仇花のキュリオス
瓦礫の上を走っていると、地面が揺れた。前につんのめりそうになったけど、澪がとっさに手を貸してくれたおかげでなんとかこけずに済んだ。
「……くっそ、さっきから何だよもう!!空の上なんだから地震なんかねぇだろ!!」
「どう考えても誰かが戦ってるって事でしょ、揺れが強くなってる。多分この先だ……ッ!?」
通路の左側にあった扉が、電撃と共に吹っ飛んだ。
瓦礫が紙の様に飛び散り、天井が大きな音を立てて崩れる。
「せっかく治したのにまたやらなきゃいけないのか……面倒だなぁ」
どうやら、敵がいるらしい。卍鎌を構え、砂煙が収まるのを待った。
「……口だけのザコだった。つまらんな」
ずいぶん開けた空間に、緑色の髪をした女の子がボロボロになりながら立っていた。
女の子から少し離れた場所には、折れた巨大な包丁が落ちている。
「……テメェ!!淋に何した!!」
「待って!!」
それを見た澪は激昂し、僕の制止も聞かずに飛び出していく。
砂煙が完全に晴れた。女の子の前に、隠されていた人影が見える。
「イーヴェはトランとリンを殺したし、クウを怒らせたね」
……薄々予想していた事は、どうやら本当にあったらしかった。
「その様だな」
イーヴェと呼ばれた緑髪の女の子は、棒読みで答える。
「……もう、ゆるさないから」
クウと言う名前。クロトによく似た顔立ち。鎌と化した両腕。
間違いない。あの子が「黒棺 クウ」だ。
……しかし、どうしてトランと淋の名前を知っているのだろうか。
「殺しただと!?」
「澪、落ち着いて。……探してた子がいるんだ」
「落ち着ける訳ねぇだろ、くそっ……離せよ……!!」
「今離したら澪も死ぬかもしれないでしょ。それなら僕は離したくない」
大人しく僕の腕の中にいてもらう方がいいのだ。
クウはクロトと同レベルの力を持っているかもしれない。その攻撃に巻き込まれたら、間違いなく死ぬ。
二人が対峙している様子を見守っていると、クウの身体に異変が生じた。
背中から羽根を撒き散らしながら赤い翼が生え、うっすらと光を放っていた鎌は、一気に黒くなり膨張し始める。
やがて膨張した鎌は巨大な手になった。金属的な光沢は無くなっており、銀色の線が血管の様に伸びている。
「……それ、どうするつも……」
「殺すつもりだよ」
イーヴェが言い終える前にクウは彼女の後ろに回り込んでおり、巨大な手を振り落とした。
真っ黒な手はぐにゃぐにゃと溶けてイーヴェを包み込む。その様子はさながら捕食している様に見えた。
「何だ、あいつ」
「クロトのクローンだと思っていいよ。あの子は、異能者区域の侵略に使われる予定の子なんだ。……トランと淋の事を知ってるし、僕達の味方みたいだけど」
黒い手が元に戻った。そこにイーヴェの姿はない。クウは茫然と立っていた。
澪がクウの元へ駆け寄ろうとして、何か落ちているのを見つける。
「……これ」
澪の手には、淡い光を放つ雪の結晶が収まっていた。
僕もその近くで炎を結晶にした様な石を見つける。拾い上げて眺めると、内部で微かに揺らめいている炎が見えた。
「こんな姿になっちまったのか、あいつらは」
「……それでも、何も残さずにいなくなるよりはずっといいんじゃないかな」
僕達はただ静かに泣いていた。
それを見つけたクウが、こちらにやってくる。
「……おねーさん達は?」
「あたしは澪。んで、こっちがネム。トランと淋の親……とでも思ってくれたらいいっス」
涙を拭いながら、澪はそう言った。
彼女達は形を変えてここにいる、そう思い直したんだろう。強い子だ。
……でも、僕は諦めたくなかった。人工クリーチャー……モンスターは、擬似的に作った世界の核が元となっているハズだ。情報をいじれば、甦らせる事だって出来るかもしれない。
「……ごめん……クウ、イーヴェとめられなかった、リンとトラン……死なせちゃった……!!」
ぺたんと座り込み、泣き出したクウの涙を拭ってやる。
「……大丈夫。いつか絶対戻ってくるハズだから」
「ネム……?」
「元がクリーチャーなら、ちゃんとした手順を踏めば再構成出来るハズだよ」
「本当に!?」
「それマジかよ!?」
クウと澪は身を乗り出してきた。
「そのためには資料が必要だ。……クウちゃん、この先に誰かいるとか分かる?」
クウは目の前の巨大な扉を指さし、ふるふると首を振った。
「チヒロとジグがいるけど、鍵わたしちゃったから先に行けないんだ……」
「だったら壊せばいいだけの話やんね」
この場にそぐわない奴の声がした。
「咲ちゃん!?」
花が溢れたリュックを背負った咲は、ハンマーを片手にバク転しながらこちらにやってきた。
女とバレてからこいつには嫌な事ばかりされたので、非常に気分が悪い。
「……誰?」
きょとんとした顔で尋ねるクウに、咲は人懐っこい笑顔を見せる。
「クロトの友達よ。……見てな、あっしの子猫ちゃん達!!どっせぇい!!」
そしてバカみたいにハンマーを振り回し、扉にぶつけた。
空気がビリビリと振動する音に眉をしかめる。
鋼鉄の扉に、ハンマーのサイズと合わない大きさの穴が出来た。
「ほら、行くぞ」
「……あんた、何しにきた?」
手招きをする咲を睨みつける。
「ははは、ネムちゃんも変な事聞くなぁ。
……仇討ちに決まってんだろ」
咲は笑顔のままぞっとする様な声で言うと、暗闇に消えていった。
……やっぱりあいつは、理解不能の塊だ。
咲の存在はホラーって事で。




