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『生きていた。
それ以外に特筆する様な事がなかった、なんて訳ではないが、一応奇跡的な事だから真っ先に書いておこう。
……だがしかし、僕の行動は無意味だった様だ。
寝込んでいる間、かなりの被害を出して『刃蝕彗皇(アスラ・レギオン)』から必要な部位は摘出されていた。
後、失敗しても死なないハズの被験者達が、何故か今日は30人ほど死んだ。どうにも永久機関との適合率にはムラがある様だ。一番適合率が高いのは狼型。一番低いのは獣型。クロトの永久機関はヒト型と龍型のハーフ、千絋のは「千剣忌皇(オーディン・レギオン)」と言う、機兵型の中でも最強とされるクリーチャーだそうだ。
死目から聞いた話だと、千絋は失明した右目にそのクリーチャーの目を移植されたらしい。それでも視力が回復していなかった事を残念がっていた。
……今思い返すと、これでは自然に発生するクリーチャーと区別がつきにくい。ここまで書いてきたのは人工クリーチャーの事だ。……モンスターと呼ぼう、モンスター。
そう言えば、もうすぐここともお別れだ。最後に面白いモノでも見れると良いんだけど、無理そうかな。』
とうとう7冊目に突入したノートを閉じて、ベッドに転がる。
今日の手伝い(と言うか最早作業指示になっているけど)は午前だけで、午後からは久しぶりの自由行動になっていた。
……やる事がないのに自由行動だったら、寝るしか出来ないよねぇ。
目がかなりショボショボするので、近くの棚から目薬を取り出して差す。
そして今まさに目を閉じようとした瞬間、控えめに、丁寧にドアをノックされた。
「はーい……」
「……はじめまして。夜城千絋(やじょう ちひろ)、です」
いきなりやってきた事への罪悪感があるのか、女の子はぺこりと馬鹿丁寧にお辞儀をした。
肩まである白い髪の一部分に、銀色のメッシュが映える。大きめの白衣を羽織っていて、両腕には包帯が巻かれていた。
色の違う両の目は、憎悪と悲しみがない混ぜになりながらもはっきりと僕を映している。
「えーと、何の用?」
「……教えて、欲しいんです。何でわた……俺達はこんな目に遭わなきゃいけなかったんですか?これからどうなるんですか?ここで一生飼い慣らされるのは、嫌です……俺は……今度こそ異能者として、あの場所で生きて……異能者として死にたい……」
白と黒。モノクロの瞳からぼろぼろと溢れる涙は、どこまでも透明だった。
しかし、そんな事に罪悪感を見出だす僕ではない。
「うーん、簡単に言えば、新人類の創造と異能者区域侵略のためかな。このまま行けば、君達は一生飼い慣らされるねぇ。洗脳音波聴かされて、毒されて、従順な兵になって終わり。後、もう異能者じゃないよ。
……君達は死なないバケモノだ。と言うかもう一度死んでる。事実がバレれば、人間、異能者のどちらからも迫害されるに違いない」
「……そんな、そんなのって」
透明な声に、瞳に、動揺が混じる。なんだかとても面白かった。
「まぁ侵略については僕も異能者だし、簡単にさせるつもりは……」
「__ふざけるな!!」
地面に押しつけられる。そして昨日の再現でもするかの様に、心臓を圧迫された。
「ただでさえ、人間の頃は疎まれて利用されて……そればかりだったのに……異能者になっても、受け入れてもらえずに、望まない事のために、永遠に生きろだなんて……俺は嫌だ!!」
「だーかーらー、もう死んでるんだってば。……後」
起き上がり、顔を近づける。それも、もうすぐで彼女のファーストキス(あの言動からしてもう奪われているかもしれないが、それはないと考えておく)を奪えるぐらいに。
「言ったよねぇ?『人間、異能者のどちらからも迫害されるに違いない』って。事実を話さない限りは異能者区域が君の居場所だけど……」
「__僕が事実を話せば、君の居場所は無くなるよ?」
途端に、胸の痛みが収まる。
「『黙って僕に従う』。それが、今の君にとって最高の選択となり得る事だと僕は思うなぁ。分かったらほら、さっさと自室に帰る。用事は済んだでしょ?」
茫然とする彼女を無理矢理立たせ、部屋から押し出す。
ドアを閉めると、向こう側からの嗚咽が耳を煩わせた。
女の子が泣いているのは嫌いだ。泣けばどうにかなる訳じゃないのだから。
どうも、女の子は泣けば大丈夫と思っている風潮がある。遺伝子レベルで刻まれているだろう。
だからどうにもならない場面で泣くのだ(それに動かされてどうにかする男はどうかしていると思う)。
つまる所、僕は「女の子の泣いている所」じゃなくて、「女の子」自体にある……
そう言う部分が、『汚くて嫌い』だ。




