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小噺

階段に纏わる少女の想い

作者: 月野 嘘

この少女の裏の想いがとけますか。

【一段目:姿を追って】

ペタペタ、と間抜けなサンダルの靴音を響かせて月読は階段を上がっていた。次は化学の授業なのである。

昼休み半ば、という時間もあってかあまり人はいないようだ。当然かもしれない。授業前に移動、といってもこの時間は早すぎるのだろうから。

たまにすれ違う人は本を抱えている。

確か、上階のほうに図書館があると比較的親しいクラスメイトが言っていたっけ。そんな情報をぼんやりと思い出す。

たっけ、と疑問系なのは月読が図書館利用をしないことを示していた。月読は本が嫌いなのである。本好きを貶す気は毛頭もないが、本を読む楽しさなんてものは全く理解出来ないのだ。現国の教科書を読むのですら億劫なのに、どうして他を読む気になろうか。

俯き加減の月読の横を少年が通り過ぎていく。

――反射的に瞳だけを流すようにして少年の姿を追った、月読の口許は弧を描いていた。



【二段目:旋毛を眺めて】

妙にざわついた空気の中、月読は流されるようにして階段を下っていた。

放課後、とは言っても実際は掃除の時間なのでちらほら箒やモップを持つ生徒の姿が見受けられる。

偉いな、とは思うが月読事体は不真面目な者でそのまま真っ直ぐに帰宅する気だった。

……電車の時間がこうでもしないと三十分待ちとかになるから仕方ないのだ、と自分に開き直ってみせる。

多分前後を歩く生徒たちも似たような者なのだろう。それぞれが肩に掛けている重そうな鞄が揺れている。それを振り回せばある程度の武器になるのではないのだろうかと思いたくなるほどの重量に見える。

そして、前を行く少年は鞄の他にスポーツバックを持っていることから、おそらくこれから班活なのだろう。さしあたって運動部のような気はするが。そういえば先程すれ違った……?

――まぁ、それにしても。皆はよくまあ下を確認しないで降りられるものだな、とそんなどうでもいいことへと気をそらす。

少年の旋毛をぼんやりと眺めているその表情はどこか仮面じみているように見えた。



【三段目:残りの階段を見て】

列車の到来を告げるアナウンスが流れる中、月読は若干急ぎ気味に階段を降りていた。

別にこのぐらいの距離であれば、急がなくとも列車の到着には十分間に合うのだが。しかし、列車に遅れそうな女子高生という形を踏襲すべきなような気がしたのだ。

小刻みに足を動かして一段一段降りていく。月読は段を飛ばして降りるということが出来ない。段を飛ばして上がるとこは簡単に出来るというのに。

普段の運動量が足りていない体は階段を段飛ばしで上って、小走りで降りるという軽い動作でさえ悲鳴を上げそうになっていた。呼吸が僅かに荒く乱れてくる。

そんな自分が惨めなようには思うが、だからといって運動しようという思考を月読は持たなかった。きっと明日も明後日も同じ事を繰り返し、同じ事を思うのだろうことだけはわかるのだ。

あと数段でホームに着く。

そしてきっと数十秒後には列車が到着するのだろう。いつもそうであるように。

残り数段を見ると何故か頭がくらくらとした。



【四段目:靴紐を凝視して】

ピンポン、とチャチな感じがする音が流れる中、月読はホームとホームを繋ぐ架橋の上り階段に足を掛けていた。

ぼんやりと視線を少し上へ向けると、何処の高校のものかは判らない制服を着た少年の姿が目に入った。揺れるスポーツバックに既視感を覚える。

……そういえばあの少年、名前もクラスも知らないが最近良く階段で出会うような気がする。旋毛の形が綺麗なので妙に印象深いのだ。

月読はゆっくりと瞬きした。

……あと、そう、あの少年を見るとドキドキするのだ。

無意識的に自分が唇をほんのりと歪めていることに気付いた月読は、慌てて唇を真っ直ぐに引き締めた。

前を行く少年を眺めてみる。

スポーツバック、恐らくラケットが入っているだろうと思われる袋。形状からしてテニス系だろう。

少年の足許までいった月読の視線が止まった。そのまま、その一点を凝視する。

スニーカー、そこの紅い靴紐が解けている。

ピクリ、と月読は一瞬だけ指を痙攣させた。



【五段目:踊り場を見つめて】

下では車が川のように流れている高架橋を、月読はゆっくりと降りていた。

小学生が帰るには遅く、中高生が帰ってくるのには早い時間帯である。人通りは少なく、遠くにぼんやりと見えるお婆さんが月読の他には唯一の歩行者といって差し支えないだろう。

ぼんやりと考え事に浸る月読の脳裏には、あの少年の影がちらついていた。どうにも落ち着かない。

脈がいつもより速くなっている気がする。

そんなことはどうでもいい、忘れよう、と思う頭の隅で、少年の姿が鮮やかに蘇っている。

綺麗な旋毛、大きな手……きっと、温かくて、力強いのだろうな。

知らずに顔が緩んでいることに気がついた月読はふるふる、と軽く首を振った。

いけない、いけない。

そんな事、考えちゃ。

自戒しようとすればするほど、頭の中は少年でいっぱいになっていく。

――名前も、知らないのに。

高架橋の階段の踊り場を見つめながら、月読は小さく溜息をついた。



【六段目:夢で見えたのは】

夜、夢に中で月読は、螺旋階段を延々と上がっていっていた。

カンカンカンカンと金属質な足音が耳に障る。そっと眉を顰めた。

一体これはどんな状況なのだろうか。

いらいらしながらふと、下を見下ろすと段差の隙間から誰かいるのが見えた。

……見覚えのある、綺麗な旋毛。大きい手。

どくん、と心臓が一度大きく高鳴る。

ほんの少しの間立ち止まると、少年は丁度月読の真下へときたようだった。そこでようやく月読ははっとしたように我に返ると、少年と同じ歩調で歩き始めた。

少年が見えなければ、こんな変な気持ちにならないのだ。

――そう思ったのだが。

ドキドキは静まるどころかますます加速していく。

駄目、だめ、ダメ。

考えちゃ、だめ。

こんなこと。

いけない。

……。



【七段目:想いを静めるために】

 翌朝、駅からの階段を下りながら月読は、唇を引き締めた。

今日こそは、言わなくては。

今日こそは伝えなくては。

この心の中に渦巻くおかしな想いを消すために。

――まずは、友達からで、いいから。

そうすれば自分が暴走するのを止められるかも知れない。



二つの面を持つ噺。

階段はモチーフとして好き。

小説とよぶのもおこがましいようなこの小さな噺が願わくば誰かの目に触れることを祈って。

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