第一章 妄想する生徒会
第一章 妄想する生徒会
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「やっぱり血のつながっていない姉や妹は、邪道だよ」
この言葉は俺が生徒会室のドアを開け、一歩中に入った瞬間に聞こえて来たものだ。
「小説や漫画でよくある展開だけど、作者が世間体を気にして、義理の関係なら許されるって考えているのがよくないと思うんだ」
声の主はよくわからん持論を熱く展開しているようで、入室して来た俺に全く気を払っていない。
「でも時代や世間はいいものはいい、わるいものはわるい、そういったものに敏感だ。そういった感性はまがい物や偽物より、本物を選ぶにきまってるよ」
くっそどうでもいい演説が続く中、俺はこの部屋で自分用に用意されている席の椅子をガガッと引っ張る。
「だから最後に残っているのは、きっと本物の方だと思う」
そして俺はそのまま着席。
現在もアホなことを語っている声の主は一人で、俺の左ななめ前にいる。
そして俺以外の聴衆は二名。そいつらは俺の前方と左の席にいた。
つまり合計三名が俺より先にこの部屋の机に陣取っていたことになる。
「即ち、本当に血のつながった実姉こそが、誰にとっても最高に愛おしい存在のはずなんだ!」
演説者は最後に己の一番主張したい部分で締めくくったようだ。アホくせぇ。
それに対し、二人の聴衆たちはそれぞれが「痴愚神を礼賛せよ」とか「っくく」とか反応している。アホくせぇ。
「そうか、わかってくれるかい。僕はとっても嬉しいよ!」
演説者はその反応を肯定的に受け取ったのか、端正な顔を喜色満面にしている。
いや、いろいろと意味がわかんねぇよ、どアホ。実の姉を賛美するのはいいが、妹や親兄弟にも少しは目をかけてやれよ。
俺は呆れてハアッと盛大なため息をつく。
「あれ? いつのまに来てたんだい、恒?」
脳みそが腐って納豆やヨーグルトにでもなってるんじゃないか、そう思えるような演説をしていた生徒会長。
生徒会室にいた三人の内の一人目。滝谷修二生徒会長は俺の存在にようやく気づいたようだ。
「いま来たところです」
俺は素っ気なく答える。相手は一応先輩で、この部屋での最高権力者だ。普段はとても優秀で尊敬もしている。
だが狂人めいた瞳で実姉萌えを宣言している時には、こんな態度でもいいだろう。
「っくく。ヤシューのバーニングソウル(熱きオモイ)に触れていたせいで、ラムダの侵入に気づかなかったな。俺様もうかつだったぜ」
続いて三人の内の二人目。いまは俺の左側の席に座っている男、副会長の天寺進先輩が俺に話しかけてきた。
この先輩はいつも訳の分からない造語を使っている。バーニング? 何じゃそりゃ?
どうやらこの先輩は日本人ではないようで、発言内容が往々にして理解出来ない。
鬼太郎みたいな見た目をしているのでどう見ても日本人顔である。さらに名前も日本人らしい名前だし、確か禅寺だかなんかの跡取りだった気がする。
でも少なくとも俺にはいろいろと彼の発言が理解出来ない。ならば彼は外国人で、外国語でも話しているに違いないだろう。
どうやらヤシューというのは滝谷修二のことらしく、ラムダというのは俺のことらしいが、……頭に虫でも湧いてんのか?
「中二病、乙っす」
天寺先輩の意味不明な発言には、大概こういっておけばいい。ある意味、付き合いが楽な男かもしれなかった。
滝谷会長は性癖が気持ち悪いが、天寺先輩はネーミングセンスと仕草が全体的に気持ち悪いのだ。
「それより、今日の会議はもう終わったんですか?」
俺がこの気持ち悪い空間の話題をとっとと変えるべく、生徒会役員らしい質問を誰にともなく投げかける。
すると、
「吉兆の星は去り、南天より暁がやってくる」
……。
前方に笑顔の宇宙人がいる。
こいつに至ってはもう外国人ですらない。
こいつが生徒会室に俺より先にいた三人の最後、電波会計の御堂要だ。
発言を聞く度に思うが、君はどこの星の電波を受信してるの?
壊れかけのレディオみたいに頭部を殴れば元に戻るの?
彼の口から出ている言語は日本語のようだが、意思疎通がそもそも出来る気がしない。
というか、この男と会話すること自体、俺はすでに諦め気味だ。先輩たちから感じるような気持ち悪さより、むしろこいつからは異質さを強く感じる。
どうして会議の進捗を聞いたら、返答が星や空の話になってるんだよ。
「……あの、御堂は何を言っているんです?」
俺はこの御堂という同級生の電波発言を唯一まともに理解出来るらしい、滝谷会長に質問をした。
「ん? もう終わったよ、だってさ」
その会長は、御堂の電波発言の内容をコーヒーに角砂糖を入れるくらいの何気なさで俺に翻訳してくれた。
相変わらずすげぇな。どうやってあの電波式暗号文を解読しているのだろうか? 学校の七不思議なんかより、よっぽど不思議である。
「っくく。ドゥカナはシャイハート(心を閉ざす者)だからな。ソウルコネクト(意志を絡める儀式)にはまだまだ時間が必要だ」
御堂要を理解するのには時間が必要だ、と天寺先輩は言っているようだ。
奇天烈な英語が一々うぜぇ。
御堂要を天寺先輩はドゥカナと呼んでいる。ってかあんた、親と話す時もそんなテンションなの? 恥ずかしくない?
