目覚めた氷兎
「……まだ寝てるみたいだ。寝無、今のうちに」
絶望野郎はさっきと同じ様に、相変わらず布団に埋もれたままの淋に近づいた。そしてまた眼帯を外す。端から見ればただ突っ立っているだけで、何かしていると言う様子は一切見られない。本当は何もしてないんじゃねぇの、あいつ。
「……はい、終わり。起きたら澪とか零さんには異常に親しくなってるけど、気にしないでねぇ」
前のは20分ほど掛かっていたけど、今回は5分ちょっとで記憶処理を終わらせて戻ってきた。解析と送信じゃあ、後者の方が速くて当然か。
「うがー……あれ?ボス、何やってるアル?」
後ろを向くと、寝相の悪かった方が起きていた。白い髪がぼさぼさになっているし、タンクトップもしわだらけになっていた。
「……ずいぶん寝てたみたいだね。おはよう、トラン」
「オハヨーネ、でも疲れてたから仕方ないアル。昨日のは怖かったネー……ところで後ろのジャパニーズは誰アルか?」
「こっちが澪でこの気持ち悪いのが寝無。悪い事はしないから、安心していいよ」
「澪姉に寝無ネ、覚えたアル。オレはリ・トラン!宜しくネ!」
威勢良く自己紹介をしてから、彼は右手を上げてみせた。
「おう、宜しくっス」
その手を軽く叩く。小気味良い音が部屋に響いた。
「……え、仲良くなるスピードが異常だと思うんだけど」
「うっせぇ黙ってろ絶望野郎」
「ホントそうアル、訳が分からんネ!」
「おおお、トランもなかなかやるっスね、感心感心っス」
舎弟を持ったらこんな感じだろうか。まだ子供だけど、なんだか面白い。
「感心する所は無かったと思うんですがあの」
「キミに発言する権利はほぼ無いに等しいんだよ。おめでとう」
「祝われる意味が分からないんですが」
「まぁ自分で考えて。……ほら、淋も起きたよ」
絶対王に手招きされた。さっきまで布団の一部になっていた淋が、いつの間にか身体を起こしている。
絶対王と似た様な感じで、毛先に行くにつれて髪が青くなっていた。
「……?」
彼女は今の状況が分からないらしく、首をかしげた。海の様な蒼い目は、寝起きで半分閉じられている。
何が何だか分かっていない淋に、あたしは笑って第一声を掛けた。
「……おはようっス、淋」
「……」
氷の様に固まっていた彼女は、しばらくして何も言わずに抱きついてきた。
「え、ちょっ、どうしたんスか!?」
「昨日の出来事が怖かったって記憶は残ってるから仕方ないよ。まぁ、僕は知りませんよーって事で」
「案外、ただ安心してるだけかもね。寝無が思うほどヒトは単純じゃあない。……この件は一見落着ってとこかな、これも2人のおかげだ。ありがとう」
どことなく幸せな顔をしている淋を見て、絶対王は馬鹿丁寧にお辞儀をした。それを見た絶望野郎は、また暗い顔に戻る。
「ねぇクロト。この件はって事は他にも何かあるの?」
「……あるはあるけど、ね。今は後回しだ」
この2人はよっぽどあたしに話を理解されたくないのだろうか。インテリな奴が揃うとどうも省かれてしまうのが腹立たしい。
「……そういやもう夕方か……適当に作りますかねっと」
「絶望野郎に料理なんか出来るのかよ?」
「アンタの言うセリフじゃないでしょうが!!」
「うるっせぇなぁ!!ぶっ飛ばされてぇのか、あぁ!?」
いがみ合うあたし達を見て、淋は笑っていた。




