奪われた者、遺されたモノ
目が覚めた時には、何故か自分の部屋にいた。
ポルカが帰る途中に見つけてくれたからだ、とルートが教えてくれたけど、全く頭に入らなかった。
誰の顔も見たくなくて、2日は泣き続けていた……気がする。
寒気と虚脱感には逆らえず、ベッドで横になったままうっすらと考えた。
黒人とか言う奴がロギを殺さなければ、あんな別れ方をしなくても済んだんじゃないのか。
いや。……そもそもボクがいなければ、彼は……
途端に、考える事も嫌になるほどの静寂を感じた。
部屋のカーテンは閉まっていて、光は漏れていない。今は夜だろう。
……どうでもいい。何時間経とうが、きっと明日も明後日もこのままだ。
本当に考える事が嫌になって、濡れた枕に顔を埋める。
「……入んぞ」
ノックもしないなんて失礼だなぁ、と思いながらも、ボクは反応しなかった。
明かりが付いた後にため息が聞こえて、次の瞬間頭をわっしゃわっしゃと乱雑に撫でられた。
怠さの残る身体を起こすと、そこには大きな段ボール箱を片手に抱えた咲がいた。
「差出人不明。クロト宛の荷物やとよ」
段ボール箱をボクの前に置く。ふっと笑う彼女の目は、少し赤くなっている。
「……何、その目」
「大事な人が死んだって言うてたやろ。……それ、あっしもや」
「……え?」
間抜けな声を出してしまった。恥ずかしい。
「どこ探してもいやせんもんやと思うてたけど、家族が死んでんのが見つかったって、今更ケーサツから聞かされたんよ。……案の定見に行くハメになったわ。それが、今まであっしらの近くにおったあのコロコロ虫やった」
コ、コロコロ虫……?虫?
「その事兄貴や塾の皆に話しても、なーんも分からんみたいな顔しとってな。それがほんまに悲しゅうて、2日は泣いとった。……なぁ、クロト」
「……!!」
ベッドに押し倒される。咲が何をする気なのか、全く分からない。
「クロトの『大事な人』ってのは誰だい?……あっしは……事実を理解されへんのがほんまに嫌でしゃーない」
咲の顔からは、何の感情も見出だせなかった。
なかったけど、彼女が彼女なりにとても辛い思いをしているのは分かる。
ボクが言わないと、彼女はまた泣き疲れてしまうかもしれない。
「ロギだ」
「……覚えてたんか。なら、嬉しい」
咲はボクの言葉にしばらく固まっていたけど、やがてはにかんだ。
「……はは、ははははは!コ、コロコロ虫って……ロギの事だったの……ひぃ……!!」
「はぁ!?何で笑うんよ!!いや、えぇ!?」
それを見てコロコロ虫がロギの事だったと知ったボクは、初めて大声で笑った。
「「……死ぬかと思った」」
2人で同時に呟き、ベッドで横になった。
笑い死ぬのと恥ずかしさのあまり死ぬのとで死を覚悟するのは……後者だろうなぁ。
「……つーか、2日も飲まず食わずで大丈夫なん?あっしはむちゃくちゃ食うてたけどよ」
「よく分からないけど、平気……みたい」
空腹感もないけど喉は枯れている。水分不足が理由じゃないのは分かっていた。
「……ちょっと待ってろよ」
咲はベッドから降りると、そのまま部屋を出ていく。
「……何で飴なんか食べてるの……?」
5分ぐらいで戻ってきた咲は、小さな飴を頬張っていた。
「動くなよ?」
ボクの疑問に全く関係ない返事をして、彼女はまたベッドに潜り込む。
……何がしたいのか分からない。
「んー……後目閉じて」
言われた通りに目を閉じる。見慣れた闇が、余計にボクを困惑させた。
「まっ……待ってよ、何するつもり……」
言葉が最後まで続く事はなかった。
……咲に唇を塞がれていたから。
甘い液体が口の中に広がる。薄く目を開くと、大体何が起こっているか把握出来た。
子供にはさぞ似合わない方法によって……ファーストキスを奪われている。
そんな状況だ。
……この歳でこんな事をするのは、流石におかしいんじゃないか。
まず普通の方法は思いつかなかったのか。
「……ん?何でこんな事したか気になる?」
銀の糸を切り離して、咲はにやりと笑う。その顔は少し赤くなっていた。
「……そりゃ、気になるけど」
「あいつの死で感じたモノ、全部共有した事にしたかっただけ。……覚えてるのが2人だけやったさかい」
これからは内緒にしたい。だからこうやって釘を刺したのさ。
そう言って彼女は部屋を出た。
いや、普通に黙ってくれって言えば良かったじゃん。
……全く、どこであんな事覚えたのやら。
呆れながらその姿を見送ると、床に置かれた段ボール箱が目に入った。
そうだ、渡された荷物の事……すっかり忘れてた。
「よいしょ……っと」
力ずくで段ボール箱を開けると、大人用の黒いリュックと大きめの銃、そして二つ折りにされた便箋が入っていた。
便箋を開くと、前に渡されたのとは別物と言えるぐらいの綺麗な字でこんな事が書かれていた。
『きっとクロトちゃんは咲ちゃん達の面倒も見てくれると思うので、最後にプレゼントを用意しました。僕のお下がりで良ければ使って下さい。リュックは何でも無限に入るし、銃は悲しみを弾に出来ます』
「……仕方ないなぁ、ロギは」
胸が熱くなって、小さく呟いた。
涙が一筋流れるのを拭って、段ボール箱に便箋をしまう。
ありがとう、と最後に言うと、ボクは深い眠りに落ちた。




