ようこそ異世界ハーミリアへ。早速ですがお願いしたいことがございます
健翔達を包み込んだ光が収束し、全員尻餅をつく。全員が呆然としている中、一人の男性が歓声をあげた。
「お、おお! 成功いたしましたぞ!!」
その声に全員が放心状態から解かれた。だがその中で健翔がすぐさま立ち上がり、周りを見渡した。
そこは少し薄暗い寺院のようだった。周りには50代から70代ほどの老人が10人ほど囲んでおり、皆がそれぞれ喜びを全身で表している。すぐ近くには息を乱し、汗もかなり掻いている、健翔達とあまり変わらないぐらいの少女が立っており、しっかりとこちらを見据えていた。藍色の髪に違和感を持たせないその顔立ちは形よく整っており、健翔も少し男性ならば誰もが見惚れるだろうと思えるほどの美貌である。
その藍色の髪をした少女と目が合うと、こちらをみて微笑み、数回深呼吸をして息を整えてから口を開いた。
「私の言葉は、通じていますね」
「……はい」
健翔は一瞬いつも通りの言葉を使いそうになったが、ここがまだ安全とは言い切れない場所だということもあり敬語を使うことにした。
「ふぅ。あの、申し訳ありませんが、私に付いてきてもらえませんか?」
「わかりました。……そのまま静かにして、俺に任せておけ」
後者の言葉は声を潜めて友人達に向けた言葉だった。その言葉に全員が頷いたことを確認し、老人たちとこの少女に警戒しながら彼女の後ろをついていった。
通されたのは教室ほどの広さを持った会議室を想起させる部屋。少女が「おかけください」という声に従って向かい合っているソファの片方に全員座り込む。それでもまだ余裕があるほど無駄に大きなソファだった。
健翔はちょうど少女と向かい合うように座りこみ、すぐに口を開いた。
「それじゃあ、どういうことか一から十まで全部説明してもらおう」
すでに歩いている途中でいつも通りの口調で構いません、と言われたので健翔は口調を崩していた。
「はい。早速説明にしたいところですが、まずはその前に自己紹介いたしましょう。私の名前はトルトーナ=ハンジリーナと申します」
淡々と自己紹介をしたトルトーナと名乗った少女は立ち上がり優雅にお辞儀をした。健翔も各々自己紹介をし、本題に入る。
「そうですね……まずは謝罪いたします。私たちの事情で突然召喚してしまい申し訳ございません」
「いや、そのことは別にいい。それより、理由を教えてくれ」
リーダーを任された健翔が喋り、柚希たちは聞き手に徹するという形となる。だが、突然召喚されたことを勝手に許したことに関して柚季が抗議の視線を健翔に浴びせる。冷や汗が背中を流れたが、とりあえず会話に専念すべきとそちらを向くことはなかった。
「ありがとうございます。では最初に、今いるここ、この世界について説明させていただきます。ここは、すでにお気づきではあると思いますが、あなた方がいた世界ではありません。そうですね、異なる世界、異世界とでも言いましょうか。そしてこの世界の名前は『ハーミリア』であり、私達の国はフェジス王国と言います。土地は豊かで街では活気がある生活が──」
「細かい生活事情とかはいらん。大まかなところをかいつまんで言ってくれ」
「……そうですね。では、国名と世界の名前を言いましたし、単刀直入に申します」
健翔達を一通り見渡し、ただ淡々と口を開いた。
「魔王を討伐していただきたいと思います」
「ま……おう…………だと?」
テンプレとはいえ、本当にその単語が出てくるとは思ってもいなかった健翔達は愕然とし身を震わせる。それは颯太や柚季、乃乃、瑠璃も同じだった。
そんな彼らの反応に気づかないふりをして淡々と事実を告げていく。
「はい。というのも、実は2年前に一度魔王が倒されたのですが、なぜか魔物や魔族の動きが活発なままなのです。いえ、倒されてから半年間はほとんど活動がありませんでした。ですが一年前、急に動きが活発になったのです。それで半年前、世界の国々は一つの結論に達したのです。魔王は死んでいない、命からがら生き延びたのでは、と」
「お、おいおい待ってくれよ。だったらその前回倒したってやつにやってもらえばいいじゃねえか」
「それが…………行方不明、ということらしいです」
少し憂いた表情を一瞬みせ、すぐにもとの無表情に戻った。
「行方不明って、どういうことだ?」
