最後の羽休め
雑木林の奥、開けた所で対峙する。
張り詰めた空気もお構い無しに、ミンミンとセミが鳴いていた。
向かい合う形で立つ師匠は、まだ掛かって来ないのか、とぼやきながら、括った髪をいじっている。
もうすぐで、もうすぐで閃きそうなのに。
……仕方ない。
「でいやあぁぁぁ!!」
全力で木刀を横に薙いだ。風を切る音と共に、衝撃波が生まれる。
「甘いなぁ!!」
師匠が手を横に振った。金色の火が後に続く。
で、いつもの如くあっさりと燃やされてしまう。
……と思いきや、衝撃波がかき消した。
「おお……よっしゃああ!!」
「お嬢、決められた流派の技を使わない限り勝ちとは言わねぇぞ」
……ええー、とココロの中で小さく不満を漏らした。
「うちの『火』を消せたのは進歩だがな、お嬢。お前の動きは直線過ぎるんだ。教えたって全然身についてねぇじゃねぇか」
「自分流に改良したいんスよぉ……」
「認めん」
拳骨を落とされる前に回避すると、大きく舌打ちをされた。
「最初は真似からだ。色々な技術を知って、ある程度強くなってから自分の理想とする戦い方に組み込むってのが普通だろうが」
「いや、でもっスね」
「そんな見栄で誰かを守ろうなんて考えんな、バカ。……うちはそれで、お前の親っさんの目を怪我させちまったんだから」
突然吹いた強い風が、師匠の黒い髪をなびかせた。師匠は金色の目を細めながら、
「でも、お前は違う気がするなぁ。うちとは違って、その正義を貫けるなら……」
とまで言って唸り始める。散々悩んで悩んだ挙げ句、
「いや、何でもねぇや。お嬢はやっぱり基礎からやり直せ」
「すんません……」
拳骨を落とされた。
「……もういい。後1時間ぐらいで出発だろ、早くしな」
「は、はいっ!!」
「だがな」
肩をぐいっと掴まれ、強引に向き直る形になる。
「信念はがむしゃらに貫くもんじゃあねぇ。時には守る事を諦める事も大事だ。覚えとけよ」
師匠は今まで見た事のない真剣な表情で言い、拳を突き出した。
「……押忍」
頷いて、自分の拳で突き返す。
「おう、流石は我が娘。上出来だ」
いつの間にか後ろにいたらしい。親父はにっと笑っていた。
「親方ですか」
「親父!?なんでここに!!」
「これから5日も顔を見られないんだ、写真でも撮っておかねぇとなって思ってよぉ……えぐっ」
少ししわの寄った目元を拭う。そんな大げさな、とは思ったが、親バカだと思った事は今まで一度もなかった。
「大丈夫だよ親父、あたしがちゃんと姉ちゃん守るっての」
「うおおおん……いつの間にか立派になりやがってぇ……俺ぁ嬉しいぞぉ……」
「親方は大げさですねぇ、別れる前に言う言葉とかないんですかい」
「ひぐっ、そうだったなぁ……よし、澪」
「はいっ!!」
もう一度涙を拭い、親父は静かに言った。
「1人で何かを守ろうとは考えんな。1人じゃ誰も守れはしねぇ。
……今のおめぇには、きっと仲間がいねぇと何もかも守れねぇ。よく胸に刻んどけよ」
「……押忍」
こつん、と小さく拳を突き合わせる。
……でも、あたしにこの約束を守れる自信はなかった。
__守りたい人がいても、仲間なんていなかったからだ。
「……親方、お嬢。早く戻りやしょう、うちは娘さんを空港まで連れてってやらねぇといけねぇんで」
「……はい」
「おう」
親父はあたしの頭をぽんと叩くと、師匠の後を歩き始めた。
それに続いて森を歩く中で、ふと考えてしまった。
初めて絶望野郎と出会ったあの日、あいつの言っていた事は本当なのかもしれない。
__なら、あたしはどう転んでも孤独で弱いままなんじゃないか、と。




