目覚め。
日本国中央山岳地帯。
県庁所在地からほど遠く、人里離れた山奥で、それは、目を覚ました。
・・・お?
これが、彼の生後初めての思考だった。
流れる・・・。流れている・・・。
おれが、流されている。
彼は、川というものをまだ知らなかった。
水中の石ころにへばりついていたミジンコのようなものだった彼だから、仕方のない事だったが。
意識を持ち、自由行動を取れるようになったばかりの彼は、ただ水流に舞うホコリでしかなかった。
・・・腹、減った。
エネルギーが足りてない気がする。光合成はしているのに。
なんで?
彼は、その思考能力によって、彼の他の親類縁者よりはるかに燃費の悪い体になってしまっていたのだ。
ゆえに、本来、光合成だけで事足りていたはずの栄養が、全く足りていなかった。
このままでは、1時間以内に栄養失調で死を迎えるだろう。
やべー。なんか分かんねーけど、やばい気がする。
メシが、要る。そんな気がするなあ。なんとなくだけど。
ゆえに、彼は、彼の遠い親戚のやっているように、他の生命を摂取し始めた。
まずは、彼の兄弟達から。
うめえ。流石、おれと同じ構成の生き物。必要な栄養が完全にそろってる。もう、これだけで一生生きて行けるな。
栄養をたっぷり取った後、彼は水底の石の更に底を掘り、そして砂でふたをして、眠った。
彼は、自らの腕が、彼の同族よりはるかに器用に力強く動き回る事に、違和感を感じていなかった。そして、彼のやった事が、彼の種族限界をはるかに超えた所業である事も、知らなかった。
翌朝。
彼は幸運にも、魚や水中生物にも見つかる事なく、朝を迎えた。もしもこの時、他の生き物に見付かっていれば、彼もまた他の誰かの栄養になっていただろう。
だがそうはならず、彼は新たな時間を得た。
良い朝だ。が、生き物が、居ない。
どうする?
彼は、その数センチにまで巨大化した肉体で考えていた。
前日には、1ミリ以下であった身体。それを10時間足らずで100倍まで引き上げた。
その代償として、彼の生まれた川には、もうエサが無い。
微生物、カニ、小魚、全て食った。
・・・確か。泳いでる奴が、川の上のモノを食ってたな。
あれを食うか。
そのためには。
彼は、カニの姿を思い出していた。カニの呼吸器官を思い出していた。
自分が食べたその器官の構造を、彼は覚えているのだ。
ええっと。これで良いか?本当か?
すげえ怖いけど、やらなきゃ、飢える。
呼吸器官は、一応3つ作ったし。やってみるしかないか。
彼は、初めての水上に向けて、カニと魚と肥大化させた微生物の、3つの呼吸方法を獲得していた。
だが、これで8割方のエネルギーを使い果たした。
早急に栄養を取らなければ、干からびて死ぬ。
・・・
静か、だな。
え、何これ。なんなのこの世界。
なんで、音がしないの!??
彼は、生まれて初めての陸で、混乱を生じさせていた。
確かに、風は彼の体に触れている。
しかし、それだけ。
今までの彼の人生の全てに関わっていた水が、無い。
それは、彼に極限までの困惑と不安を生じさせていた。
振動が無い。圧が無い。なにより、流れが無い。
微細な物質・・以前の彼の本体よりなお小さい・・を含んだ水より軽いモノは、体に当たって来るが・・。これが、地上か。
しかし、動きにくいな。横方向の圧は全く無いのに。上・・・でもない。なんだこれ?圧力じゃないけど、体が重い。なんなんだ・・・。
彼は、重力を知覚した。
そんな事より・・・!
彼は、元来た水の中に潜った。大急ぎで。
なんだ。
彼は先ほど作っておいた伸縮式の自前の呼吸器を地上に伸ばした。そして、そこに視覚機能を配置。微生物であった己を思い出しつつ、今の体に適合した目を新造する。
・・・なんだろう、あれ。
彼の新しい視界に入ったのは。
大量の水草のようなものを身にまとい動く、太い足を4つ持った生き物。
かなり体温高そう。てか、熱そう。呼吸の際に生物から放出された物質も、かなり高温だ。
体高2センチ。体長6センチほどか。
狩れなくもない。しかし、今の肉体の動きで、やれるのか。
否。
やるしか、ない。
彼の体力は、既に1割以下。
機会は、この一度のみ。
水を飲んでいる。四肢は・・・おれより、太い。かなりやばい。
しかし、身体機構は、単純。
おれよりタフそうだが!
おれよりは、弱い!!
ザ オ !!
一気に接近!この体力の全てで、殺る!
ザッ
逃げるか!おれと戦うのは怖いか!!
なら、腹に入れよお!!
ネズミは、いきなり水中から飛び出して来た見た事のない生き物を相手に、全力で逃げ出そうとしたが。
ジャ
今まで触れた事の無い感覚に、身を絡ませられ、捕われた。
ふうう。成功。
「口」を振り回してとっ捕まえる。なりふり構わない戦術だったが、上手く行った。呼吸器を伸ばしたのは正解だったな。
彼が捕まえたネズミは必死に逃げようともがく様子を見せたが。その伸び縮みする器官によって、完全に胴体を捕縛され、かろうじて外に出ている手足をジタバタさせるだけで手一杯だった。
重っ。早く食っちまおう。
ガチリ
美味いじゃん。これなら、ここでも生きて行けそうか。
初めて食する陸上生物の味は、悪くなかった。カニのハサミを模した捕食器官によって運ばれた栄養は、彼の残り少なかった命の火を繋いだ。
彼は、なんとか今日も生き残れそうだった。




