王の懺悔
拝借してきた治療キットで応急処置をした。小学校に上がってからは重傷者の応急処置も任される様になっていたので、かなり速く出来たと思う。
今の僕達は市街の路地裏に身を潜めている。不良のたまり場にでもなっているのだろう、ガムやら空き缶が捨てられていて、衛生環境はあまり宜しいとは言えない。だが、外はかなりの数の警察がいる。それだけならまだ能力で隠せるが、困った事に妙なゴーグルを着けていた。これでは全く歯が立たない。
そして治療が出来そうな所はここぐらいしかなく、治療しないよりはマシだ……と言う訳でここにいる訳だ。
「おい野郎、千絋は大丈夫なのかよ」
千絋ちゃんはぐったりとしたままで、目を開く気配なんて微塵もない様に思えた。
「一応千絋ちゃんもクロトと同じで死なないし、傷が塞がれば起きるだろうけど……問題は自分が不死だって事を彼女がどのぐらいのレベルで自覚してるかだね」
「何でだよ、生きてんだろ」
時紅君は千絋ちゃんの事がかなり心配な様だ。応急処置を施している間も、何度も「大丈夫なんだろうな?」と聞いてきた。
しかし大丈夫かどうかと言うと、そうではない訳で。
「……昔ほどじゃないけど、世の中嫌な事ばかりだからねぇ。長年生きてると嫌になって、暴挙を起こす事もあり得るんだよ。それを防ぐための救済処置があるのさ」
「長い、大事な所だけ話せ」
「劇薬の特効薬を処方しないで永遠に仮死状態になったりとか……不死になりたての人だと、何かしらの外傷を受けても死んだと思って永遠に眠ってしまう、とか。これでも大事な所だけ話してるつもりだよ」
呆れていると、緩い鉄拳が飛んできた。少々イライラし過ぎだろう、何も悪い事はしてないのに……でも胸ぐらを掴まれるよりはマシか。
「……うぜー、そもそもなんで千絋も……クロもあんなんになっちまったんだよ……あの丸っこい奴、弱い電撃波以外の攻撃手段なんかなかったぞ」
クロトはと言うと、千絋ちゃんに背中を向けてうずくまっていた。その小さな背中には、今までの覇気は微塵も感じられない。
「へぇ……なんで知ってるの?」
「むちゃくちゃ喰らったから」
……なるほど、だから気絶していたと。なら怪我をしていなかったのも納得出来る。
それはともかく、クロトがバハムートを殺そうとして千絋ちゃんを刺してしまった……なんて言うのはキツイ。
さてどう言おうか、バハムートにやられた、なんて言って彼は信じてくれるだろうか。
「ああ、それは……」
「……全部、ボクが悪いんだ」
か細い声で、呟く様にクロトが言った。その声はわずかに震えている。
「どういう事だ……?」
時紅君はクロトの方に大股で歩み寄った。
「ボクがあいつを殺そうとしたから、それで間違えて刺して」
顔を上げる事もなく、ぼそぼそとクロトは続けた。
「……ざけんなッ!!」
時紅君は吠え、クロトを蹴り飛ばした。改造に失敗したとは言え、今の彼は大人の異能者の5倍ほどの力を持つ。まともに喰らったクロトは、壁にめり込んでいた。
「ちょっと、何して……」
「黙ってろクソ野郎」
止めようとしたが、大銃剣を向けられてしまった。仕方ないので、また座り込んだ。
……これはどうなるか見物だ。自分の黒い面がまた顔を出した。
「不死だからってこんな事しても大丈夫だって思ってんのか?」
胸ぐらを掴みあげる。クロトは抵抗しようともしない。
「……」
彼女の瞳は、これまでにないぐらいの闇を映していた。
「黙ってんじゃねぇ、何とか言ってみろよ!!」
何度もクロトの顔を殴りつける。そんなので言える訳がないだろう。
「……何とか言えっつってんだろう……がッ!!」
「……」
鳩尾に蹴りを入れられ、吐血してもクロトは何も喋らない。ただ闇を見ているだけだ。
とうとう限界に達したのか、辺りのゴミがチリチリと焦げる音がした。そろそろ警備の人間が来てもおかしくない、と思ったその時。
「__もう……やめろ……」
弱々しい声がした。




