ブレイブリー・ラヴァー
所々折れた鉄骨の上を走り、とうとう逃げ場のない場所まで追い詰めた。
「くそっ……」
龍哭寺が立て続けに銃剣で撃ってくる。日本刀を回転させ、飛んで来る弾丸を弾いた。能力を使っていたせいで刀はもうボロボロで、あたしの髪なんかはあと少しでネムと一緒の長さになるんじゃないかと思うぐらいに伸びていた。
「桐原流……二刀牙斬(ニトウガザン)ッ!!」
二つある日本刀の1振りを宙に投げた。残った刀で斬りつけるのと同じタイミングで、それは龍哭寺の肩を貫く。刺さった刀を引き抜くと、血が飛び散った。
「戦いでは常に虎であれ」。あたしは、その教えにこれまでにないほど忠実になっていた。
「……なかなかやるじゃねぇですか……でもねぇ、姐さん……」
鉄骨の山に崩れ落ちた彼女は、銃剣を上に構える。
「澪、離れて!!」
銃声と同時に響いたネムの声に飛び退くと、さっきまであたしがいた場所には巨大なコンクリートの塊が刺さっていた。
「……姐さんは……誰かを殺さなければ、愛する人が死ぬとしたら……どうします?」
龍哭寺の姿は塊に隠れて見えない。けれど、その下についた血でどうなっているのかは分かった。
「殺される訳ねぇだろ。あたしが、絶対に守る。……例え殺してでも、絶対に」
「はは……そうですか。そりゃあ良かった……ワイは……そのつもりで姐さんを殺そうとしたんですよ、あの人が殺されるのが……怖かった……から……
」
声はそこで途切れた。
「……すまねぇ」
鉄骨から飛び降り、ネムのいた場所に目を向ける。
信じられない光景があった。
「……!?」
「がっ……」
白衣を着たおっさんが、ネムの首を絞めていた。
あたしは、このおっさんを知っている。
八王子 咏……ネムの、クソ親父だ。
「テメェッ、何しやがる!!離れろ!!」
もう使いモノにならない刀を全力で投げつける。疾風の如く向かっていったハズの刀は、もう少しで当たると言う所で派手な音と共に砕け散った。
「はっはっは。所詮無価値なゴミからの成り上がり、私に敵う訳なかろうて」
咏は笑った。
あたしの怒る様を鼻で笑って、愉悦以外の何物でもないと言っている……そんな顔で。
「ふざっ……けんなッ!!」
こういう顔をして許されるのはネムだけだ。
ふらつく身体に喝を入れ、刀を垂直に構えると全速力で突進した。
「効かんな」
「ぐあっ!!」
縮まった距離が、血管にガラス片を流し込まれた様な激痛と共に一気に離される。
刃は粉々になって、柄だけを握っていた。
「出来損ないが軽々しく私に触れていいと思うなよ」
咏はネムの首を絞めたまま、こちらに向かって歩いてくる。
「っ……やめ……ろっ……」
ネムはこれまで見たこともないぐらいに苦しそうな顔をしていた。
「しかし、使えない人材を処分してくれた事は助かる。せめてお前が好いた女の顔を見せながら殺してやろう」
細かいトゲのついた靴で腹を蹴られ、意識が吹っ飛びそうになった。
「クク……そんな顔をしなくてもいいぞ、お前が死んだらこの出来損ないの娘も殺してやる。そうすれば出来損ない同士あの世で会えるだろう。どうだ、嬉しいか?」
何度も何度も同じ所を蹴られ、口から血を吐いた。あたしが蹴られる度に、ネムの顔は歪んでいく。
あいつは、胸クソ悪くなる笑みを浮かべてあたしを見下していた。
あたしにはもう、逆らう力も声を出す力もないのか。
……こんな気分のままで死ぬのか。
積もった雪の冷たさも、分からなくなってきた。
「ははは、出来損ないの割にはいい顔をするじゃあないか」
「もう……やめ……ろ……僕を……」
僕を代わりに殺せ。
ネムの唇は、そう動いていた。咏はネムの顔を見て、口許を更に歪ませた。
温かい水滴がいくつも頬に落ちてくる。
それがネムのモノだと気づいた時、あたしの中で何かが弾ける様な感覚を覚えた。
弱々しく動いていた心臓が、急に激しく動き始める。
「……で……ネムに……んじゃ……ねぇ……」
「うん?」
「__クズの分際で、あたしのネムに触れるんじゃねぇっ!!」
力の奔流に突き動かされるままに起き上がり、ありったけの力で腕をスイングさせる。
柄から水流が刃の様に伸び、奴の頬に大きな裂傷を生じさせる。驚いたのか、咏はネムの首を絞めていた手を離して横に吹っ飛んだ。
「澪……!?」
「バカな……こんな出来損ないの人間の、どこにそんな力があると……!?」
「知るかよ」
水流の刃で手首を切り落とす。
……もう二度と、触れさせてたまるもんか。
そう思うと奴の周りから水柱がいくつも生まれ、檻の様になった。
まるで自分の中にあるのが当たり前の様に、こんな現象を自由に起こせている。
多分、この力は……異能者としてのあたしの能力だ。
「澪……こっち」
掠れた声でネムがあたしを呼ぶ。その足元では、魔法陣が赤い光を放っていた。それに駆け寄ると、ネムは力なく笑った。
「……今から言う事、ちゃんと聞いてくれる……かな?」
「お……おう」
ネムはこちらに一歩踏み込んでくる。魔法陣は更に展開し、複雑な紋様を浮かばせた。
「__ネム!!何をしようと……」
「……ちゃんと、澪の事幸せにする……それが僕の、『永久の覚悟』」
「な、何だよ急に……」
「澪の『永久の覚悟』は……?」
咏の声にもお構い無しに、指をそっと絡ませてくる。
指輪の冷たい感触が触れ、あたしはいつか自分の言った事を思い出した。
「一生ネムを幸せにする……それが、あたしの『永久の覚悟』」
驚いて指を離しそうになったネムの手を、強く握りしめる。
「……ありがとう」
その笑顔は天使みたいで、こんな顔が見れるならこの先どうなったって良いと感じた。
魔法陣の光が強まる。
「……我、『永久なる覚悟』をここに捧げ、大いなる審判を下さん……『ドグラ・マグラ』!!」
ネムが叫ぶと、赤い光は物凄い勢いで天へと昇り、雲を裂くと地上に降り注いだ。
鉄骨の山は一瞬で溶け、折れた煙突は消し炭になった。千絋ちゃん達のいる施設はどうなるんだろうと思ったけど、光は何故かそこを避け、あらゆるモノを焼き尽くしていく。
……やがて、光の雨が止んだ。
少し離れた所に、影の跡が残っていた。
「……ちゃんとあたしが守って、幸せにしてやるから。次あんな事言ったら……タダじゃ済まさねぇからな」
今にも崩れ落ちそうなネムの身体を抱きしめて、呟いた。
「……うん、うん……ごめんっ、澪……大好き……っ」
「ああもう、知ってるっつの……バカ」
泣きながら言ったネムの頭を撫でてやる。
……あたしも、ネムの立場ならあの時同じ事を言っていただろう。
「……心配掛けたな」
「……こっちこそ」
無意識のうちに溢した言葉は、聞こえていた様だ。
こっちから笑い掛けてやると、ネムは涙を流しながら微笑んだ。
「じゃあ、行くか」
指を深く絡ませると、あたし達は灰にまみれた地面を歩き出した。