「そっすか。でもいちおう書記として内容をまとめたいんで、会長、概要を聞かせてくれます?」
俺は会長に話しかけると、
「いいよ。口頭で構わないかい?」
会長殿は快諾してくれた。物わかりのいい人で助かるね。性癖がちょっとアレだけど。
俺はさっそく議事録とボールペンを用意し、いつでも内容を記せるようにした。
俺の準備が整うと、さっそく生徒会長は目をつぶり、さきほどあったのであろう会話の内容を思い出すように話を始めてくれる。
「今回の議題は、みんなの夢の実現について話し合うことだった」
へぇ、そうなんだ?
もちろん俺は議題について何も聞いてない。きっと誰かが雑談中に適当に提案したんだろうな。
「僕たちは黒庄男子高校の生徒会として、生徒たちの夢の実現をサポートしなくてはならない」
ふむふむ。生徒代表である生徒会が考える内容として、少しハードルが高い気もするがまあ別にいいだろう。
「だが誰がどんな夢を持っているか知らねば、実現のサポートなど出来ない」
ふむふむ。そうだな、議論の対象となるべきものをきちんと定めないとね。
「そこで一般的な高校生の夢は何か? これを三人で考えてみた。三人寄れば文殊の知恵、というからね」
ふむ? 姉好きの異常性癖マンと中二病バカと電波野郎が? 一般的な高校生の夢を考える? ……カオス過ぎるだろ。
無記名の進路希望調査の情報を教師からもらうとか、そういうんじゃダメなのかな?
「しかし結果は芳しくなかった。だからひとまず議題のサンプルにするという意味もあって、各々の夢を主張してみたんだ」
ふーむ。
……まあ、俺たちも生徒会メンバーである前に、この学校の生徒の一員だからな。参考になるかもしれん……か?
「まず僕は、血の繋がった実姉と添い遂げることこそ、みなの夢に違いないと語った」
おい。
それはあなただけだ。
あなたはこの学校の生徒の人生をなんだと思ってんの? みんなまとめて犯罪者にしたいの?
そもそも血の繋がった姉がいる確率って、二十パーセントもないでしょ?
会長の理屈でいけば、残りの八十パーセントは生まれながらに夢を叶える権利を持っていないことになるんだけど。
ついでに俺もだ。俺にも姉はいないからな。人を勝手に夢なき子にするんじゃない。
「次に進は己の内に秘められた能力の封印を解くことが、全ての男子高校生が持っている夢に決まっていると言っていたね」
一生封印されている能力ですね、わかります。……ってか、みんなはもう中二病はとっくに卒業しているんだよ!
いまだに己のうちに秘められた能力があるとか言ってんのはあんただけだ!
ついでに発言内容と存在もどっかに封印されてくれないですかね。
誰の人生に取ってもあんたの封印設定は不要なんで。いや、どっかの精神病院に封印するのはいい案かもしれんが。
「最後に要は生徒の夢はわからないけど、第四世界へ帰還したいらしい。協力してくれたら、その世界に存在する波動エネルギーとやらで代わりにみんなの夢を叶えてやるってさ」
なるほどね、あんたら俺をバカにしてんだな?
ってか第四世界ってどこの世界だよ。第二世界と第三世界はどこいった? そもそもここが第一世界でオッケー?
あと、波動エネルギーってのも何なんだよ。街中で波動拳でも打てるようになるのか?
「……」
俺は真っ白の議事録をパタンと閉じ、無言でボールペンを机の上に放り投げた。
ダメだ、こいつら。早く誰かなんとかしてくれ。
実姉好きの異常性癖マンである生徒会長、滝谷修二。二年生。
彼は見た目は爽やかなイケメンで、学業優秀。身長も高い好青年なのだが、何かにつけて双子の姉の自慢ばかりする驚異のシスコン野郎だ。
出会った当初、会長の姉に関するアホみたいな発言はすべて冗談だと思っていた。
だが会長の生徒手帳の中に、会長に見た目がソックリな姉の写真が何枚も入っているのを見て、そんな俺の甘い思考は吹き飛ばされた。
こいつ、あかんヤツや!
そう強く思ったことを、覚えている。
高校生にもなってまだまだ中二病全開のおバカ副会長、天寺進。二年生。
この人は鬼太郎みたいなうざったい長髪で左目を隠し、ことあるごとに左手でかきあげたりしている。その仕草は非常にうざったい。
この人は出会った当初から、存在自体が非常にうざったい。
極めつけはそのネーミングセンス。俺のことをラムダと呼んだ時、人はうざさで他人を殺せるかもしれんと思ったくらいだ。
こいつ、あかんヤツや!
