見えない罰
「俺の事で争われるのは……もう、散々だ」
千絋ちゃんがゆっくりと立ち上がり、怪我なんてなかったかの様な足取りで歩き出す。
「あ……?」
そしてクロトに大銃剣を向けていた時紅君の元に来ると、静かに首を振った。
「……クロトは悪くない。悪いのは何も分かっていなかった俺だ。だから、やめろ」
「でもっ、こいつはお前を殺しかけて!!」
「故意であっても故意でなくても、許す。武器を捨てろ。……俺は、むしろ謝らないといけない」
彼は黙ってその場にへたり込んだ。
それを見届けると、千絋ちゃんはうずくまっているクロトの身体を揺すった。
「……起きて」
言われなくとも、と言う様にのっそりと起き上がったクロトは、濁った目で千絋ちゃんを睨んだ。
「憎いか?」
「ちょっとクロト……」
「何も言わなくていいです」
「ええ……」
制されてしまった。ここまで仲間外れにされると何だか悲しくなる、と言うかもういじける。こちらはさっきから疎外感でいっぱいだと言うのに、あの子は天使の皮を被った鬼ではないか?時紅君の方を見ると、同じ事を思っていたのか目が合った。チッ、と舌打ちをされたので、こちらも睨んでやった。
……やっぱり君なんて付けるの、やめてやろうかな。
千絋ちゃんは相変わらず、ビー玉みたいに澄んだ目のままで、廃液の様に濁りきったクロトの目を見ている。
「憎いとは思わない。もう傷なんて付かない身体だから。……余計な事をして、ごめんなさい」
「……なんで謝るんだ」
「どうしてもやらなきゃいけない。そのためなら何がどうなったっていい。そんな意志を揺らしてしまった……かも、しれないから」
彼女が静かに話す中、クロトは微かに震えていた。確かに、彼女に見られると少し怖い。染み付いた汚れや荒みを全て見抜かれている様な気がするのだ。クロトも同じ思いなのだろう。
「……少し長くなるけど、聞いてくれないか」
「やめろ……これ以上ボクを責めるな!!」
やはりそうだったらしい。とうとう彼女は頭を抱え叫び出した。
「ボクはアンタを一度殺したんだ!!罰が必要なんだよ!!なのに、なんで……どうして……!!」
ぼろぼろと涙を溢しながら何度も問う様は、ただただ悲痛だった。
「許されるのが、嫌なのか?」
千絋ちゃんはクロトの肩を掴む手を離し、静かに返す。
「嫌とかどうとかじゃない、許されなくて当然の事なんだ……ボクはあいつに復讐する以外の事は、したくなかった……あいつと一緒に、なりたくなかった……!!」
「俺はもう死んでいる。だから殺される事はない」
「でも……!!」
それでも渋るクロトに呆れていると、千絋ちゃんは彼女の手を退けて強引に抱きしめた。
「そんなに言うなら与えてあげよう。本当に罰が欲しいのか、『あいつ』と一緒になりたくないのか……正直に答えろ。それが『罰』だ」
クロトが微かに震え、やがて小さく何かを言った。
「……そうか」
__完全に二人の世界か。甘ったるいのは大嫌いだ。
胸焼けがして目を背けると、また時紅君と目が合った。次の瞬間頬に焼ける様な熱を感じ、実際少しだが焦げていた。ふざけるなバカ野郎。
「……僕、いつまでこのままなんだろう……」
しばらくの間、路地裏にはクロトの泣きじゃくる声だけが響いていた。




