帝王の因子
「……当たり前です」
千絋ちゃんは不機嫌そうに言い放つと、両腕を盾に変えた。
ぼさっとしてはいられない。僕は彼女と並んで走り出した。飛んできた瓦礫や小型ロボの破片を鎌で薙ぎ払い、少しずつ進む。
バハムートは何故かクロト達のいる所ばかり攻撃していた。次々に現れるロボを壊し、その過程で崩れかけた建物は炎で溶かし、外に出た僅かな人間は残らず噛み殺す。地獄絵図の様な光景を生み出してはいるけど、何故かあいつは僕達、クロト達には手を出そうとしない。
「まさか……助けようと……?」
「だとしたらこれ以上に嬉しい事はないんじゃない?僕達はクロトと時紅君を助ける事に専念出来るしねぇ……っと」
「ひゃっ……!?」
千絋ちゃんを担ぎあげ、瓦礫を踏み場にして飛んで行く。いちいち壊していくよりもこうした方が早い。
「魔に潜みし扉よ、光抱く者に憎悪の裁きを!『黒き者の門(シュヴァルツ・ゲート)』!!」
早口言葉は大得意だ。教わった通りに素早く詠唱を終えると、目の前に巨大な黒い門が現れる。門は悲鳴をあげながら開き、そこから伸びた無数の手が迫ってきたロボ達を掴んで連れ去っていった。これで大分数を減らせただろう。白い腕が僅かに見えた。
「もうすぐかっ……」
バハムートが吠える。その後、妙な声が聞こえた。
『__何をする、主の子らよ!邪魔をするな!!今助けたら主の力は目覚めない、もっと血を……悲劇を与えるのだ!!』
聞こえた、と言うよりは頭の中に響いた、が正しいだろうか。壮年の男の声だった。
「……今のは……!?」
飛び降りようとした千絋ちゃんに瓦礫が飛んできたが、彼女は即座に叩き落とした。これも改造の結果なんだな……と不謹慎だけど感心してしまう。
「何なんだ、これ……」
バハムートは再び吠えた。
『彼女こそ破滅と創造を繰り返すこの世界の主!そして我は皇龍!!この世界を真に滅ぼすも……ノ……』
次の瞬間千絋ちゃんの姿がかき消え、巨体が横に吹っ飛ばされた。
「黙れ」
クロト達を覆っていた鉄クズの群れは、今やほとんど消えている。
「この人が『主』だとしても、わざわざこんなモノを見せる必要はない」
よろめきながら、クロトが立ち上がる。千絋ちゃんは彼女を守る様に立ち、左腕は大剣に変えていた。何故か右手には懐中時計を握りしめている。
クロトの隣に時紅君が倒れていたが、身体には傷ひとつついていない。
クロトはバハムートを睨みつけ、前に出ると踏みつけた。それだけでバハムートの翼はひしゃげてしまう。
「知った事か……ボクが『主』だろうが、そうじゃなかろうがどうだっていい……復讐の、邪魔をするな」
鱗をむしり取り、彼女は更に傷つける。クロトの目は異様な輝きを放っていた。
ヒトのモノとも、獣のモノともとれない金色。……不純な物が微塵もない、原始的な恐怖を覚えた。
『この力は……主を超えている!!これは一体……!?』
あのバハムートが怯えた声を出し、千絋ちゃんもその場にぺたんと座り込んでしまう。
クロトは何も聞かず、ただ無表情に肉を抉っていた。
耳を塞ぎたくなる様な音が鳴り続ける。
やがてバハムートが何も喋らなくなった頃、千絋ちゃんが叫んだ。
「……やめて!!こんな事をするのは……おかしい!!」
「うるさい!!こいつはボクの邪魔をした、殺さなきゃ……」
「ダメだ!!」
彼女はバハムートをかばう様に前に出る。
クロトは刃の様な鱗を振り上げていて、そのまま千絋ちゃんの右腕を傷つけてしまった。
「あ……」
膝をつき、倒れる音。血が溢れている。何の汚れもない身体から、止まる事も知らずに溢れている。
……なんで、僕の足は動かないんだ。
「違う……ボクは……」
クロトは震えていた。
しめたと思ったのか、バハムートはよろよろとどこかへ飛び立っていった。
「……クロト」
何とか絞り出した声は本当に小さかった。それでもクロトは聞き取った様で、こちらを見る。
「……どうしよう……」
誰の血かも分からない液体に全身を汚し、彼女は泣いていた。
クロトの元へ行き、白衣が血で汚れるのも構わず千絋ちゃんを抱えあげた。
「応急手当てなら出来る。……終わったら、早くこの国を出よう」
今の僕には、そんな事しか言えなかった。




