三番
オッサンの中学生のころの話です。
「なあ、そこのガキ。三択の質問だ。一番、お前が死ぬ、二番、お前の両親が死ぬ、三番、お前も両親も死なないがこれからのお前はゴキブリ以下のクズになる。この三択ならどれを選ぶ?」
ある日の放課後。パーカーのフードを深く被った怪しい女に声をかけられた。パーカーのせいで表情こそ見えないが、その綺麗な声からして美人であることは予想できる。言葉遣いは悪いが。
女が美人かどうかはどうでもいいとして、コイツが言ってることは無視できない。ただのショタコンの不審者ならそれでいい。全力で逃げるだけだ。
一番怖いのは三択の内どれかを選ばなければならない場合だ。父さんにも母さんにも死んで欲しくないし、僕も死にたくない。当然、ゴキブリ以下の存在にもなりたくない。
となると僕のとるべき行動はただ一つ。僕は進行方向を切り替えると同時に全力でダッシュを...するはずだった.......。
コンクリートの地面を全力で蹴るはずだった僕の足は地面に埋まっていた。抜け出そうとしても力が入らない。むしろ、どんどん深く沈んでゆく。ワケが分からない!!パニックに陥った僕に女が近寄ってこう言った。
「警戒心が強いのは結構だが、ちょっとばかし私を待たせすぎだ。早く答えなきゃお前は地面に埋まって窒息死だぜ?さあ、答えろガキ。親を犠牲にして生きるか、自分を犠牲にして親を助けるか、とんでもねぇゲロクズに成り下がるかをな。」
親も自分も死ぬのは嫌だ。クズにもなりたくないが僕に選択肢は無いようだ。
「三番..。」
僕は力のない声で答えた。
「そうか、分かった。これからのお前は救いようのないクズだ。きっとこの先はろくなことがないだろう。だがな、死ぬことだけはするなよ?それじゃ詰まらねえからな。」
女は嫌な笑みを浮かべながらそう言った。
それからの僕は良いことなど一つも無かった。
クズになると他人に言われたからと本当にクズになる人などいないだろう。だけど、僕は本当にクズになってしまった。
僕の人生が狂い始めのは欲に捕らわれてからだ。
僕には好きな人がいた。僕はその人のスカートが捲れる瞬間を目撃したことが一度だけある。そのときから僕は性という毒に犯されてしまった。
これは僕の持論だが、欲がクズを作るのだと思う。食欲、性欲、睡眠欲。この3つだ。まあ、食欲と睡眠欲は必要な分だけ適度に満たしていれば問題ないだろう。だか性欲はそもそも存在自体がナンセンスだ。別に性欲が無くても死ぬことはないし、むしろ無い方がいいと思う。
欲は満たしすぎると毒になる。欲を満たしすぎると、それまで通りの物では満足しなくなる。満足できないから更に強い刺激を求める。そのうち、それも物足りなくなり更に更に強い刺激を求める。これを繰り返す内に人の世界は小さくなる。欲を満たすためだけの醜い世界に変わっていく。そして、クズが完成する..。
僕が30歳無職童貞クズニートになるまでの人生を簡単に説明しよう。
好きな人に告白してフラれて、逆恨みしてストーカーになって、ある日いつも通りストーキングしていたら警察に捕まって。親に泣かれて、受験に失敗して底辺校に入学して、ロクに勉強もせずにいたら大学受験も失敗。浪人して勉強を始めるが続かずに再び受験失敗。そのことを親に激しく責められ、それからは引きこもり生活。そして、30歳無職童貞クズニートの僕の完成だ。
親は最初は就職するように説教してきたが、何度説教されても反省しない僕に呆れて何も言わなくなった。
僕には何もない。あの女に返した答え「三番」が本当にこうなった原因なのかは分からない。ただ僕がクズであることは間違いない。
「そうだ、死のう...。」
希望もクソもない自分に絶望し、自ら命を断とうとしたとき。
奴がまた僕の前に現れた......。