不穏の風
「……淋もずいぶん明るくなったっスねー」
英語のワークを閉じて呟く。
昨日の引っ込み思案はどこへやら、今じゃすっかり元気になってトランと鬼ごっこをしていた。アトリエの空いた部屋はとうとう2人の遊び場になってしまったけど、姉ちゃんが楽しそうだったから良しとしよう。
「でもこの後はどうするのさ。僕らが日本に戻って、誰があの子らの面倒見るの?」
「てめぇっ……」
……いつかは言わなければいけない事だったんだろう。けどそれでも腹立たしかった。発言したのが、絶望野郎だから。
睨み合いを終わらせたいのか、絶対王が咳払いする。
「その点については大丈夫だ。ボクは彼女達をただ慈悲だけで保護した訳じゃない」
「……絶対王、まさか」
「利用じゃなくて、勧誘だ。ボクの組織に入団させる。一切の面倒を見る代わりに、殺し屋として働いてもらう」
がたん、と椅子が音を立てる。
気がつくと、あたしは絶対王に掴み掛かっていた。
「あんな小さい子に何させようとしてやがる!!」
「……淋も逃亡生活で殺しの技術は磨かれているだろうし、トランもあの年で殺し屋として立派に働いている。ボクはその才能を開花させるべきと考えてただけだよ」
あたしに向ける視線はただただ冷たいだけ。ヒトである事を疑うぐらいに、無機質な無表情だった。
「それが利用だっつってんだよ。他に可能性もあるハズだろ!!」
「勿論、ある程度自立してきたらちゃんと行きたい道を行かせるつもりだ。まぁ、それでもボクについていくだろうね」
淡々と言葉を紡ぐ口元を、残酷に歪ませる。
「団から除名されれば即死ぬ様に仕向けるから」
「アンタそれでもっ」
「ヒトじゃないよ、クロトは」
絶望野郎が冷たい目で睨む。
「不老不死や時間停止、それに未来予知。そんなチカラを持つヒトが陰ではどう呼ばれるか、アンタ知ってる?
……『バケモノ』だよ」
「ご名答。だから非道は当たり前だ」
「まだ話は終わってないよ、クロト。君は、誰かに復讐したいんだろう?」
したり顔の絶望野郎に、絶対王は舌打ちした。
「キミの言っている事は図星だ。けれど、ボクはあいつを殺さなくちゃいけない。これ以上ボクの様なヒトを生み出さないためにも、人間と異能者を守るためにも、だ。どんなモノでも正しいと思えば正義と言えるだろ……っ!?」
絶対王は突然固く目を瞑り、その場にしゃがみ込む。
「……なんで、こんなタイミングで……ぐぁ、う……!!」
うわ言を漏らしながら、頭を抱えていた。
「な、何っスかいきなり……」
「未来予知の『発作』、頭痛だ。これが酷い時は、3日以内に誰かがとてつもない事象を体験するらしいねぇ。……大丈夫?」
「……ああ、もう大丈夫だ、けど……」
絶対王は起き上がり、またあたしの方を見る。
「……キミ、気をつけて」
掠れた声で告げてから、また崩れ落ちた。どうやらただの頭痛じゃないらしい、よく見れば身体も震えている。
「大丈夫じゃないでしょ。……僕、とりあえず運んでくる」
「やめ……っ」
「はいはい、VIP待遇と思っといてー」
「死ねっ……!!」
絶望野郎に抱き上げられると、絶対王は憎々しげに吐き捨てた。そりゃ当然か。こんな野郎に触られるのは誰だって嫌に決まっている。
一連の動作を見送ってから、深呼吸して考えた。
絶対王は「人間と異能者を守るためにも」、と言っていた。あたしに話そうとした過去に何か深い出来事があったのか。
……そして、絶望野郎の言葉が正しいなら、あたしは一体どうなるんだろう、とも。




