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弱き勇者の最強譚(旧題:心のカタチ)  作者: 二本狐
第一章 別れと出会いの召喚
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契約しましょう、そうしましょう

 夜、時計の長針が十時を回った頃、健翔の扉がコンコンと鳴り響いた。健翔は腰をあげ扉を開けると、案の定トルトーナが立っていた。

 しかし、衣服が違う。先ほどは巫女服のようなものを着ていたが、今はこの世界で言う法衣を身に纏い、どこか神聖な雰囲気がある。また、上げていた髪を下ろしていたので健翔はドキリとした。


「と、とりあえず入れよ」


 照れ隠しでぶっきらぼうに健翔は中に入るよう勧める。その中には健翔なりに女性が体を冷やしてはいけないという母からの教えに忠実従った優しさが内包されているのだが、トルトーナは気づかず、無言のまま部屋に入った。


 適当に座ってもらうと、早速本題に入る。


「それで契約はなにやるんだ?」

「それは……これです」


 そう言うとトルトーナはナイフを取り出した。そして、長い髪に一房手にかけ、ゆっくりと切り取った。


 自然に行われた行動に健翔は硬直し、声を荒らげた。


「お、おい。お前なにやって……!」

「これですか? 契約するのに必要なものの準備です。古くからある契約魔法の一種でして、互いに自分の一部、もしくは一番身に着けているものを互いが相手に渡すことによって成立する契約魔法です。ケント様もお願いします」

「お、おう」


 そう返事はするもののぱっと出てくるものでもない。


 健翔の中で一番身に着けているものと言ったら今着ている学ランだ。しかし学ランは帰ることを想定してまだとっておきたい。そうなると他のもので探さないといけないのだが、他の物となるとスマートフォンぐらいやボールペンぐらいしか思いつかず、またそこまで愛着を持っているわけでもない。


 だから結局健翔は学ランを脱いで渡した。


「これは…」

「俺らがいた世界での学校の制服だが……」

「学校ですか。いえ、それよりもこの服は懐かしいですね」

「懐かしい? どういうことだ?」


 ワイシャツのボタンを上から二つ外しながら引っかかったことを訊くと、自身の髪を机に置き、少し頬を上気させながら学ランを抱いた、がすぐにぺいっと隣に投げてジト目で学ランを見たあと、口を開く。


「実は私、以前の勇者様にお会いしたことがあるのです」

「へぇ。そうだったのか」

「はい。二年と半年ほど前。すでに勇者様が魔人や魔物からの手から隣国をお守りなされていたころ、この国に訪れたことがあったのです」


 そのときの情景を昨日のことのように鮮明に覚えており、語り続ける。


「私は当時十三歳で、巫女見習いとして修業を積んでいたのですが、突然奇襲の鐘が城と王都に鳴り響きました。燃え上がる王宮で一人逃げ惑ったのですが、運悪く魔人と出くわしてしまったのです」

「周りに人はいなかったのか? というより、なんで一人だったんだよ」

「最初は周りに大人の方がいましたよ。しかし、鐘が鳴ったとき、恐慌状態に陥ったらしく、全員我先にと私を置いて逃げて行ったのです。すでにその方は私が王妃様に密告して解任され城から追い出されています」


 こいつえげつねぇ、と健翔は顔を引き攣らせた。


「話を戻しますね。魔族に見つかり、私は捕まって見せしめに殺されることになりました。謁見の間で王や王妃、そして王女様方は動けず、公開処刑となった場で死を覚悟しました。そして、剣が振りおとされて殺される直前に、やってきたのが勇者様でした」


 声に熱が籠もり、頬はさらに上気させながら話すトルトーナは、恋する少女のそのものだった。


「目を閉じていた私はいつまでも剣がこないことに違和感を感じ、ゆっくり開くと、目の前にあったのがこの黒い服でした。魔族の剣は弾かれ、私を守るように立たれており、優しく声を一言二言かけてくれたのです。そのあと圧倒的な力を持って魔族を打倒し、また一言二言声をかけてくれましたが、緊張してうまく喋れていませんでした。ですが……」

