溶けた氷を偽りの焔で
「……じゃあお姉さんはお仕事の続きするからー、3人でゆっくりしといてねー!」
姉ちゃんが満面の笑みのままドアを閉める。危うく吹く所だった。
このアトリエは建ってからまだ3日しか経っていないらしく、姉ちゃんに聞くと空いている部屋を4部屋ほど案内してくれた。何を勘違いしたのか分からないけど、見た目は旨いとも不味いとも言えない変なクッキーと緑茶も一緒に渡された。果たしてお茶請けとして合うのか。
窓から見る海は相変わらず綺麗だった。遠くに小さく船が見えたけど、今ははしゃいでいる場合じゃない。
しばらくして、誰が言うでもなく絶望野郎が口を切った。
「さて、話そうか。……まず、彼女は日本人と白人のハーフで、空気中の原子を自由に操る能力を持つ。それこそ水を出したり、町ひとつを凍らせる事だって出来る恐ろしい能力だ。それに加えて、凍っているモノなら何でも持てる特異体質もあった」
「おい、外国でもそんな強力な異能者は珍しいって聞いたぞ。だったら……」
いつもなら絶望野郎はこんな時舌打ちをするハズだが、空気を読んで言葉を続けた。
「……澪の言う通り、淋は様々な異能者に狙われていた」
「それで家族の1人や2人、死んでもおかしくはないね」
絶対王はあたし達より簡単に『死』と言う言葉を使っている気がする。この世界で誰よりも死から遠ざかっているからだろうか。
「ああ、父親や母親、その兄弟はもう殺されたみたいだ。年の離れた姉と一緒に逃亡生活を送っていたらしいねぇ」
「んで、その道中でイギリスに来てテロに巻き込まれたと」
「いや、違う。……テロじゃなくて彼女の能力の暴走だ。クロト、テロの現場は凍り漬けになってたよね?」
「それはもう見事にね。彼女ともう1人……トランが凍死してなかったのは奇跡だってぐらいに人も建物も凍ってたよ」
「異能者によって唯一の姉を殺された淋は、ショックで能力を暴走させて町を凍らせた……ってとこで彼女の記憶は終わった。能力の暴走で記憶を失うケースは稀だけど、まさかここまでになるとはねぇ……」
「問題は記憶をどうするか、だ。一部だけを刷り込むか……」
「……刷り込んでどうするんスか。淋に家族がいないなら余計に危ないっスよ」
「……偽の記憶を刷り込む事は出来る。それで信頼出来る人の1人や2人置いておけばいい。彼女の本当の記憶は二度と思い出さない様に封じよう。きっと、それが彼女にとって一番の幸せだと僕は思う。……どうかな、クロト」
「……それで良い。ただし、信頼出来る人はキミ以外でね。澪と零なら大丈夫だろう」
絶対王は、あたしを見てニヤリと笑った。
「……姉ちゃんはともかく、何であたしもなんスか?絶対王で良いじゃないっスか」
「ボクよりキミの方が、淋に正しい正義を教えられそうな気がするんだ。……キミの目に宿る意志は、これまでに見た誰よりも強いモノだから」
「……マジっスか!?」
「はいはい。澪、クロト、決まったなら早く行こう。淋が起きる前に記憶処理しないと」
絶望野郎は気味の悪い笑みを浮かべると、中途半端に残していた緑茶を飲み干した。




