外界に王の影はない
「……うぅ」
「……あー……何と言うかー……」
「……むごいねぇ、これは」
全てが終わった後、僕達の辺りには無数の紅い華と肉塊、むせ返る様な死の臭いだけがあった。
色々と経験している僕とクロトはいいけど、千絋ちゃんと時紅はかなり気分を悪くしたのだろう、口元を押さえていた。
気分を落ち着かせる魔術ぐらいは使えるので、嘔吐(リバース)する事態はなんとか避けてもらった。
「……ありがとうございます」
「お安い御用だよ。……それにしても、クロトにそんな能力があったとはねぇ。『お見事』だったよ」
「……お見事と言われても……能力を使ってる間は、寝ていて記憶が全然ない。『復元させた』のを初めて使ったから、どう言う事をしたかは、ジギーに教えてもらわないと分からない。多分処刑だと思うけど……ボクは、何をしていた?」
「……『走れメロス』って読んだ事ある?」
「あるけど」
「それの王様がもーっと怖くなって女子供関係なく、誰これ構わず断罪!処刑!……って感じ」
「……なら良かった。ちゃんと、イメージ通りだ」
淡々と言って、クロトはふらふらと歩き出した。
……が、その先は行き止まりだ。
「そこ、出られないよ。……ほら、ついてきて」
「……」
びくっ、としてこちらに戻ってくると、クロトは僕の手を握った。
「いやー、僕も好かれたねぇ……」
「うるさい、ふらふらしてるだけだ……このヘンタイ」
しばらくの間、クロトが僕と顔を合わせてくれる事はなかった。
ちょっと前まではあんなに感じが良かったのに……なんか猫みたいだなぁ、と思う。
……いや、猫そのものか。
「あの、質問なんですけど……」
「何?」
「仮に出られたとしても、どうやって異能者区域に戻るんですか?」
非常口へ進む途中、千絋ちゃんはおずおずと尋ねてきた。
なるほど、口調が堅苦しいのは元からか。本人は丁寧に話しているつもりなのだろう、でもなんだか怖く見える。……失礼だけど……せっかくの見た目なんだし、もう少し口調も女の子らしくした方が美人っぽいなぁと僕は思……
「……寝無さん?」
「あ、いや。……ここは「ギフ」って所で、異能者区域の近くなんだよねぇ。もし僕が信用出来ないなら、飛び降りたらすぐ『いける』って事を教えておくけど?」
「……遠慮します」
それから押し黙って、時紅の手を握ると後ろをちょこちょことついてきた。
「……なんか、ひよこみたいだねぇ」
「あ?」
「……すみませんでした、許して下さい、何でもないです」
「千絋を困らせるんじゃねぇぞドヘンタイ」
軽く咳をして、ネクタイを直す。
ちょっと千絋ちゃんをからかっただけでこのザマなんて……もうこの人怖い。
……ああそうだった、忘れていた。非常口はどこだっけ。
端末の地図を見ながら、慎重に進んでいく。
さっきの騒動は何だったのか、と思うぐらいに静まり返った廊下には、4人分の呼吸と足音。何だか、妹の肝試しに付き合っていた時と同じ様な気持ちだ。
……こっちの方がよっぽど怖かったけど。
とにかく、この外に出ても追っ手が来るのは避けられないし……どうしよう。ああ、簡単か。殺せば良いんだ。
段々クロトみたいな考え方になっていた。このままではいけないなぁ、と自戒するために頬をつねる。勿論痛かった。




