ROG:4-3/グラニデハート
アロマランプなんて言う大昔の道具を好んで使う人は、果たしてこの国に何人いるのだろう。
ラベンダーの香りが漂う部屋の隅で、俺は震えながらペンを走らせていた。
『不謹慎とは思うが、このまま自分が板挟みで苦しみ続けるぐらいなら、どちらかが__』
ページを破り、くしゃくしゃに丸めてゴミ箱に投げ入れた。
……お願いです。どうか、こんなわたしを許して下さい。
自分自身で作り上げた幻想に縋りつくよりは、先人が作った概念をいじってそれに縋る方がいいと思うのだ。
いつかそう話した時、あの人は「それでもカミサマなんか信じられないよ」と憎々しげに吐き捨てた。
あの人は何にでも孤独であろうとするくせに、実際はひどく寂しがっている。救済を求めているのに、変なプライドで全てはね退けてしまう。
でも、彼女は俺に「助けて」と言った。今にも枯れて消えそうな声に、幼い俺はこう返した。
「それならずっと貴女の側にいるから、困った時はいつでも力になるから」、と。
それは俺が彼からもらった言葉と違いはなかった。
あの時、もっと違う言葉を掛けていればこんな事にはならなかったのかもしれない。
「……ダメだ」
後悔はしたくない。そんなのをして、永遠に心を病んでしまうなんて俺は嫌だ。
……後悔するぐらいなら、無理に書く必要はないのだ。
少し日焼けしたノートを閉じて、深く息を吐く。
すると幸か不幸か、ドアをノックする音が聞こえた。こんな夜中に来るのは1人しかいない。胸が痛んだ。
「……どうかしたか?」
「まぁ、ちょっとね。話があってさ」
「廃人」とプリントされたTシャツに何の飾り気もない黒いズボンと言う、情けない格好をした姉貴は儚げに笑った。その姿はあまりにアンバランス過ぎて、こちらも少し笑ってしまう。
「……何なの」
「いや、何でもない。話はこっちでするから、勝手に漁らない」
「ボクは悪くない、こいつがここにあるのが悪いんだよ……本当にボクは悪くないからね」
「はいはい」
少し放っておいたら、姉貴は戸棚のドアで遊んでいた。取っ手が「真実の口」の形になる仕様で、ここに来たら皆はこれで遊ぶ。つまらない嘘ばかりついて今にも噛みつかれそうな手を取ると、ベッドに連れていって座らせた。
俺の部屋はアンティーク品だらけで狭いのに加え、やけに来客が多い。けれど7人が入る様な空間を何とか作っているし、わざわざこちらに連れて行く理由はあったのだろうか。
自分でも自分のしている事が分からなくなった。
「はへー……お日様の香りだぁ……」
頭の中がぐちゃぐちゃでもお構い無しに、姉貴は枕に顔を埋めていた。この状況でラベンダー以外の匂いを嗅ぎ分けられるなんて、どれほどの嗅覚を持っているのだろうか。
「こら、勝手に色々触ると怒るぞ」
今にも寝てしまいそうな彼女をつまみ上げ、正座させる。
「仕方ないでしょ、千絋の部屋って何でもいい匂いするんだから」
「……そう言ってもらえるのは嬉しい、が」
「まぁ千絋が一番いい匂いするんだけどねー」
「ひゃっ!?」
歌う様にそう言って、姉貴は胸に飛び込んできた。幸せそうな顔をしてくれるのは結構だが、こちらはとてもびっくりしてしまう。
「ははは、千絋ったら本当に大げさだなぁ」
「おっ、大げさじゃない!話があって来たのなら早く話してくれないか!?」
彼女はぴくりと動いて、顔を上げた。
「やっぱりいいや。また明日の……昼か夜にでも話すよ」
純粋に幸せそうだった顔が、少し曇っていた。
……しまった。
大事な事を話す前、姉貴はいつもより人懐っこくなる。よほど話しづらい事だったのだろう。ましてやこんな夜中に来たのだから、眠れなくなるぐらいに深い悩みの種となっていたに違いない。
謝ろうとすると、姉貴は首を振った。
「……でもさ、一緒に寝てくれると嬉しいなって」
震える声で言った彼女に、何故か苛立ちを覚えた。
この人は何も分かっちゃいないんだろう。分かろうともしてくれないだろう。
……こんなに考えているのに。
「……千絋?」
「__遊びでやっているのなら迷惑だ、こちらの気持ちも考えてくれ!!」
今まで怖くて言えなかった言葉を、俺はごく自然に叫んでいた。