「これは詩人が歌い継いだものなのですが……まとめますと、魔王城は光に包まれ、収まると場内に魔王と勇者の存在なし。ぽつんと一つ、空虚な城のみが残されていた、と」
「つまり相打ち、ってことか」
健翔は思わず顔を顰める。今聞いた状況だけだとすでにこの世には存在していないと判断し、自分たちが新しく呼ばれたのだろうと判断した。
そこまで思考が回った時、健翔は唾棄したくなる気持ちになった。
つまり、俺らはいなくなった勇者の代わりをやれ、と。そして後始末をしろと。
そんな考えを捨てるように首を振り、他の質問をする。
「でもよ、まだ魔王が生きているってきちんと発覚したわけじゃないんだろ?」
「そうですね。ですが魔族が頻繁にここに攻め入り、劣勢を強いられております。2年前よりも兵力は数段劣っておりまして……」
健翔はふむ……と一考し始める。健翔も頭は切れるほうなので大体理解することができ、どういった状況なのかも。
一旦ここまでの話を頭の中でまとめに入る。
この世界はハーミリアといい、召喚国はフェジス王国。
まず勇者は2年前に魔王を倒した。が、勇者はその後行方不明、もしくは死亡した。
そして、最後はつまり国を守ってくれ、と遠回しに、同情を誘って命令している。
「ちなみに帰る手段はあるのか?」
「…………すいません」
「そうか……」
健翔もここで素直に信じるわけではない。
トルトーナが謝るまでの間が長くあきすぎたこともあり、嘘をついているとバレバレだった。しかし、帰る方法はあるが国を守ってくれないと帰さない、と言っているのも同然だとも読み取れため。みんなに心配ごとを増やすようなことはしないためにその部分に突っ込むことはしなかった。
(そういや煉がとにかく従っておけって言ってたな。とりあえずここでグズグズしててもデメリットしかないのは明白。だったらこの世界で、この国にしばらくは忠義を尽くすしかねぇな)
健翔は腹を決めて、あとでみんなにもこのことを事後承諾という形で了承してもらおうと思い了承する。
「わかった。その代わりにだ。俺たちのことを最低限保証してもらうぞ?」
「…わかりました。それで、何を保証すればよいのでしょう?」
少し目を光らせ健翔に問う。健翔が頭が切れることにとうに気づいていたのかもしれない。それとも、健翔がここまで堂々とした態度に興味を惹かれたのかもしれない。が、とにかく健翔を試しているのは間違いなかった。
「まず一つ目は俺たちの衣食住の確保。これは最優先だ……といってもすでにそれぐらいはすでに準備済みだと思うけどな。だから本題は二つ、三つ目だ。二つ目、俺たちを短期間で強くすること。この世界がどんな世界かわかんねえけどな、魔物や魔族がいるってことは少なくとも実力主義になんだろ? だったら強くならないと生きていけねぇし、魔王を仕留めることもできねぇ。あぁ、勿論それぞれの特性に合わせてだ。最後に三つ目……」
そこで一度区切り、真剣な顔で言った。
「俺たちの死なないという保証……というより契約だな。俺たちを、誰一人死なせないという国側の確固たる契約。その効力が絶対的なものじゃないと俺は信用しないし、することもできないぞ?」
声を低くし、今度はこちらからと健翔は脅しをかけた。
トルトーナは眉をピクリと動かしただけですぐにポーカーフェイスに戻り、健翔からは内心を窺うことはできなかった。
「……わかりました。ですが、三つ目のものは流石にすぐに準備するということは……」
「なら、その準備を今日中にしてくれないか?そうしたら心を許そう」
健翔の言葉の裏には、今はまだ全然心を許していない、警戒心バリバリだ、という意味が込められている。
トルトーナはその裏の意味に気付き、健翔が心底面白い人物だと思った。
「わかりました。では夜までには準備を整えておきます」
以上ですか? という問いを健翔に向けて、少し考えた後、そういえばと口を開く。
「悪いが四つ目だ。俺らにこの世界の常識とかを教えてくれよ」
「わかりました。それは後日、追々ということで教えていきたいと思います」
「おう。任せるわ」
最後に年相応の笑みを健翔が浮かべ、この場はお開きとなった。
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