きっかけは雨と思想に
雨の日に親父のお使いで武器屋に行く途中、道の隅っこでそいつを見掛けた。
こんな日に歩く人なんかそうそういない。……あたしがお使いを頼まれる時は、何故か雨の日ばかりだけど。
「……おいお前、そこで突っ立って何してんだ」
白髪に白い目、白衣のガキ。きっと好物は牛乳と豆腐に違いない。
背丈はあたしと同い年ぐらいに見えるが、あんなに無機質な顔の奴は見た事がないので不審人物だ、と思って睨みつけた。
「何って、決まってんじゃん。死ぬまで見守ってやるのさ」
無表情のまま答えたそいつの視線の先には、子供らしき狼型のクリーチャーが2匹段ボールの中にいた。
黒い翼の生えた狼達は、弱々しく鳴いている。それでも奴は助けず、ただ冷たい目で見るだけだ。
「……てめぇ、それでもヒトかよ……っ!?」
傘を投げ、胸ぐらを掴む。が、すぐに放す事になった。
……こいつ、左目がおかしい。赤くなったり、黒くなったりを繰り返している。びっくりするあまり、ズレた眼帯から覗く瞳を見つめていた。
「……そうだね、ぼくの目を見た人はみーんなそんな顔をする。君の言う通り、平気でいられるぼくはヒトじゃなくてバケモノだ」
本当につまらないよねぇ、と自嘲気味に笑う。カチンときた。
「ふざけんなっ!!そんなの他人が言ってるだけだろーが!!」
「ぼく達子供の価値なんか、他人の偏見で全て決まるでしょ」
冷たい目のまま言い放つ。こいつは威圧しているつもりなんだろう。が、大して怖くない。
ヘンケン、と言う言葉の意味はよく分からなかったけど、憶測で言葉を続ける。
「だったらあたしは『捨て子』のまま独りだろ!!けどあたしは違うっ!!……そのヘンケンを変えてくれた、大事な人がいるんだよっ!!」
「……君の話はどうでもいいし、そんな人もいない。ぼくはずっとバケモノのままだよ」
……こいつ……面倒な奴だなぁ!
怒りに身を任せ、殴りつけた。
「痛っ……何すんのさ」
「てめぇ、名前は」
「……八王子寝無(はちおうじ ねむ)」
「知るか!てめぇはゼツボーした顔ばっかしてるから『ゼツボーヤロー』だ!!」
「何が言いたいのか全然分からないよ」
「だから、てめぇのヘンケンを変えてやるっつってんだよ!!今日からてめぇは『あたしの敵』だ!!」
傘も差さず、ただ濡れているだけのゼツボーヤローに指を突きつける。
しばらくしてぶちっと音がした。
「へぇ、面白いじゃん。ぼくにケンカ売るなんて……アンタ、名前は?」
「桐原澪(どうばら みお)、せーぎのみかただっ!!だから、てめぇが助けないこいつらもうちで飼う!!傘はてめぇにやる!!」
ゼツボーヤローに傘を拾って投げ、狼達を抱きかかえた。かなり冷たいけど、まだほんの少し温かい。
「……ぷっ……変な奴」
気持ち悪く笑って、ゼツボーヤローはどこかへ歩いていく。
ここで重大な事に気づいた。
……こいつらを持ってたらお使いが出来ない。
「おいゼツボーヤローッ!!」
「はぁ……まだ用事あるの?」
あたしのやった傘も差さずに走ってきたそいつは、すっかりずぶ濡れになっている。大きく肩を上下させている姿を見て、笑いをこらえながら財布とメモを渡す。
「テキトーに強そうなハンドガン……テキトーな弾……?ブッソウだし大雑把だなぁ……どうしろって言うのさ」
「それ買え!」
「はぁ!?」
「あたしの親父のお使いって言えばだいじょーぶだ!!店なら連れてってやる、ついて来い!!」
ずんずんといつもの道を進む。狼達は大人しくあたしに抱かれたままだった。
大きなため息の後、水溜まりを歩く音がする。どうにかちゃんとついて来てるらしい。
こいつ、死人みたいな顔してなかなかやるじゃねぇか。
「アンタの父親って、何者なの?」
しばらくしておずおずと聞いてきたゼツボーヤローに振り向く。
「ゴクドーだっ!悪ーい奴と銃とカタナでチャンバラするんだぜ!かっこいーだろ!」
「……それ、むしろ格好悪いと思うよ」
「はぁ!?かっこいーに決まってんだろ!!」
あたしが怒鳴った途端、見下す様な目で見てきた。
……やろうってのか、おもしれぇ。
__だったら、ケンカの始まりだ。




