罪人に口はない
先程の爆発で被験者は皆起きたらしく、あちらこちらで悲鳴や歓喜の声が挙がっていた。
この隙に逃げようとする奴もいるみたいで、実際何人かとすれちがった。……まぁ当然だが、逃げようとしても逃げられない。出口は非常時には開かない仕様になっているし、非常口は隠蔽されていて、関係者無しでは開く事が出来ないのだ。
「クロト!」
「……何で来たんだ、離れろ!!離れないと……」
死ぬ、と口を動かした。それでもここまで来た以上は逃げられない。助けるために手を伸ばすと、眼帯を外してしまった。
「……え」
蒼色の目が輝き、ジキーの時とは違って銀色の十字架を映し出す。
次の瞬間には、僕は目を疑った。
西洋によくある石畳の道が、どこまでも続く。ただただ紅いだけの空には、白い雲が帯の様に広がっていた。
……機関の人間、被験者、そして僕達は、そこで磔にされていたのだ。
機関側が造った世界は、その全てを現実に発現させる事は出来ないと聞いた。恐らく、クロトの能力だろう。世界を歪ませる能力なんて信じられないけれど、それ以外有り得ないなら仕方ない。
「おい、どうなってるんだ!!」
「離して!!僕達何もしてない!!」
「誰だ、こんな事した奴は!!」
「……」
被験者や人間達のざわつきには何も反応せず、クロトは玉座に座ってただうなだれていた。
けど、その姿は少しおかしい。
よく童話で王様が着ている高そうなマントを身につけ、茨の王冠を被っていた。十文字槍(クロススピア)を片手に握るその姿は、絶命寸前の若き君主とも、処刑寸前のキリストともつかない、悲壮感を漂わせている。
「第1審……有罪。『残首の刃(ギロチン)』の刑に処す」
ずん、と地響きが伝わり、ざわめきは失せた。
喚いていた人間達の頭上に、斜めになった刃があった。それに気づいた奴らが悲鳴をあげようとする前に、刃が下がった。
尋常じゃない量の血を噴き出しながら、次々と首が落ちる。
人間が一人残らず首を無くすまで、時間は1分と掛からなかった。
しかし、クロトはこれで終わりにしなかった。
「第2審……有罪。『ファラリスの雄牛』の刑に処す」
「やだ!!やだ!!やめてくれぇぇ!!」
「俺達何もしてないじゃないか!!何でだよ!!」
「キミ達は罪人だからだ。後……悪いが、ボクは罪人を「ただ死ぬためだけにいる口を持たない『モノ』」としてみなしている」
クロトはうなだれたまま、槍の柄で石畳を叩いた。
二度目の地響き、現れたのは真鍮で出来た筋骨隆々とした雄牛だった。二足歩行のそれは、胸についたドアを開けて中に被験者達を放り込んでいく。
『処刑場』とも言うべきこの場所に僕と千絋ちゃん、そして時紅を残して、牛の身体が燃え上がった。
罵声。悲鳴。怒声。それら全てが牛の鳴き声へと変わる。
しばらくして、鳴き声はしなくなった。ただ、嫌な臭いが鼻をつくばかりだった。
……僕達は、磔にされたままだ。
残された僕達に、クロトが目を合わせる事はなかった。
恐らく、この能力は引き込んだ全員を何かしらの刑にするか、殺さないかしないと解除されない類いのモノだ。
……僕としては、前者であって欲しい。
長い長い時間が流れた。数分ぐらいしか経っていないんだろうけど、張り詰めた空気が感覚を歪ませて、そうとしか思えなかった。
クロトが口を開く。
「第3審……有罪」
……望みが叶うのは、そう簡単じゃない……か。
「……『くすぐり』の刑に処す」
僕達の傍に白い手がいくつも現れ、脇をくすぐる。
「ちょっ、何っ、これ……」
「やめ、ろっての……このっ、うぅ」
「はは、クロト……っ、やってくれたなっ、はは……ははは!」
くすぐりはかなりレベルが高く、僕達はなす術もなく笑ってしまっていた。しかしこんな刑が実際にあった、と言う事は聞いた事がある。笑わせて呼吸困難にして殺す可能性も無くはない……
「止め。……彼らの罪は軽い。そこまでとする」
と思ったら、石畳を叩く音がした。
視界が、白んでいく。




