初夜
「……」
迷宮攻略は完了したらしく、拠点に戻った時には掲示板にでかでかと『攻略完了』の文字があった。
「……クロト、大丈夫?」
「……問題ない」
あんなに酷い有り様なのに、うちの男性陣は平然としていた。無神経なのか、はたまた表に出さないだけか。
……それでも、きっと辛かったハズだ。ボクですら、近くに皆がいなければどうにかなっていた。
だから、皆のそれを和らげる事でしか……弱い『リーダーとしての自分』の穴埋めが出来ない。
しばらく考えて、大きなため息をつく。
「……少しだけ、話をしようか。今日の19時、会議室でね。……けど、テーマは皆が今日見たモノ、そしてボクに関する事だ。……無理に来なくても良いよ」
一生懸命考えた結果が、この言葉だった。
必要なモノをもらいに、ボクは「中央市街(セントラル)」の様々な組織が集まる場所……『総合拠点(ユニオンベース)』の30階に来ていた。
組織の呼び出しをお願いして、受付の前で待つ。しばらくすると、声が掛けられた。
「あ、いたにゃ。クロトー!」
「やぁ、檜。1週間ぶりだね。……親方さんの調子はどう?」
ボクより年上で身長も高めだけど、うさ耳のついた薄緑のだぼだぼしたパーカー、白いミニスカート、そして特徴的な語尾と言う組み合わせのせいで少し幼く見える。
綺麗に整えられたふわふわの白い髪には、何故か植物が生えていた。
「おかげさまで、うちの咲は相も変わらず変態だにゃ。……はい、『創作者達(クリエイターズ)』特製のアロマキャンドルだに!」
彼女……抹嫌 檜(まつや ひのき)は、持っていた荷物をボクに手渡す。
「ありがとう、近々お返ししに行くし、その時はゆっくり話そう……って咲に言っておいて」
「了解だに……けどどうかしたに?なんか元気なさそうだにゃ」
「……ちょっと、ね。ボクも最近忙しくてさ」
本当は笑えないのを無理して笑ってみたけど、どうやらバレたらしい。
「ふーん……悩んでるならおれにも相談して欲しいんだにゃ。塾の同期に何かあるって聞いたら、結構心配なんだからにゃ?」
「ありがとう……けど、本当に大丈夫だから。そこまで心配しなくてもいいよ。……じゃあね」
余計な口出しをされる前に、手を振って別れた。
会議室に着くと、円卓の真ん中にアロマキャンドルを3本置いた。
百物語をする訳ではない。
ここでするのはそんなモノよりもっと大事で、怖い事だ。
ふいにドアがノックされ、開けられる。
「……失礼するっスー」
「同じくー」
「……右に同じー……」
「……」
「時紅クンと千絋はよし。おら、絶望野郎はそこで正座してろ!!」
「駄目だよ澪姉、外に出さないと……」
「そうアル!!その後ゴミ箱に捨てるネ!!」
「たはは、元気そうで何よりだよ……」
皆を落ち着かせると、一足先に円卓に並べておいた椅子に座る。
全員が座ったのを確認すると、口を切った。
「過去を独りで思い出すのは辛い。独りで涙を流した所で、幼いボク達は余計痛みが増すばかりだ」
「だから話そう。独りで傷つかないために。ボクは非難しない。罵倒しない。密かにその感情を受け止める。そして痛みを軽くする」
「……皆はどうかな?」
否定の言葉はない。一様に黙って頷いた。
「……ありがとう。いざ話すのは相当な勇気が要るだろうから、今夜はボクだ」
アロマキャンドルに火を灯す。
「……あれは5歳の今頃の話だった」
眼帯を外し、手元に置く。
さぁ、語ろう。悲しみの雨の話を。




