閑話:過去の牢獄と真冬の夜
鍵を厳重に掛けてから、部屋の電気を消した。
「……淋はもう寝てるね」
「檜も寝てるやんね。……可愛過ぎるから襲っても……」
「いい訳ないでしょ」
布団から顔を出した咲を小声で叱った。確かに檜にくっついて寝息を立てている淋は可愛いけど、何故襲う必要があるのか。そこは見守る所でしょうが。
「そりゃねーぜ。テトも何か言って……って安定で寝とるわあの酒飲み。
……ん?つまり起きてんのはあっしとクロト、千絋ちゃんに澪の姉御か……ぐふふ」
「何を笑っている」
「いんや、何でもねーぜ。にしし」
また何かするつもりか、と睨んでいると、リストフォーンが小刻みに揺れた。
「……ごめん。ちょっと外出て来るよ」
「電話か?まぁいいや。いってらー」
鍵を開けて廊下に出る。自分の拠点とは違って、かなり横幅が広い。流石温泉旅館と言った所か。
念のために部屋から少し離れて、電話に出る事にした。
「……もしもし」
『夜分遅くにいきなり呼び出してすまないな』
少しくぐもった男の子の声には、聞き覚えがあった。テレビにもよく出てるし、異能者なら誰でも知っている有名人……兼、ボクの友達だ。
「大丈夫だよ、言うほどでもない。それで、界人(かいと)の用件は……聞かなくてもいいか。あれだよね」
『いや、今回の『定期任務』はまだ2週間も先だガ……まぁいい。念のため聞いてやろう』
「ボクだけ参加する。他の皆は置いて行くつもりだ。……後、独りで1区画を担当させてくれないかな」
小さく息を飲む音が聞こえた。
『死々王……オマエはまだ、引きずっているのか』
「引きずってるんじゃない。キミ達にとってはただの軽いトラブルでも、ボクにとっては忘れちゃいけない事だ」
『……そうか、オマエはその選択を選び続けるンだな。
__過去の俺の様に』
ボクはただただ、界人の言葉を跳ね退けたかった。彼の言葉を聞いているだけで、忘れそうな気がしたからだ。
……ボクだけは、彼女の事を忘れてはいけない。笑い話にしてはいけない。
あの出来事が起こったのは、彼女のせいじゃないんだから。
……悪いのは、ボクだ。
「もうこの話はやめよう。で、他の用事って何?」
『明後日行われる会議への参加要請だ。どうやら一般区域で妙な事件が起こっている様でな、このままでは今回の定期任務ガ失敗しかねない。常に最有力候補であるオマエにも、参加してもらう必要があるだろう……とウェールテットが判断した』
「議題に上がるって事は、ボク達に関わるみたいだね。OK、予定は合わせておく」
『そレは暇人の言うセリフではないと思うガ?』
格好良く言ってみたセリフは、見事に鼻で笑われた。こう言う所は寝無に似ているな、と考えた途端に憎くなる。
「う、うるさいなぁ。シェイクスピアの4大悲劇の読破に忙しいんだよ」
『トうとウ絶対王も暇人王に成り下がったカ。時間と言うモノは残酷ダな』
「……会議室が血で染まらない様に祈っておきなよ」
『ほう、面白イ。オマエも形見のコートガ自らの血で染まらなイ様に祈ッておケよ!!ハハハハハ!!
……失礼、もう時間らしい。久しぶりに話せて嬉しかったガ、お別れだ』
独特の機械音声混じりになってきた所で、彼はいつものテンションに戻った。界人は何かの病気らしく、医療機器を喉に装着している。恐らくそれのせいだろう。
「あー、うん。ボクも楽しかったよ。じゃあまた明後日」
『ああ、そちらの『病白』にも宜しく伝えてやってくれ。ではな』
最後に彼が笑い、電話は切られた。
「……怪しまれる、かな?」
どう言い訳をしようか、と考えながら部屋に入ると、窓際の方で小さく灯りが揺らめいていた。
丸テーブルにはロウソクが置かれているらしく、それを取り囲む様に澪達が座っていた。
「おーす。長かったな、何の話しとったん?」
「ああ、ちょっと仕事の話が長引いてね」
適当に返すと、誰かに控えめに手を握られた。ぎょっとして顔を上げる。
「姉貴……もう俺はあいつに近づきたくない……」
昨日と同じ、涙目の千絋だった。
シャツのシワのつき方から、何をされたかおおかた予想はつく。
「ひでーっス、こんなの絶対おかしいっスよぉ……」
ぐったりしている澪が小さくうめいた。
「まさか……澪にも手出したの?」
「お二方が敏感なのが悪いやんね、ぐへへへへへ」
「とりあえず咲は手を縛ろうか」
犯罪者の顔をした咲をぺちんと叩いた後、タオルで両手を縛る。何故か鼻息を荒らげていたけどマゾの気があるのだろうか。
「さぁて……そろそろ始めるっスかねぇ」
一段落ついた所で、澪が楽しげに言った。
「__第二夜はあたしの笑い話っスよ」
女の子だけの夜会の始まりは、昨夜よりも楽しいモノになった。
……これから彼女が何を話すか、楽しみにしておこう。




