曇天に咲く
視界が揺れる。
淀んだ空以外の何かを、この目に映したくない。なのに見なきゃいけない。
……嫌だ。
肩車してもらってから初めて気づいたけど、ボクは高い所がとても苦手らしかった。いつもと違う視点から、人やモノを見下すだけでも本当に怖い。
「……」
「うぇ!?……落とさないよ!!落とさないから安心して!!お願いだからクロトちゃん頭圧迫しないでぇぇ!!」
「いいなー、あっしもこの不審者圧殺してー」
「やめといた方がいいにゃ……」
「ちぇー」
手ぶらだった檜と咲は、ロギの荷物を持たされている。中身は……お酒、だろうか。
「いてて……違う違う、ノンアルコールだよ。保護者が一人しかいないのにお酒なんか飲んでたら問題になるでしょ……ってぐぇ!!痛い痛い痛い!!」
「ははは、クロトは怖がりだなー。こういうとこぐらいは咲にも見習って欲しいもんだ」
「はぁ!?」
女の子らしくて良いからな、と最後に付け加えて、ルートは笑った。けど彼の言った事は正しいから、言い返す事は出来ない。
「……檜ぃ……オレ、忘れられてるのかなぁ」
緋煉の悲痛な問いに檜は振り向く。そして、
「……え……いたのかに!?」
と全く悪気のない様子で驚いた。
「ああ……どうせ俺は時代からも忘れられる奴だよ……」
「……ボクは覚えてるけど……」
「はは……クロトだけがオレの理解者だな……あは、あはははははは」
「ひ、緋煉君大丈夫?……あ、ほら皆、着いたよ」
ロギの声に顔を上げる。
「わぁ……」
ボク達の、周りを行き交う人の、それぞれの感嘆の声が次々に重なる。
威圧する様な曇り空もものともせずに、目の前の大きな木は花を咲かせていた。
時おり風に吹かれて、静かに花びらが散る。その度にまた、どこからか感嘆の声が漏れた。
「うんうん、風流だね。……さて。場所ももう取ってあるし、そこで見ようか」
「はーい」
ロギは桜の木のすぐ近くの所を取っていたらしい。ルートの持ってきたレジャーシートを敷いてから、緋煉の持ってきた昼ご飯を食べた。
「……じゃあ、自由に回ってて良いよ。けど14時までには戻ってくる様にね」
「「はーい」」
答えるなり、ルートと緋煉は武器屋さんの方向へ向かった。……せっかくの桜なのに、勿体ない。
「ん、りょーかーい。後クロト、これ!……おお!?」
「ありがと……って、行っちゃった……」
咲は何かを見つけたらしく、ボクに魔術書と植物図鑑を渡すなり駆けていった。分厚い本を二冊も持つと、それなりの重みがある。
「ひーのきー、ピンク色の変なネコみっけたー!」
「コンッ!?」
「にゃ……違うに、それキツネだにゃ!捕まえるにゃ!」
「とっつげきーぃ!!」
「コォォォォンッッ!!」
よく分からない生き物の鳴き声を遠くに聞きながら、咲が怪我しないかなと心配になる。……危険な生き物なのかは分からないけど。
「……ピンク色のキツネ……って……」
「……大昔にキュウビって言うクリーチャーがいたんだ。身体はキツネよりちょっと大きいぐらいかな。耳と尻尾の先が薄いピンク色で、九本尻尾がある。浄化作用のある火も吐いたりするんだって。もしかしたらそれかもしれないね」
考え込んでいると、ロギが丁寧に教えてくれた。
「ふぅん……」
「珍しいモノでも見たいって思わないタイプ?」
「うん。……今のままで充分満足してるから」
「そっか。……じゃあ、僕がいなくなったら?」
いつもと違う声で、ロギはボクに尋ねる。
「……え?」
ロギがいなくなったら……どうなるんだろう。
……しばらくは悲しいって思うのかな?
「……いや、なんとなく聞いただけ。そんな不安そうな顔しなくて良いよ」
……また読心。頭を撫でられたけど、どうにも腑に落ちない。彼の言葉が嘘にしか思えなくなる。こんな風にロギを疑うのは初めてだった。
「本当に?」
「うん。……本当に」
怪しむボクにはお構いなしに、ロギはいつもの様に笑って答える。それだけで猜疑心は消えた。
「……そう」
重い本達をリュックにしまって、持ってきた座布団に座ってお茶をすする。湯飲みに桜の花びらが静かに落ちた。
「なんか……そうしてる所を見てると、子は親に似るって言うのを思い出すね」
「……ポルカは座布団じゃなくて座椅子派だし」
「……年寄りみたいだなぁ」
ロギはボクに背を向けて震えた。
……よし、後でポルカに言っておこう。
ボクがこう思った途端、ロギは振り向いて謝ってくる。
「本当に勘弁だよ、頼むからこれで許して……」
そして手に変な封筒を握らせた。
「……お金?」
「いや違うから。帰って一人で読んで……」
「そんな事言ったって誤魔化せないよ。まぁありがたくもらっておくけど」
……お金じゃないのは分かってるけどね。
それにしても、何が入っているんだろう。
開けたくなる気持ちを抑えながら、ボクは桜の木を見上げる。
いつの間にか、空は晴れつつあった。




