資格なき王
クロトと一緒に歩く中で、ふと千絋ちゃんの事を思い出した。
「『利用されたくない』、か……ねぇ、クロト」
「何?」
「2階に行ってくれないかな、ちょっと」
ここまで言った所でぎりっ、と睨まれた。
「死にたいのか?」
「いや、そんなんじゃなくて。わざわざ僕に会いに来て、利用されたくないって言った子がいたから……助けてあげられないかな、って」
僕が必死に言うとクロトは顎に手を当てて黙り込み、やがて頷いた。
「……手短にな」
「うん」
ぽつぽつと並んだ赤い電灯は、ちっとも暗い廊下を照らせていなかった。
使えないしチカチカする、と懐中電灯を頼りに動こうとすると……
「誰だ?」
「……っ」
息を潜めて近くの壁に隠れる。
懐中電灯の電源を切って、視界が再び中途半端な闇に染まった。
何でもない足音は危機になるととても恐ろしく、一歩、また一歩と近づく度に寿命がすり減っていく様な気がした。
「ふん」
いきなり僕の前に出たクロトの目が、ギラリと光る。
その刹那、びしゃ、と何かが飛び散った。
僕も色々と『訳あり』だ。顔に掛かった生暖かい液体を血だと理解するのに、時間は掛からなかった。
恐る恐る目を開くと、上半身と下半身を半分にされ、腸や骨を露にして崩れる男がいた。
「やーれやれ、いちいち変わって欲しいとか言われんのだりぃなぁ。こっちはさっさと殺りてぇのによ」
「……クロト?」
乱暴な口調に戸惑いながら声を掛けると、
「あぁ?」
彼女はナイフについた血を舐めながら振り向いた。
紅い目の光は陰って、よく見るとうっすら十字架が映っている様な気がする。
「……えっと」
「俺が気になるか?いい目してんなぁ、お嬢ちゃん。俺は『ジギー』、臆病・弱虫・面倒臭いが極まったあのグズの『剣』で『盾』だ」
「ふーん……」
動揺を抑えてつまらなさそうなフリをした。
女だと見抜いた、と言う事は……能力が効かないのか。敵じゃなさそうだから良いけど、本当の姿を見られるのは久しぶりでとても気持ち悪い。
「まぁ、こっちにゃあ長くはいれねぇんだよなぁ。『第二の器』がねぇと、スイッチとか出来ねぇんだ。で、もうじき時間切れ。じゃあなぁ、牛乳みてぇなお嬢ちゃん」
ジギーと名乗った彼(?)は、見開いた瞳を閉じた。どうやらこれでおしまいの様だ。
……クロトは二重人格なのだろうか。彼女の資料にも「快楽的殺人者になる可能性がある」と書いてあった。
……けど『第二の器』って何だ。人格にそんなのが必要だなんて聞いた事もない。何かが取り憑いたのか……
「おっと!」
考え事に夢中でクロトの身体には気づかず、そのまま地面に落ちそうになっていた所を慌てて受け止める。抱えて階段まで歩いた所で、彼女はゆっくりと目覚めた。
「__あ、れ?」
「やぁ。……意識が飛んだ後の記憶は?」
にやけながら尋ねてみる。
「……ない。でも、キミには危害を加えていない」
自分の服についた血や遠くに倒れている死体を見ると、むっとしてクロトは小さく答えた。
「なんで分かるの?」
「いい人だ、と思ったから。……ボクがああなる可能性は知ってるハズ、なのに……表立って化け物扱いをしなかった、と思って」
更に声は小さくなり、段々アホ毛がしおれていく。顔からは今にも湯気が立ち上りそうだった。
「……うん。いい子だねぇ、じゃあ付き合ってもらおうか」
くしゃっと頭を撫でて、階段を登り始める。
「……」
「あー、痛い、痛いってば、さっきのはそういうつもりじゃなくて」
後ろからぺちーん、と背中を叩かれる。全然痛くなかったので、手加減してくれたのかぁ、と少し和んだ。
おいネム、危機感どこやった。




