閑話:紅き契り
白いと思ったら黒く姿を変えて、黒いと思ったら白く姿を変える。
世界が白黒と目まぐるしく姿を変える度、宙に浮く結晶は紅に、蒼に、その色を変えていく。
なんだか、生き物みたいな空間だった。
「それにしても……」
ボクはあの時殺されたハズなのに、何故こんな所にいるんだろう。
足があって腕はないし、フード付きコートもアホ毛も生きていた(まだ死んでるかも分からないけど、死んでいるとしか考えられないのでそう思う事にしておく)時と全く同じ状態だ。
何かを考えても、流れる水を掴むみたいにするりと抜けていってまとまらない。
頬をつねったけど、痛みはなかった。けれど、やや冷たい体温と控えめな胸の鼓動は、変わらなく続いている。死後の世界なのか夢の中なのか全く区別がつかない。
なのに疑問を持つ事はなかった。どことも言えないここは凄く落ち着くし、何よりひどく眠りたくなったのが原因だろうか。
眠ってはいけないと思い、歩き出す。床を踏むと、木琴でも叩いたかの様な音色が鳴った。とても綺麗で眠ってしまいそうだけど、ここで眠ったら、何もかもが消えてしまいそうな……そんな気がした。
1歩1歩歩いていく度、白黒に変化し続ける虚(ソラ)。
足音が響く度、紅と蒼に煌めく星の欠片。
……なんてちゃっちくて大きくて、幻想的な宇宙だろう。
『__我の贄となりし者よ、来たれ』
頭の中に声が響く。女とも男ともつかない声。声と言う認識以外出来なかった。
「……誰か、いるの?」
『__全てを断絶し、融和し、闇となれ』
ボクの問い掛けを無視して、声は響いた。段々、意識がぼやけてくる。
『贄よ__』
「……はっ、バカだなぁ!!そいつはテメェに力を借りずとも既に完全だ!!大人しく従え、刃蝕彗皇(アスラ・レギオン)!!」
普通に耳から聞こえる声を聴いた途端、世界は変わっていた。
空はいつか見た眼の様に紅く、延々と広がる石畳みの道には逆さ十字が無数に突き刺さっている。
十字架の中にひとつだけある玉座に、ボクが……いや、
ボクによく似た姿の何かがいた。
「よぉ。危ないとこだったな」
声は同じだけど、口調は似ても似つかない乱暴なモノだった。髪には墨汁を垂らした様なメッシュがぽつぽつとあって、目は両方あの空の様に紅く、十字架が刻まれている。曲がりくねった矢印に蒼と紅の結晶を付けた様な、左翼のない変な翼があった。
「キミは誰?と言うか……ここ、何なの?」
恐る恐る尋ねてみると、それは不機嫌そうに頬杖をついた。
「ああ?そんな事も分からねぇのか?……って、ここに意識を持って来たのは初めてだったか。仕方ねぇ、教えてやる。ここはだな、死々王クロト。アンタのココロ……精神世界って奴の一部だ。勿論、さっきのもな。そして俺はジギー。『破滅の裁定者』だ」
「……ボクは死んでるんじゃないの?」
ジギーは目を細める。どうも気が短い性格らしく、貧乏揺すりまでしていた。
「はぁ?死んでたら『主』に呼ばれるか『更迭』されない限りは二度と来れねぇっつーの。それにアンタは完全となった」
主? 更迭? 完全になった? 何を言ってるんだ、一体。……とりあえず置いておこう。
「……まだよく分からないけど、さっきの声は何?」
「だあぁもう、質問ばっかでうっぜぇな!アンタの肉体はまだ完全に力が乗り移ってない!それで馬鹿共が「自分で創ったクリーチャー」とか宣ってる意志だけのオブジェクトに乗っ取られそうになってたんだよ!!俺がいなきゃ今のアンタはまともに考えられなくなってたんだ!!感謝しろよな!!」
怒りのボルテージはかなり上がっていたらしく、怒鳴りつけられる。いつの間にか、十字架の数が増えていた。
「あ、ありがとう……」
「宜しい!だが気は抜くなよ。アイツは俺のシモベにしたが、いつ制御出来ずに暴れ出すか分からねぇ。アイツを顕現させるのは、俺じゃなくてアンタだからな」
彼女(?)は満足げにボクを指さした。
「だから、契約しろ。アンタが憎悪に飲まれる事態、大勢のヒトを殺す事態が来た時、アイツは血を求めてココロを蝕む。そして現実に現れ全てを壊す。
……だが俺にはそれを止める力があるのさ。ヤバくなったらそれをアンタに分けてやろう。代わりに、俺がアンタの身体で人を殺せる様にする。どうだ、悪い話じゃないだろ?」
……つまり、殺し屋になれって事か。まぁボクは殺し屋になりたいし、力をもらえると言うのは嬉しい。けどジギーが身体を乗っ取るのはどう、だろう……
「安心しろ、アンタの大事な奴は殺らねぇ。そんなんじゃ契約の意味がねぇからな。で、どうなんだよ。あくしろよ、ほら」
「あくしろ」って……ああ、早くしろって事か。上手いこと丸められてる気もするけど、契約するしかない……な。
「分かった、契約する」
「ヒャッハァ、決まりだな!!」
歓喜の声を挙げ、彼(彼女と言うにはどうにもしっくり来なかった)の右目が光を放つ。
「うわっ」
刹那、左目が熱を帯びた。熱は段々増していき、眼球が焼けると思った所で止まった。
「……完了だな。今からお前の左目は、全ての生き物を精神世界に引き込み裁く邪眼……『処刑邪眼(バニッシュメント・イーヴルアイズ)』だ。使う時は怒りやら憎悪やらを持って眼帯を外せよ」
「……よく分からないけど、分かった」
「おいおい、どっちだよ!
……ああ、そろそろ馴染んできたみたいだぜ。次に瞬きしたらもう現実だ。……絶望しかない世界、存分に憎め。じゃあな……」
ジギーの声が遠ざかっていく。
そしてボクが次に見た世界は、水の中の牢獄だった。




