上での作戦を援護。
正しい。何1つ間違っていない。
彼が、全く変化しない生き物であったなら。
お。
世界人類が彼への徹底抗戦を決め込んだ後。
彼はやっと成長を終えた。
・・・。
まあまあ、かな?
新たな肉体は、体高150センチ、体重40キロ。
視神経、聴覚、嗅覚などの集中した頭部器官を持ち、大脳もここに収容している。その頭部に繋がる末端神経はそれぞれが触覚情報を脳に通達可能で、身体ダメージの全てを即座に把握出来る。
獲物を捕獲するのに利用する腕部は胴体に2つ接続されている。先端部は更に5本に枝分かれし、それぞれが自在屈曲運動、より細やかな動作を可能とする。
脚部もまた、胴体部から2つ。自由な可動範囲を確保するため、あえて腰部を設置する事により、全体の耐久性を増進する事に成功した。
彼は、人間の肉体を模倣出来た。
「あざらしあっさりありがとさん」
発声確認。どうやら、人間の音声をコピー出来ているようだ。
分体の持って来てくれた衣服に身を包む。人間は様々な外装を時節ごとに切り替える。ドラマで見た。
頭髪はどうしよう。伸ばしておいた方が、目立たないか。それに帽子。これで完璧。
彼は髪の毛を一房伸ばし、先端に目を新造。その目で自分の姿を確認してみた。
「うん」
良い。黒髪黒目、身長も目立たない大きさで、肉体機能も「全て」働いている。
さあ、お出かけだ。
彼は無論、ただのお遊びで人間の肉体を持ったのではない。特別な目的があっての事だ。
だから、彼が着飾ったものが、一般に可愛らしいと思われる服装なのも、きっと意味があっての事だ。きっと。
こうして、彼は、人間社会に進出した。
その頃。
日本は、案外に平和だった。
全国で続々と人が消える事件が続発しているが、それでも日本国にヒビを入れるほどのパニックになってはいなかった。
それはそうだ。
日本は、災害大国。このようなモンスターの出現こそ稀だが、地震や津波、洪水、噴火。その他あらゆる天災に見舞われる国だぞ。
この程度の事で混乱していては、日本人はやってられない。
だから、今日も街はにぎやかだった。
いや。
とある一角が、騒がしすぎる。
ちらりとのぞいてみると、そこには美男美女の4人組み。美女とは言っても、年の頃10台前半か。やたら流麗な顔付きではあるが、着ているものは子供っぽい。
その子供の左右と後ろ。まるで護衛であるかのように控える男性3人。どれも身長2メートル前後。しかもやたらいかつい。
いいとこのお嬢様がお出かけであろうか?市民はそう思った。
どうやら、上手く出来ているようだな。このコピー。
彼は自分自身を目立たせないために、複数の分体を男性を模して護衛とした。人間の習性は理解出来ている。オスがメスを守ろうとする。そうした行為で、オスは自分の有用性をアピールし、メスの気を引こうとしているのだろう。やはり、鳥に似ている。
彼は街をお散歩しながら、人間の目線で人間の感じるであろう匂いや湿度、温度を味わっていた。
なるほど。
こいつらが、地上を制した理由が分かる。
これが2足歩行の意味か。
彼はアイスクリームを買って食べてみた。ちゃんと金銭も護衛に持たせてある。人間の持ち物の中にあったものだが、使えるようだな。
手足。自由に道具を使うための器官。
人間の器官の絶対的な特徴は、その身体サイズに見合わぬ「もろさ」だろうか。柔らかく、無防備。同程度の大きさのイノシシや鹿はおろか、はるかに小さな犬猫よりダメダメだ。
しかし、そこに保護具が付く。手袋や靴。これによって、あらゆる動物を超える防御強度を実現。火や氷すら、ヒトは超越した。
それらを作るのもまた、この手足。
なるほどなあ。
ヒトの形を取って、改めて分かる。
この手という器官。道具を持つ、使う、操る事に特化しているのだ。だから、柔らかさがあり、精密な入力を可能とするのか。
この柔らかさだから、このアイスも持てる。
そうだ。
彼は良い事を思い付いた。
柔らかさで有名な豆腐で、更に手先の感覚を確かめてみようと思ったのだ。
「お前らも好きなものを食いな。人間以外なら何でも良いぜ」
「ああ」
「おれ、クジラが食いたい。人間なら食べられるんだろ?」
「じゃあおれ、馬。馬刺しって言うんだって」
にぎやかな一行は、ちょっと注目を集めつつも、変な人達、で済んでいた。
スーパーに立ち寄り、予定通り豆腐をゲット。クジラはあったが、馬刺しは無かった。残念。
買い物の様子は、幼体教育啓蒙番組を見ていたので、余裕で分かる。
近場の公園で、豆腐のパックを開封。いざ、触ってみる。
「うおっ。マジで柔らかいぞ」
「へええ。人間の手でも掴めないのな」
「だから練習するんだよ。豆とかやってたじゃん」
「納得」
彼はテレビの映像から、人間の異常な修練期間の長さをも知っていた。
そこらの生き物なら、幼体のうちに済ませる修養を、成体になってもなお続ける悠長な生き物。
そしてこの情報は、更に別の意味を彼に教えてくれた。
人間は道具を使える、そのように生まれて来る・・・のではない、という事。
ヒトもまた、生まれた瞬間には体毛の薄い哺乳類程度の存在でしかない。
だが、テレビが教えてくれた。
教育番組が、全てを教えてくれた。
ヒトは、ヒトを人間に教育する生き物なのだ。
それを円滑に進めるために、膨大な数の人間が居る。いや、それだけの数が生存出来るから、教育も出来ると言うべきか。原始時代。人間のもっと少なかった時代には、教育機関も無かったらしい。そして成長後の進路も、この現代ほど多くはなかったようだ。
すごいものだ。
彼は豆腐を握り潰しながら、ヒトへの驚嘆の念を新たにした。
これが、絹ごし豆腐。
彼の人間体の握力は、人間のそれと同じく自由にコントロール出来る。それでいて、豆腐は握りきれず、潰れる。
人間はこれを、更に箸という道具を介してまで握ると言うのに。
驚愕している所悪いが、彼はいくら人間でも豆腐を手でつまもうとはしない事を知らなかった。
新たな本体の実験も終わった所で、彼はこれからの予定をどうするか考え始めた。
本体は、完全に作動している。このまま人間を襲っても良いが。
「もったいなくね?飛行場と飛行機さえ潰せば、それで良いと思うんだよなあ。人間は無限に増える。これからも増えてもらおうぜ」
「でもそれ、油断っぽいぜ。人間がおれらに対して有効な道具を持ったら怖いし」
「そうしたら、本体をもっと成長させれば良い。絶対に勝てるって」
彼は護衛に付かせている分体3人の会話を聞きつつ、考えを深める。
人間を養殖するのは、とても良い事だ。あいつらは、放っておけばあらゆる食材をかき集めてくれる。おれの代わりに。
だが、生かしておけば、おれに害かも。
うーむ。
「ま。安全第一で行くか」
彼は決断した。
にぎやかな街は、1日で静かな街に変わった。人間、人間に飼われていたペット、全てが消滅したから。
だが。もしもこの時、人間側に余裕があれば、ある事に気付いたかも知れない。
街の人間の消失時、震度計が動いていた事に。




