デストローグ・ジャッジ
「あっしが色々やるためには人がいない方がいいんだわ。だからあいつらの味方にも、あんたらの味方にもなるつもりはねぇよ……ほら、はよ行きんさい。どうせ中におんの男やろ?野郎には興味ねぇもんね、むいっ」
膨れっ面でそう言ったが、この場にいる全員……クウさえもが咲を怪しんでいた。
「……本当に何もしねーな?」
「する訳ねぇよ。男絡む荒事なんかゲロ吐くぐらいには無理やんね」
時紅の問いにもほぼ棒読みで答え、そっぽを向く。
やがて視線が集まっている事に気づくと、眉をしかめて頬をしぼませた。そしてあろう事か地面に寝そべって魔法陣を展開させる。
「『要求(プリーズ)』、ローブオブファントム!!」
咲の周囲から赤い光を放つ球体が5つほど現れ、彼女を取り囲んだ。
「こいつらは条件を満たすまでは絶対に解放せぇへん。条件はあんたらが決めいや」
「なら僕達があの部屋に入ってから、外に出る……もしくは交戦状態を解除する事。これを条件にしておくから」
ネムさんが不機嫌に言うと、赤い光は咲に纏わりついて寝袋の様な形になった。
「そんじゃあな、あっしはここで一眠りさせてもらうんで」
咲はそう言ってすぐに規則正しい寝息を立て始めた。狸寝入りではないだろうかと思って頬をつついてみるが、起きる気配はない。
「むにゃあ……もうおさわり出来ないやんねぇ……」
うわっ、と澪さんが小さく悲鳴をあげる。こいつは夢まで気持ち悪いらしい。
「全く……こっちはこんな茶番をやりたい訳じゃないのにねぇ」
奇妙な形の鎌の刃を展開させたネムさんが、扉の前に来る様に促してきた。
「……二人のためにも、絶対に奴の息の根を止める事。それを目標にしようか」
それぞれが頷き、武器を構える。
左腕を断罪剣(エグゼキュージョナーソード)に変えて、カードキーを扉にかざした。
「__ようこそ、待ってたよ皇龍の牙諸君♪」
青い電灯で照らされた部屋は、やはり何もかも壊されてめちゃくちゃになっている。
姉貴の姿を探すと、血まみれになりながらぐちゃぐちゃになった何かをひたすらナイフで刺していた。
その奥で死目が笑いながら椅子を蹴り飛ばし、俺達を見ていた。しかし澪さんの姿を認めると、何故かつまらなさそうな顔をした。
「……ってあれ、なんでワタシの子がいるんだ?困ったなぁ……」
死目の言葉を聞き、思わず澪さんと見比べてしまった。
……しかし、あまりにも似ていない。死目は全体的に女性らしいが、澪さんは顔立ちも凛々しいし、男の服を着せたら絶対に男だと思うぐらいには体つきもがっしりしている。父方に似たのだろうか?
「よーし、ワタシにとっては黒歴史だし今すぐにでも消えてもらうよ♪」
「テメェがあたしの親だとは思ってねぇよ。あたしの名字は死目じゃねぇ、桐原だ!!」
暗い所にいたせいで気づかなかったが、澪さんがいつも滞刀している所に刀が無かった。
「……テメェは豚箱送りにしてやる!!」
どうやって戦うんだ、と思っていると、彼女は刀を抜く動作を取った。その手には水の刃が握られている。
「へぇー、でもその前に大事な事を忘れてるよね☆
……クロトはどうするの?」
「……ボクじゃない……お前が……」
死目が指を鳴らすと、肉塊を抉っていた姉貴がゆっくりとこちらを向く。
そして俺に迫ってきた。
「__お前が殺したんだああ!!」
ナイフをめちゃくちゃに振り回すのを剣で受け止めると、火花が激しく散った。
「姉貴!!何をしてる!?」
「黙れ!!ボクは誰も殺してない!!お前があっ!!」
泣き叫びながらひたすら攻撃を続ける姉貴の刃を、体勢を変えながら受け止め続ける。
「くそっ……」
攻撃する隙がない。……このまま続けていれば、剣が折れる。
「……お前、クロに何した?」
「別にぃ?トラウマかなって思ったモノを見せ続けてるだけさ♪」
「……ふざけんじゃねぇよ」
時紅が大銃剣を構え、レーザーを射出した。
死目は両手で指を鳴らすと、今度はバリアを張ってレーザーを打ち消し、もうひとつのバリアでクウを閉じ込めた。
「何これ……壊れない!?」
クウが鎌で何度もバリアを叩くが、びくともしなかった。
それを横目で見ていると、少しの間動かなかったナイフが再び閃いた。
「……姉貴!!俺だ!!」
「うるさい……お前が殺したんだ!!ボクじゃない!!ボクは……バケモノなんかじゃ……」
「千絋ちゃん、クロトは攻撃でどうにかなるレベルじゃないよ。……僕は介入出来ない。何でもいい、彼女のココロに響く言葉を考えて」
ネムさんはそう言って、詠唱を始めた。
……姉貴のココロに響く言葉。今の俺は、その答えに辿り着く事が出来る。
薄暗い部屋で見た黒い塊達はこう言っていた。
『なんで皆ボクを独りにする』
『ボクはバケモノなんかじゃない』
……そして、
『千絋の側にいられるのはボクだけだ』、と。
あの人は、誰かが側にいなければどうしようもなく強がり続けて、自壊してしまうだろう。だから誰かと繋がろうとするのだ。
けれど、そうして繋がった人は皆死んでいくか、殺人鬼としての姉貴を疎んで離れていく。
故に救済を拒み、あの人は茨の道を独りで歩いているのだ。
それでもやっぱり誰かに救って欲しくて……永遠を誓える俺を強く求めていたのかもしれない。
「……姉貴」
俺は決断しなければならない。時紅と姉貴と、どちらの側にいたいのか。
そして、それはもう決まっている。
板挟みで苦しんでいたのは、選んでいた事に気づかなかったからだ。
「違う……ボクは」
姉貴は泣き崩れた顔で、ナイフを振りかざす。
首元に刃が刺さり、無痛のまま血が流れた。
俺は……いや、わたしは。
「__バケモノでもいい!!どんなクロトでも、わたしは嫌いになったりしない!!」




