黒死蒼生の業火
「だぁっ!!」
殺す気で殴る。
「せいっ!!」
殺す気で蹴る。
「……なんで効かないんだっ!!」
それらが全く効かない。咲はカーシェストすら使わず、ただ左半身で攻撃を受け続けているだけだ。
それなのに、彼女には傷ひとつ付かない。
「クッ……ハハハハハ!!その程度か!?もっと楽しませろよ!!でなきゃぶっ殺しちまうぜェ!?」
突然人が変わった様に笑った。見開いた目が銀色に輝き、左腕は凍り付くかの様に結晶化していく。
怨念、憎悪、嫉妬、あらゆる負の感情が叩きつけられる様に伝わってきた。
それが今まで散っていった彼女のモノである事は、言うまでもない。
「これこそが負の完全なる昇華形態……」
カーシェストが右手に持ち変えられると、主同様その姿を変えた。
噛みつきそうな口が大きく開き、その中から蒼い刃が現れた。ヘッドについていた手は、鋭い棘に変わる。
柄が幽霊の様な右半身と融合した時、それは炎を纏った巨大な戦斧と化していた。
「死ねェ!!」
咲はその見た目からは想像もつかない速度で戦斧を横に振る。
「がっ……」
刃が当たる前に、耳元でごうっ、と風が鳴る。
刃ではなく、風圧で吹き飛ばされた。
「こっちはまだまだ本気じゃねぇぞ……そんなんで世界最強とはずいぶん笑わせてくれるなぁ、おい!!」
カーシェストをスイングさせて烈風を生み出し、追い打ちを掛けてくる。
先程と何ら変わりない速さだが、それを知った今ならなんとか避けられる。
……彼女は左半身「だけ」で攻撃を受けていた。もしかしたら、いかにも攻撃が効きそうにない右半身を攻撃するのが有効なのかもしれない。
襲い来る気流の渦を避け、あるいは右腕で潰しながら、ボクは咲との距離を縮めていく。
「こっちばかり傷つくなんて、決戦らしくないでしょ……はああっ!!」
一撃を喰らわせようとしたその時、殺気の高まりを感じた。
「不明瞭な烈爆(イクサプロード)!!」
咲の右半身の揺らぎが激しくなり、音もなく爆発を引き起こす。
「ぐあぁっ!!」
強い熱を伴う痛みの後、ボクは先ほどと同じ位置で倒れ伏していた。
痛覚遮断がイカれて働かなくなってしまった。立ち上がろうとしても、全身の傷口をガラスを抉られた様な激痛が走って、上手く立ち上がれないのだ。
「悪りぃが、あんたはここで終わりだ」
無数に連なった結晶が迫ってくる。
「……絶対停止(アブソリュート)」
血を固めた様なそれがボクの胸を貫こうとした刹那、世界の息を止めた。
……さぁ、どうする。
決まってる。勝つんだ。勝たなきゃいけない。
なのに、ボクは今度こそ死にそうになっている。
もう、終わりなのか。
『お前がそう思うならば、そうなのだろうな』
ぼんやりとしてきた意識の中に、黒徒の声が響いた。
『だが思い出せ、境の巫女。お前が強く望むのなら、あらゆる事象がお前に味方してくれる。お前は、世界そのものだ。
……お前は、何を望む?』
「……あいつに勝てる様な……何もかもを越える様な力……」
『……私が与えずとも、その力はもうお前の中にあるだろう。お前が望んだのだからな。
さぁ、今こそそれを解き放つ時だ』
冷たくなっていた身体が再び熱を帯びる。
左腕が純白の輝きを放ち、右腕は漆黒の炎に包まれる。黒に染まった手は、皇龍の鉤爪の様になっていた。
モノクロの世界はひび割れ、色を取り戻す。ボクの胸元まで連なっていた結晶は、全て木っ葉微塵に砕け散った。
「なっ……」
咲は茫然とした表情でその光景を眺めていた。
「勝ち負けは境界が決める、アンタなんかに負けてたまるか……
__ボクこそが、境界だ!!」
その場に固まった咲に突進し、続けて右半身を鉤爪で引き裂いた。
吹っ飛んだ先で結晶にぶつかった彼女は、余裕に満ちていた顔を歪ませる。
「やってくれんじゃねぇか……やっぱりこうでなきゃ面白くねぇってもんだなッ!!」
夥しい殺意を放ち、咲が上空から突撃してきた。
「やあっ!!」
左手で刃を握り、左半身を蹴り飛ばす。何故か攻撃が通る様になっていた。
咲はその事を一切気にせずカーシェストを振り回し、あらゆる方向からボクの息の根を止めようと迫った。
刃と拳がぶつかり合う度に、その衝撃波で結晶がひび割れていく。
攻撃の間に僅かな隙があれば、傷つくのもお構い無しに殴り、あるいは引き裂いた。
そしてどれほどの時間が経っただろう、戦いは終わりを迎えつつあった。
咲は既に死んでもおかしくないぐらいに傷つき、右半身の炎も勢いを無くして消えそうになっていた。
「……まだだ」
それでも彼女は立ち上がり、確固たる意志を瞳に宿していた。
「……まだ、終わってない……」
咲の身体から蒼炎が噴き上がる。炎は彼女の全身を包むだけに留まらず、あらゆるモノに燃え移った。
「……どうだか」
負けじとボクも黒炎を纏う。
黒と蒼の炎が、辺りを包み込んだ。
「カオスフランジェッ!!」
咲を包んでいた蒼炎が次々に色を変え、元の色を取り戻した瞬間戦斧を振り下ろしてきた。
「ドゥームフレア!!」
黒炎が勢いを増す。蒼の炎を纏った戦斧に、全力で殴りかかった。
「「負けて……たまるかあああああッッ!!」」
二つの炎はせめぎ合っていたが、やがて交じわり、轟音と共に爆ぜた。




