儚い憧れ
今まで教えてなかったけど、その頃のボクは総合拠点の10階……『塾』と呼ばれる施設で生活していた。
クリーチャーや恐異に襲われて親を亡くしたり、虐待でココロに深い傷を負ったり。
塾はそんな子供達が集められ、正しい教養や最低限の武術、現代魔術を身に付ける。そして一人前になって、各々の道を進む。
ボクが塾を抜けてまた戻ってきた時は、皆にはかなり驚かれてたっけ。
まぁとにかく今まで色々な事があって、一気に話すとキリがない。まずは、ボクにまともな考え方を教えてくれた人との話をしようか。
授業がない時は、空いた部屋で一人で本を読む。別に、皆の輪に入れない訳じゃない。いじめられてもいない。
……自分以外の全てが、信用ならないだけだ。
その事を分かってくれる人がいないから、こうして皆から離れる。
「クロトさん、もうすぐ授業ですよ。今日は新しい先生が来てるから、ね」
顔を上げると、ワンピースを着た長い銀髪の女の人がいた。……ポルカだ。
「……分かった」
机に本を置いて、後についていく。もうすぐで着くと言う所で、ある疑問が口に出た。
「……ねぇ、ポルカ」
「何ですか?」
「その人……知ってるかな、病気の事」
「さぁ、どうでしょう……でも教え方は上手でしたし、私も話を聞いてて色々勉強になりましたよ。もしかしたら知ってるかもしれませんね……はい、どうぞ」
開けられたドアから、部屋に入る。
カーテンが閉められて薄暗いこの部屋……『自習室』には、椅子と机が2つずつあるだけだ。ポルカは他にも何か置こうとするけど、ボクのために部屋を作ってくれただけでも十分なので断り続けた。
……どうやらボクが来る前から、席はひとつ埋まっていたらしい。特等席なんて考えは持っていないから、空いている片方の席に着く。
「……こんにちは、クロトちゃん。僕の名前は氷囲楽蟋蟀(ひいら こおろぎ)。今日からここで色々とお話する事になったんだ。宜しくね」
全身は黒ずくめ。あまり整えられていない赤い髪。怪我しているのかおしゃれのつもりなのかはよく分からないけど、右目には包帯がぐるぐる巻かれていた。
「……コオロギって、なんか呼びにくい名前だね」
「でしょ?だからロギって呼ぶと良いよ。……そうだ、質問とかある?」
ロギが言い終えてすぐ、ボクは疑問をぶつけた。
「マボロシ病……って知ってる?」
……ボクは『マボロシ病』と呼ばれる重い病気にかかっている。最近見つかった病気だから謎が多くて、とても強い力を持つ異能者だけがかかり、感染はしない……と言う事しか分かっていない。けど、ボクは新しい事をひとつ見つけた気がした。どんなに効くと言う注射を打たれても、どんなに良いと言う薬を出されても、治らなかったのだから……
きっと、不治の病だ。
多分ロギも知ってるのは名前だけで、症状は知らないだろう。他人に期待なんてしない。
やがて返ってきたのは、初対面の恐怖も吹き飛ばす答えだった。
「知ってるも何も、実は僕、それの患者なんだよね。……クロトちゃんも同じ?」
「……うん」
「そっか。……おまけに言うなら、僕の子供もこの病気らしいんだ」
……らしい?親子なら、普通に分かるハズだ。一体どういう事だろう……?
「こんな事言うのもあれだけどさ、僕22歳で子供が二人いたんだ。お金持ちの家同士で無理矢理結婚させられたからね。いきなり子供がいるって言われた時、その子達の親になるのが怖くて、夜中に逃げた。でも……たまに隠れて様子を見に行くんだよ」
……考えを読まれていたらしく、一気に重い事を話してくれた。能力でも使ったのかな、と首をかしげるボクにはお構いなく、彼はカーテンを開け放った。太陽の光が目に痛い。
「……その子達の名前、何て言うの?」
「僕は名前を付けてないんだ。でも6歳ぐらいになって、自分達をルートと咲って名乗ってた。双子の兄妹でさ、今は二人とも10歳。……多分、母親は死んだ」
寂しそうに笑っていた。そんな彼を、最低と言うのかどうか、ボクにはさっぱり分からなかった。
「そんなに深く考えなくてもいいよ。あと少し大きくなったらすぐに分かってくるハズだから」
「……そう」
注意されて我に返ると、まずロギへの興味が湧いた。同じ病気なら、もしかしたら色々と新しい事が分かるかもしれない、と。そして次におかしいと思った。どうしてこの人はこんなに話してくれるんだろう……と。それを口に出すと、
「親近感から、かな。クロトちゃん、なんだか昔の僕そっくりだったから。じゃあ、そろそろ授業始めようか。……と言っても、話すだけだし何も要らないんだけどね」
「……何の話?」
「うーん……まずは北欧神話から行こう。君は物知りだってポルカさんも言ってたしね。……」
「……へぇ、怖いなぁ。どれぐらい痛いんだろ」
「想像も出来ないぐらいだよ、きっと。……今日はこれで終わり。今から皆の所に行くけど……来る?」
「……いや、いい」
今まで堅そうなイメージがあって手に取らなかったけど、北欧神話も案外奥が深くて面白かった。
自習室を出て自分の部屋に戻ろうとすると、部屋の近くに三人子供がいるのが見えた。
「咲、真っ黒の兄ちゃん見つけたにー、そこの角曲がったにゃー!」
「えぇ!?ほんまに!?兄貴ー!!不審者見つけたー!!」
「おい、何言ってんだ!!不審者じゃないだろ!?」
馬鹿っぽい事を言いながら、その三人はばたばたとボクの目の前を通り過ぎていった。
……髪の長い子は咲って呼ばれてた。もしかしたら、ロギの言っていた子供かもしれない。だとしたら、その子が兄貴と呼んでいた紫髪の男の子がルートか。
……今度会った時に話でも聞いてみようかな。
そう思いながら、ドアノブに手をかける。
「……っ……!!」
血を吐いた。体から力が抜けて、その場に崩れ落ちる。ドアに頭をぶつけた。
「……くっ……そ……」
身体が全く動かない。頭が痛い。とても痛い。息をするだけでも苦しい。
……助けて。
意識を失うまで、その言葉だけがボクの頭に溢れていた。




