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弱き勇者の最強譚(旧題:心のカタチ)  作者: 二本狐
第一章 別れと出会いの召喚
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勉強会

 その日の放課後、(れん)健翔けんと颯太そうた柚希ゆき、そして乃乃ののが夕日を背に一緒に煉の家へと雑談を交えながら向かっていた。



 学校から20分。そこに煉の家がある。さらに言うと健翔たちの家もある。

 煉の家は一般的と言われる家より少し大きい造りをしており、中も広々とした部屋がいくつもある。



「ただいまー」



 中から返事はない。それをさほど気にせずに煉はどんどん友人たちを中へ招き入れて、二階へと案内する。



「んじゃ、下から飲み物持ってくるから先に始めていてくれ」



 そう言い残し煉は一階へと戻った。

 残された彼らは、なんとなく煉の部屋を見渡す。



 部屋には物があまりなかった。ベッドに勉強用机と、そこに並べてある教科書や参考書。ぎりぎり全員が勉強スペースを確保できるほどの広さをもった丈の低い机。あとは本棚に漫画が何冊か入っているぐらいで、他は不必要だといわんばかりに物がなかった。



「久しぶりに、入ったけど、全然変わってない」

「……そりゃ、そうだろ」



 健翔が頭をガシガシと掻きむしり、ドスンと音を立てて座り込む。それに倣い全員机を囲むように座り、ノートや問題集を取り出した。



「……でも、まだあれから2か月しか経っていないんだよね」



 ぽつりと颯太が零す。その言葉を聞いて勉強をしようとしていた全員が手を止めた。



「そうだね……煉君が戻ってきてからまだ二ヶ月しか経ってないんだよね……」

「ほんとあいつは2年間どこ行ってたんだろうな」



 乃乃が過去を振り返りながら呟くと、わざと健翔が大きい声で笑いながら言った。



 全員が二年前のことを思い出していた。



 煉たちが現在通っている学校、東雲高校に入学した最初の夏休みを迎える前、煉が突然行方を眩ませた。しかも、学校内でだ。

 煉は入学して3か月と短い間に、その持ち前の陽気さとマイペースな性格で早くも高校内で男女問わず好感をもたれていた。なので捜索にもその関係者全員が積極的に参加してくれたのだが、結局見つからず捜索は打ち切られ、行方不明の烙印を押されたのだった。



 煉の友人たちや親族は打ちひしがれ、どこかにいるのではないかと淡い希望を胸に彼らだけで捜索を続けた。だが、そのまま2年の月日が経ち、そろそろ諦めたほうが良いのかと苦悶していた。



 しかし、二ヶ月前の九月の中旬に、失踪と同じように突然ひょっこりと帰ってきたのだ。制服がボロボロの状態で。



 みんなが言葉を失った空間で、口端を歪ませて放った言葉は、



「グッヘッヘ……お嬢ちゃん、パンツみせてくれねぇかぁ?」



 だった。



 別の意味で沈黙が流れた。

 全員が沈黙し唖然とする中、静かに立ち上がった柚希が殺人級のボディブローを決め込んだのはまだみんなの記憶に新しい。



 その後は家族には泣きながら抱きつかれ、柚希や乃乃も大胆にも抱きつき、健翔や颯太を中心にした男たちも煉に抱きついた。



 しかし、肝心のどこに行っていたか、という質問には口を閉ざし、代わりに表情が読み取れない微笑みを浮かべるだけだった。



 それから二か月。少なくとも煉にはいろいろあった。

 1年の前半部分から高校に行っていないということは、単位不認定ということであり、1年生をもう一度やらなくてはならない。だが、それは面倒だと言い切り、教師陣の眉間にしわがよる。



 そして、煉が提案したものは『全教科どんな問題でもいいから全教科百点を取る』と笑って言ったのだ。取れたら単位認定してくれ、と。



 その言葉に教師陣はぶち切れ、売り言葉に買い言葉といった様子で承諾した。



 結果はというと、煉の勝利で終わった。明らかに高校の範囲を超えたものをすらすらと解かれ、教師は揃って腰を抜かす羽目になった。

 そして今、約束は約束ということで、現在煉は三年生をやっている。



「煉にはあれから秘密が多すぎるよな」

「そうだね。煉ってあんなに頭が良いってわけじゃなかったし、筋肉もそんなについてなかったよね?」



 実際煉の一年時の体型はヒョロッともしてないし筋肉がそこまであるわけでもなかった。だが、今は無駄な脂肪や筋肉がなく、きれいな体つきをしているのだ。まるで、必要だったからそこに筋肉をつけた、と言った様だ。。

