こんな夢を観た「コンタクトレンズを勧められる」
このところ視力が落ちてきたので、メガネを新調しに、近所のメガネ店へと行く。
「すいません、新しいメガネを作りたいんですけど」わたしは店員に声をかけた。
銀縁メガネの、いかにも神経質そうな男性店員が、ニコニコしながら応対する。
「はい、ようこそおいで下さいました。どんな『新しいメガネ』がお望みでしょうか?」
「えーと、視力が落ち――」
わたしが説明しようとすると、片方の手で制止し、
「あ、お待ちを。わたくしがドンピシャリ、見事当ててみせましょう」
店員は、わたしを立たせたり座らせたりし、さらには前後、左右に回って、じっくりと観察を始める。
「ふむふむ、わかりました。お客様の欲してらっしゃっるメガネというのは、ズバリ、『遠近反転メガネ』でしょうっ!」
そう言うと、店の棚から、1本のメガネを取り出す。
「まるで双眼鏡ですね、これ」思わず見入ってしまう。
「遠くの物が近くに見え、近くの物が遠くに見える、そんな素敵アイテムでございます」店員は自慢げに説明する。
「そんなの要りません。何の役に立つんですかぁ?」
「役に立つ? はて、世の中に役に立つものなど、そもそも、どれくらいあるものでしょうか。その時はいいと思った、けれども、すぐに不要になってしまう、はい、さようなら。そんなものばかりじゃございませんか」
店員は熱弁をふるい始めた。わたしはただ、メガネを作り直しに来ただけなのに。
コホン、と軽く咳払いをして、こちらの話を聞くよう、さりげなく促す。
「えーと、他のメガネをお願いしたいんですけど……」
「あ、はいはい。どうやら、お気に召さなかったようですね。わかりました、では、こちらなどいかがでしょう」この店員は、人の話など、まったく聞かないらしい。「『伊達巻きメガネ』というものでして、南プロバンスで、今大流行の商品でございます」
「なに、これっ。伊達巻きにツルが突き差してあるだけじゃん。こんなもん、買うわけないでしょっ」わたしはついに大声を出した。
「まあまあ、そうお怒りにならずとも……。いったい、どうなされたというのですか」おずおずと尋ねる店員に向かって、わたしは今度こそキッパリと言う。
「だからっ! 視力が落ちちゃったんで、メガネを新しくしたいんですっ」
店員はずり落ちたメガネを人差し指でちゃっと持ち上げると、ほっとした様子で答えた。
「なぁんだ、そうだったのですか。それならそうと、もっと早くにおっしゃっていただければよろしいのに」
もう、怒る気力さえ失せてしまう。
「いっそ、メガネなどおやめになり、コンタクトレンズなんてどうでしょう? 色々とはかどりますよ」
「コンタクトかぁ……」実は、前からちょっと憧れていたのだ。
「ハードとソフトがありましてね。初心者には、ソフトの方がお勧めでございます」
「目に入れるとき、痛くないんですか?」
「ソフトなら、まったく痛くはありません」店員は断言する。
「ソフト、試してみようかなあ」
「使い捨てのものですと、お手入れも簡単ですし、トラブルも少なくてすみますが」
「使い捨て?」わたしは聞いた。
「はい、数ヶ月使えるもの、数週間程度で捨ててしまうもの、各種ございます。お客様の場合、初めてということですので、毎日交換する、デイリー・タイプから始められることをお勧めします」
ふーん。コンタクトレンズにも色々あるんだ。
「じゃあ、デイリー・タイプのにしてみます」わたしは決めた。これで、煩わしいメガネともおさらばか。
店員はいったん、店の奥へと姿を消した。ほどなく、箱を抱えて戻って来る。
「お客様、こちらがそのデイリー・タイプでございます」
渡されたのは、直径が10センチほどもあるコンタクトレンズだった。
「意外と大きいんですね」わたしはまじまじと見つめた。
「こちら『インスタント・デリカット』という商品でして、ユタ州からの直輸入品なのでございます。日本でも大変な人気となっております」
見れば見るほど、牛乳瓶の底である。
「いいですね、これ。気に入りました。とりあえず、3ヶ月分ください」
今日からわたしも、コンタクトレンズ生活だ。