そう強く思ったことを、覚えている。
毒電波受信アンテナの会計、御堂要。一年生。
こいつの外見は天然系でホワホワしており、女性と見間違えるくらいに中性的だ。見ている分には害がない奴である。
しかし、出会った当初から俺はこいつとまともに意思疎通を行えたことはない。
会長の話によると、どうやらこいつはこの世界とは異なる、別の世界というものが世の中には存在していると信じているらしい。
クラスが別なのでわからんが、頭の中身や授業中とかどうしているのかなど、色々と謎に包まれた男である。
こいつ、あかんヤツや!
そう強く思ったことを、覚えている。
って、あかんヤツばっかりじゃねーか!
どうなってんだよ、この生徒会は!
こんな変人だらけの巣窟に投げ込まれた、俺、下村恒の不幸を誰かに共感して欲しいものだ。
俺は普通の生徒会書記だ。どこにでもいる高校一年生だと自負している。
外見的な特徴も乏しい。やせ形でも太ってもおらず、身長は平均くらいで、黒髪も校則を守った長さだし、眼鏡をしているくらいしか特に語ることはない。
そんな俺が風邪で休んだ日に勝手に生徒会書記に推薦され、こうやって生徒会室に通うようになってからすでに二ヶ月が経過している。
初めてこの生徒会メンバーのいかれっぷりに触れた時、俺は何度かやめたくなった。
しかし、一度始めたことはきっちりやり遂げたいという妙に律儀な性格と、他人に本気で嫌われそうな行動はできないという臆病さにより、いまも生徒会メンバーとして末席に加えられている。
そんなこんなの葛藤もありつつだったが、何とか俺はこの生徒会室で最低限の仕事はやろうとしている、のだが……。
その肝心の仕事の内容とは、このアホどもの戯言を書き記すこと……。
たまに自分の書いた議事録を冷静に見て、ホロリと涙が出るぜ。
「正直、つきあってられません」
俺は本音をポツリと漏らした。だってそうだろ? こんないかれた思想の奴らが同じ生徒会メンバーだなんてうんざりだ。
さすがに今日は書記としての仕事をするつもりはなくなった。適当に戸棚からお茶菓子を引っ張りだして、小腹を満たして帰ろうかな。
そう思っている俺に、会長は優しく声をかけてくる。
「まあそう言うなよ。そうだ、恒の夢を聞いてなかったじゃないか」
やめろー。うっとうしい議論に俺を巻き込むなー。
「っくく。そうだな、ラムダのダークマテリアル(黒欲塊)について、聞こうじゃないか」
何がダークマテリアルやねん。
文脈から察するに、俺の夢について聞きたいんだろうが、わかりづらいんだよ。この中二病先輩め。
「赤星を晒せ」
御堂君、ちょっと君が何いってるのか、わかんないっすね。
会話のテンポも悪くなるので、これからは御堂の発言の後には毎回、会長から聞いた翻訳を入れるとしよう。
ちなみにさっきの発言は「本音で語り合おうよ」らしい。
「俺の夢ですか? はあ、面倒くさい」
俺は冷めきった感情をため息と一緒に出す。本音をいえばさっさとこんなアホ共を無視してもう帰りたい。
だがすでに部屋の中の視線は俺に集まっていて、それを無視して帰れそうな雰囲気ではなかった。こういう場の空気や雰囲気を必要以上に読んでしまう己の小物ぶりが悲しいね。
「……アホくさ。男子高校生が持つ夢なんて一つに決まってるでしょうが」
さっさとこんな下らん話題は終わらせて、帰るとしよう。
俺は深呼吸をしながら自分の夢を脳内に浮かべる。もちろん俺にもちゃんとした夢くらいあるのだ。
でも、それは当然だろう。
夢ってやつはその人間の根幹にもなる、とても大事なモノなんだからな。
実姉ルート? 封印された能力の発現? ありもしない異世界への帰還?
そんなモノがあんたらの夢でいいのか?
人間の根幹ってやつは、そんな下らんことで構成されてはいないんだよ。
人生を支え、生きる希望になるような、誰に取っても重要なモノ。
そんなモノは、ちゃんとみんな同じに決まってる。
もちろん三馬鹿の妄言のような類では全くない。
みんなが、全人類が等しく持っている夢。
そんなの、
「美少女に罵倒されながら足蹴にされること以外に何があるってんですか!」
ここは県立黒庄男子高校の生徒会室。
今日も俺以外のみんなは、くだらない夢を見ている。
いや、叶うはずもない夢なので、もはや妄想と言ってもいいだろう。
双子である実の姉といずれ結ばれること、いつか隠された能力が覚醒すること、毒電波が見せる世界に帰ること。
本当に気持ち悪い奴らだな、いい加減に目を覚ませよ。
いつまでも妄想してないで、ちゃんと現実を見ろってんだ!
しかし、俺を見る三人の視線が、汚物を見るようなものだったのは一体なんでだろうね?