 その体つきは服の上からではみることができず、一見は女の子みたいなひょろりとした身体なのだが――


「そっ、そうだよね! 私の見間違いじゃないんだよね!」

「……乃乃、みたの? 煉の裸体」

「みっ、みみみみみみみてないよぉ!!」

「……顔赤らめている時点で、ばれてる」

「あうぅ……みてにゃいよぉ……」



 顔を真っ赤にして言われても説得力が皆無だといわんばかりの視線が乃乃に突き刺さる。



 乃乃は本当に見ていないのだが、弁解の余地がなかった。触っただけである。



 この話は分が悪いと焦り、乃乃は話題を換えるために声を張り上げた。



「そ、そういえば煉君遅いですね!」

「そういえばそうだな……どれ、俺が見てくるからお前らは先に始めといてくれ」



 そう言って健翔は立ち上がり部屋から出て階段を下っていった。

 その場に残ったのは妙な沈黙だけ。柚希は乃乃を突き刺すような目で見ており、乃乃は涙目でどうしたらいいのか必死に考え、二人の様子を苦笑いで颯太が見ていた。



「……なんで煉だけ、下の名前?」

「えぅ!? え、ええと……」

「…三柱君、雪原さん、高木君。でも、煉だけ煉君。いったい、何があったの?」

「あ、えと……。ひ、秘密です!」



 目にさらに涙をためながら言い切ると、柚希の視線がさらに強くなった。そのまましばし乃乃を睨みつけるが、ふっと目元を緩め口を開く。



「なら、いい」

「あ、ありがとう……」

「その代わり、私も下の名前で呼んで」

「ええ!? そ、そんな恐れ多い……」



 なにが恐れ多いのか非常に気になる颯太だが、ここは便乗しておくことにした。



「そうだよ。僕も下の名前で呼んでほしいな」

「え、ええぇ……」



 どうしても躊躇してしまう。だが、知らない仲ではないのだ。そのことが乃乃に勇気を与えた。その勇気を原動力に決意を固めると、柚希をしっかりと見た。



「ゆ、ゆき、ちゃん」

「んっ」



 柚希は満足げに頷いた。続けざまに颯太を見て口を開く。



「颯太君」

「うん!」



 颯太は顔を破顔させた。破顔とは満面の笑みを浮かべたという意味である。決して顔にモザイクをかけなければいけない現象ではない。



 乃乃は二人の様子をみて、勇気を出せてよかったと心のなかで呟き、そっと微笑んだ。





 ◆





 一方その頃、先程から度々話題に上がっている煉が何をやっているかというと、



「こらっ、離れろ! 離れなさい! お茶がいれづらいでしょうが!」

「ふっふーん! お兄ちゃんの鼻が伸びてるってことは嫌がってないでしょ? じゃあ離れるわけにはいかないのだー!」

「くっ! わが妹ながらなんという頭の良さ! 確かに妹にくっつかれるのは嬉しい、けど! 今はお茶を入れるという使命が……!」

「そんな使命、お隣さんのゴミ箱に捨ててこればいいんだよ!」



 いつの間にか帰ってきていた妹に抱きつかれていた。

 この場合のお隣さんとは柚季のことであり、雪原家のゴミ箱が非常に迷惑する。


「お兄ちゃん、あそぼー!」

「いっ、いや、上に健翔たちを待たせてるから後で、じゃダメか?」

「だめー」

「ダメなのかぁ」



 苦笑いしながら頭を撫でる。煉に抱きついている少女は、煉の妹、瑠璃(るり)である。ただし、義理の、とつくが。煉とは頭一個分背が低く、元気な妹を再現したような少女だった。。



