巻物屋敷の主
「よしお前ら、ここで待ってろよ」
屋根の下に狼2匹(本当は『チェイズウルフェン』と言うらしい、結構凶暴と聞いたけど信じない)を置くと、今じゃ珍しくなった引き戸を開ける。
「ただいまー」
『押忍ッ!!おかえりなさいませお嬢ッ!!』
「ひぃ……」
ゼツボーヤローが小さく悲鳴をあげた。大音量なせいか、はたまたドスが効いていたせいか。どちらにせよ、情けない男だ。
「ん?お嬢、後ろのガキは……」
「気にしなくてもいいっ」
『はっ』
それにしても、なんてビビり様だ。黒スーツの男が挨拶してくる事のどこが怖いんだか。普通に暮らしてる奴はよく分からない。
「ウタニ、親父は?」
何十人といる中でも目立つ、青髪青髭のおっさんはため息をついた。
「……今日は用事がないからって寝てますよ。全く、蒼虎会(そうこかい)のリーダーともあろうお方があの様な……」
「うるせぇ!!とっととつれてけ!!話があるんだから!!」
「はぁ……御意」
こいつが愚痴り出すと2時間は止まらない。おまけに最後にはいつも「あんな人には決してならないで下さいね」と言って来るもんだから、本当に腹が立つ。
あたしにとって、親父は一番強くて格好良い人。それを目指して何が悪いんだ。
肩を落として歩くウタニについて歩く。ゼツボーヤローは仲間に散々睨まれて涙目になっていた。……絶対ヘタレだな。そんなんでよくあたしにケンカを売れたもんだ、と鼻で笑った。
親父の部屋に続く廊下には、難しい巻物がところ狭しと並んでいる。お使いに行っているうちに、新しく「龍牙虎爪」と書かれた巻物が増えていた。格好良いけど、読めないから意味は分からない。
屋敷は巻物だらけだから、巻物屋敷と学校の奴らに言われる事もあった。
「……河月(カゲツ)様、お嬢様がお呼びです……河月様ー!?」
「……何でぃ、どうかしたんか兎谷……って、澪が呼んでるだとぉ!?今すぐ連れてこい!!早くしねぇと耳ちょん切るぞゴルァ!!」
障子を破らんばかりの怒鳴り声が耳をつく。よく寝起きでそんな声が出せるなぁ、と感心した。
「お嬢様、そこの坊主は……」
「あたしがつれてく」
引きずりながら戸を開けた。
両端にある丸い窓の外に目を向ければ、小さく庭が見える。前を向き直れば盆栽が点々と並べられ、奥の方に黒塗りの大きな座椅子が鎮座していた。
「よぉ俺の自慢の娘よ、話ってのは何でぃ?」
「えっとなー……」
まず、何を食ったらあんなになるのかと考えるほど大きな巨体が目に入る。
親父は大き過ぎて屈んでも目線が合わない。見上げないとあの虎の様な目を捉えられないのだ。
傷痕だらけの顔は歴戦の傭兵みたいでシブいオーラを漂わせている。
青い虎が刺繍された真っ黒な着物もこれまた格好良い。あれを作った姉ちゃんは良いセンスをしていると思う。
「……んん?」
「ひっ!?」
親父がゼツボーヤローに目を向けた。おおげさに悲鳴をあげながら、逃げ出そうとしたのを食い止める。
「な、ななな何なんですか、一体……」
「澪……おめぇ、まさか」
「へ?」
親父が涙目になる。しばらくして、山みたいな体を震わせ始めた。
「……とうとう未来の旦那を連れて来たのか……」
「ちがあぁぁぁう!!」
この日、あたしは生まれて初めて親父に怒鳴った。




