目覚めたジークライン
「わたしはクロトを独りにしない……ずっと、貴女の側にいる!!」
叫び声が強く響き、頬に柔らかい何かが触れる。
赤に染まった視界が、音もなく溶けていった。
「ち……ひろ……?」
「おはよう、クロト」
滲んだ視界で、千絋が微笑んでいた。
その首元にはナイフが刺さり、今も血を溢している。それを引き抜こうとする前に、彼女は何の躊躇いもなくそれを引き抜いてボクに手渡した。
「やっとお目覚めっスか」
「ようやく助かったよ。暴れ過ぎるから困ってたんだよねぇ」
「……羨ましい……ずりぃ」
千絋だけじゃない。澪もネムも、時紅もここにいる。
「なんで、ここに」
「皆、貴女の力になりたかった。だから、大義名分を持って今まで戦ってきた。……トランと淋は殺られたけど、別の形でここにいる」
よく見ると澪は氷で出来た刀を持っていた。ネムの卍鎌は炎を纏い、時々青い火花が弾けている。
……こんな事になるなら、最初から連れて行っておけば。
「責めなくていい、今はわたし達の仇を討とう。……それが二人への弔いになるハズだ」
「……うん」
「死ぬ前のお祈りは済んだかな?じゃ、始めてくれよ☆」
死目は指を鳴らし、影から巨大な何かの腕を二対呼び出した。
「言われなくてもっ!!」
腕がこちらに向かってくるのと同時に、澪が刀を振り回す。影から伸びた腕は真空波で刻まれ、サラサラと崩れていった。
「『犂明の闇』よ、愚の光溢れる地に絶望の雨を!!『エンディ・スコール』!!」
「……リープファイア」
炎を纏った弾丸が死目に放たれた直後、黒い雨が地面を抉る勢いで降り注ぐ。
「はっはっは、ワタシに異能は効かないよ☆」
水煙の中で、死目は笑っていた。その身体には傷ひとつ付いていない。指を鳴らす音が響き、頭上に鋭利な針が無数に張り巡らされた。
……あいつは指を鳴らしてから妙な技を使う。つまり指を使えなくすれば勝てるハズだ。
「魔王拳ッ!!」
ネムの魔術となんら変わりない勢いで降り注ぐ針を、エネルギー波で消し飛ばしながら死目に突撃する。
「イーヴル・インパクト!!」
「グラヴィカルショック☆」
一撃が届くコンマ数秒前に、また指が鳴った。思い出したくもない記憶が鮮明に流れ、強い脱力感に襲われ膝をついた。
「なんで……立てないっ……!?」
何とか振り返って足元を見ると、赤黒い鎖がボクの四肢に深く絡みついていた。しかも、鎖が絡みついていたのはボクだけではない。
程度に差はあれど、皆身動きが取れない状態にされていたのだ。
死目を睨みつけると、彼女はニヤリと笑った。
「それは君達が今まで経験してきた苦痛の塊だ♪どれだけ強いと言われてようが、たかだか10代の少年少女だろ?軟弱な精神じゃあこれは破れないよ☆」
2回続けて指を鳴らすと、爆発が生じた。
右腕が爆風で吹っ飛び、皮膚が炭化したけど、すぐに剥がれ落ちて新しい腕が生えてくる。痛覚を遮断したから、痛みは全く無かった。……けれど、
「__澪!!ネム!!」
二人の姿は見えない。
「クウもいねぇ……どこ行った?」
比較的鎖の束縛が緩かった時紅は、発砲の反動で上空に避難していた様だ。辺りを見回して、舌打ちをした。
「ああいう子達はつまらないからね、適当なとこに戻しといたよ☆」
死目がクスクスと笑い、白衣を翻して黒い椅子に勢い良く座る。
「……クウ?」
「保護したんだ。クロトの事を知っている様子だったが……知らないか?」
ボクが意識を失う前に見たのは、沙羅ではなかったらしい。
ネムの言っていた界蝕者、か。
「……ボク達だけにして、何の意味がある……」
「あの子達と遊ぶのは君達を屈伏させてからの方が楽しいからね♪だから早く……絶望しろ★」
脳裏に嫌な映像が映る。しかも、今度は音声までついてきた。
冷たい目。呪祖。すり抜けた手。罵倒。
鎖がじゃらり、と音を立てるのと同時に、地面に倒れた。
「あっ……ぐっ……」
全身がバラバラにされた様に痛い。痛覚遮断の通用しない痛みに、ただ悶えた。
やがて、びくびくと震えていた指に、ほんの一瞬手が重なった。
「……大丈夫……どんなクロトでも、わたしは受け入れる、から……」
今にも燃え尽きてしまいそうな弱々しい声に、強い意志を感じた。
鎖がひび割れる音に、顔を上げる。
「……何?そんな目で見られても、何も出ないよ★」
死目は口許を歪ませ、また指を鳴らそうとする。
「……うるさい」
左腕が輝き始めた。鎖がピキピキと音を立てて壊れていく。
「こんな身体になりたくてなった訳じゃないし、こんな過去も背負いたくて背負ったんじゃない。自分がどういう存在なのか悩む時もあった……」
痛みに耐えながら立ち上がり、闘争本能のままに左腕を思いきり引っ掻いた。そこから血は流れず、代わりに紫炎が噴き上がり、巨大な腕の形を取る。
「あ、あれぇ……?」
「……ようやく分かったよ。お前みたいな外道を殺すために、今のボクがいるんだ……」
死目を睨み付けると同時に、右手を握られる。
「……クロトだけじゃない。わたしもいる、だろう?」
鎖を壊し、膝を震わせながら立つ千絋の姿があった。
「んじゃ、やるか……」
時紅が大銃剣を担ぐ。
「異能が効かないなら、正真正銘の殴り合いだ!!」
抉れるほどに地面を蹴り、間合いを詰めて左腕を振りかざした。
「ははっ……笑わせるねぇ★」
死目は白衣の袖から銃を取り出すと、常人離れした速さで弾を装填し、三回乾いた音を立てる。
銃口はボクではなく、時紅に向けられていた。
「……っ!!」
ボクが庇おうとした時には既に遅く、時紅の胸元には3つ穴が開いていた。