 しかし、2年前はこんなに煉に甘えたりはしなかった。

 やはり行方を眩ませたことで煉に甘えたい気持ちがでたのだろう。家にいるときはずっと兄がいることを確かめているかのようにスキンシップを図っている。



「ねー、あそぼー?」

「ったく、しょうがないな。遊ぶかっ!」

「遊ぶなっ!!」



 バシンッと頭を強めに叩かれる。頭をさすりながら声がした方を見ると、健翔が物凄い形相を浮かべていた。その剣幕に煉はガクブルと震えだした。



「こわっ!! 瑠璃、阿修羅が立ってるぞっ!?」

「お、おおお落ち着いてお兄ちゃん! た、多分京都から逃げ出してきたんだよ!!」

「そっ、そうか! じゃあ返しにいかないとな!」

「うん! 泊まりで!」



 あまりの怖さに兄妹揃って漫才のような会話を始め、阿修羅もとい健翔は毒気が抜かれたようにため息を吐かざるをえなかった。



「テスト近いから受験勉強も合わせたテスト勉強をするんだろうが。煉はともかく、俺たちの勉強を見てもらわねぇと大学にいけねぇんだよ」

「そ、そうか……。そういや瑠璃も俺らと同じ高校だったな。テスト大丈夫なのか?」

「うん! 赤点ぎりぎり!」

「全然ダメだった!?」



 笑顔でそう言い切った瑠璃に煉はショックを受けた。



「瑠璃、お前の勉強みてやるから俺の部屋に来るんだ!」

「イエッサー!」

「健翔もいいよな?」

「おう。……てか、ここはお前の家なんだから俺に許可とらなくてもいいだろ」

「そ、そういえば……!」



 若干ぼけてる煉。その煉の代わりに瑠璃が健翔に頭を下げる。



「そうだね! でもありがとう健翔さん! これで赤点ぎりぎりから満点になるよ!」

「「極端すぎる!!?」」



 煉と健翔が揃って声を上げた。



「んじゃ私、準備してから行くねー」

「あ、ああ、わかった」



 何とか普通に返事をすると、瑠璃は二階へと上がっていった。



「んじゃ、俺はお茶を準備してっと」

「俺も手伝うぞ」

「ありがと。でも手伝えることはナッシングだ」

「……そうか。まあ確かにお茶入れるだけだもんな」

「そうそう……と、はい終わり」



 お茶を入れたコップをトレイに載せて運んだ。








 部屋には煉達二人と瑠璃が同時に到着した。



「あ、乃乃さんも来てたんだ。意外だね!」

「えっと、る、瑠璃ちゃん。お邪魔してます」

「おう! 邪魔するなら帰れ帰れ、ってね!」

「お前はなぁに言ってるんだ! ……というか、二人は知り合いだったのか」

「まあね!」

「そうか。なら紹介する手間が省けるな」



 あえていつ知り合ったのか、という部分には触れなかった。接点があるとしたら空白の二年間だろうと予想がつき、変な空気にしたくはなかったからだ。



「んじゃ、勉強会しましょうか。わからないところは俺に聞いてくれ」

『おー!』



 煉の声とともに勉強会は始まった。



 …………煉も健翔も始めておけと言ったのに始めていなかったことを、言及するものは誰もいない。






 始まって三十分。一番最初に頭を悩ませたのは瑠璃だった。



「うーん……なんでこの答えになるんだろ…。お兄ちゃーん、ここどう解くのー?」

「んっと、ああ、これはこのあまり知られていない公式を使ってだな」

「そんな公式、教科書に書いてないよね……?」

「ああ。白チャートとか見ないと書いてない」

「わからないわけだよー……」



 ぶちぶち言いながらもしっかりと言われた通りに解いていく。それを見届けていると、次に手が上がったのは乃乃だった。



「あぅ……微積の後半部分がこんがらがるよぉ~」

「それは教科書みてまとめていくといいぞ。これは、これ。あれはあれ、って仕分けするようにさ」

「う、うん。でも今から間に合うかな?」

「間に合わなさそうだったら自分のできるところをミスなしで解けるようにする方がいいぞ。まだそっちの方が見込みがあるし」

「そ、そうだね。でももうちょっとだけ頑張る」



 気合を入れるために軽く握り拳を作る。その仕草をかわいいなと思いながらも煉は体を引いた。



「煉~……物理のこの熱の計算が──」

「そこなら健翔でもわかるはずだな。健翔、お前の勉強にもなるから教えてやれよ」

「どれどれ……っとたしかに俺でもわかりそうだ。ここはだな……」



 さっきまで数学をやっていたが、あっという間に終わっていた颯太は物理をやり始めていた。健翔が颯太に教え始めると、控えめに柚希が手を挙げた。



「煉、古文が、わからない」

「古文か。古文は一種の小説だから、柚希とかならまず恋愛ものから入るといいかもな」

「……恋愛もの? なんで?」

「少しでも読み取れると感情移入がしやすいんだよ」

「……なるほど。じゃあ、とりあえず、この問題教えて。そのあと、恋愛ものを、やってみる」

「りょうかいっと。んで、どれどれ……」



 その後もつつがなく時間が経っていった。



読んでいただきありがとうございます。


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