「その時に恋をした、と」

「そ、そうですね。私は勇者様に恋をしました。ですが……」


 そこでスッと熱が引き、先ほど会議室でみせた憂いた顔を見せた。健翔はここまでの話を聞いて、この顔は勇者が、好きな人が行方不明だからできるのだと気づき、少し顔を逸らす。


 健翔は学ランを選んで正解だったなと心から思いつつ、慰めの言葉をかける。


「まあなんだ。その勇者が本当に死んだとは限らんだろ? 大体そんな簡単に死ぬような勇者じゃねえだろ」

「あ、当たり前です! 私の勇者様が簡単に死ぬわけないです!」

「……だったら信じてやれよ。お前の勇者様をよ」


 私の勇者様、といったことに関してはあえて触れずに小さく微笑むと、健翔は話を戻すことにした。


「んじゃ、そろそろ契約といこうぜ。その髪をどうするんだ?」

「えっと、はい。少しお待ちください」



 机に置いた一房の髪を手に取り、輪の形にすると魔法を唱えた。


「【アースコネクト】」


 土属性のアクセサリー類を土で固める魔法で、よく日常的に扱われている魔法だ。しかし、健翔からみると初めての魔法で、目が少年のように爛々と輝いていた。


「では、受け取ってください。ブレスレットになりますよ」

「おう、ありがとな」

「契約ですから。それより、まだ契約は終了しておりません」

「他に何かあるのか?」

「はい。最初に申しましたが、これは契約魔法です。契約魔法は魔法陣無しでは成立はしません」


 内ポケットから羊皮紙を取り出して広げ、トルトーナが魔力を注ぎ込むと、緑色の光が魔法陣の線に沿って発光し始める。


「『我、契約を執行せし者。この場にいる者の密約を履行することを心より誓う』……ケント様も復唱をお願いします」

「あ、ああ。わ、『我、契約を執行せし者。この場にいる者の密約を履行することを心より誓う』……これでいいか?」

「はい。これで契約は成立しました」


 ポンッ、と羊皮紙が軽い音をたてると、紙が消え、その場に指輪が二つ置かれていた。華美な装飾品はついておらず、銀のシンプルなデザインをしたもので、二人の指にぴったりと収まった。


「この指輪は、契約が遂行するまでとることはできません」

「それ先に言えよ。取れねぇといろいろ不便なんだが」

「取れないというのは別に指からとることではありませんよ。体にずっと張り付いたまま、ということです。ネックレスの形にすることもできますよ」

「じゃあ、〈ネックレス〉」


 そう唱えると、指に嵌っていた指輪は消え、細いチェーンの先に指輪が着いたネックレスになった。


 ほぉーっと健翔が感心していると、あることに気付き、目を細めた。


「この魔法って、危ないよな」

「危ない、とは?」

「惚けなくてもいいぜ? ただ俺はふと思ったことを確認するだけさ。この魔法は、どんなことに対しても効果を発揮する。違うか?」

「ええ。そうですね」

「じゃあもしの話なんだが、あるお金がない少女がいたとしよう。その少女は借金を抱えている。どうしても困った少女は貴族にお金を借りようとした。その時、この契約の魔法を使ったらどうなる?」

「それは……」


 口ごもる。凌辱・人身売買・不当な労働。

 この三つが頭にすぐ浮かぶ。実際にあった事件であり、王宮まで届いた噂であった。


「まあ俺が言ったのは極端な話だがな」


 実際に平和ボケの日本からきた健翔からみれば、これは創作上の話であり、実際にあった事件だとは到底考え着くはずもなかった。だから、極端だと言い切ったのだ。


「……すいません。危険性を話さずに行ったことをお詫び申し上げます」

「いいぜ、別に。聞いたところで俺は同じようにやっただろうからな。それよりそろそろ寝ようぜ」

「はい。ではそろそろ。これで失礼させていただきますね」

「おう、おやすみ」


 トルトーナが出て行ったあと、いつの間にか用意されていた寝間着に着替え、ベッドにダイブする。濃い一日を振り返りながら眠りに落ちる直前に、あることを思い出した。

 そういや煉も似たような指輪とネックレスを身に着けていたな、と。




お読みいただきありがとうございます。

次話から場面を転換させようと思いましたが、ちょっと物足りないかなと思ったのでもう少しだけ健翔たちについて書きます。

ですので次話は金曜日に投稿します。

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