ある日のとある平穏な学校
「ふぁあ……」
四時間目のチャイムが鳴ると同時に欠伸をする一人の学生。それを目聡く発見した教鞭をとっている女性教師が目を吊り上げた。
「ほぅ。そんなに私の授業がつまらなかったか、水野煉?」
「あっ! す、すいません! まだちょっと疲れがとれなくて……」
慌てて立ち上がりつつそう弁明する少年、煉。寝癖を直していないようなボサッとした髪に、少し田舎と言われるこの地域で噂になるほどの中世的な顔立ち。しかしどこか間の抜けた印象を持つことができる。
「でもまあ、お前には退屈かもしれないな」
「そ、そんなことないですよ!」
煉がそう言うが、他の生徒にとっては嫌味にしか聞こえなかった。といってもため息しか出していないが。
必死に弁解しようと脳を回すが、そうこうするうちにいつの間にか女教師はいなくなっており、それを合図といわんばかりに徐々に購買へと生徒達が教室から出始めていた。
はぁっとため息を吐き、ゆっくりと座ると煉は弁当を取り出した。するとすぐに、3人の人影が近づいた。
「煉、どんまいだ」
「……お疲れ」
「ドンマイだよ煉!」
「……ああ。健翔と柚希、それに颯太か。俺のHPは0を超えたぜ……」
集まったのは煉の友人、否、親友達だった。小さい頃から一緒に過ごしてきた仲である。
だが個性は個々に違う。
高木健翔は髪を短い髪をオールバックにしており、目つきがきついが、なかなかに頭が切れる男である。さらに喧嘩も我流ながらに強い。
雪原柚希は寡黙ほどではないが、無口な性格をしている。だが、身長はこのクラスの中で一番小さく、また女子たちの間では抱き心地が良いということでぬいぐるみ扱いを受けている。
三柱颯太はこの四人の中で一番穏やかな性格をしている。道路で足を悪くした老人を見かけると後先考えずに走り寄って、最後まで面倒をみてしまい学校に遅刻したのは何回もある。痛い目を見るのは全部自分。そう言い切ってしまうがため、三人はいつもハラハラしているのだ。
「……俺はもう疲れたよ。勉強が簡単だってのもつらいんだなぁ」
適当に机をくっつけあい弁当に興じる四人。煉が愚痴を三人に零す。しかし健翔が一蹴した。
「そんなに簡単って言われても、俺たちにはさっぱりだわ」
「そうだよ……。僕にはあの問題はまだわからないよ……受験っていっても、結局大学言ったら使わないのに」
「英語は、使う」
「あうっ!」
颯太の嘆きをサクッと切り捨て弁当を食べていく。煉ははぁっとため息を吐き、「あんなの、あとで教えてやるよ」とどこか嬉しそうに言った。
「じゃあ、今日は放課後、みんなで煉の家に」
「なんでだっ!?」
「私がいたら、いや?」
「いやじゃないけどさ…しょうがないな」
やはりどこか嬉しそうな表情で勉強会を了承した。
煉たちが話している光景を遠くから眺める一人の少女がいた。といっても同じ教室なのだが。
小柄な少女の名は朝田乃乃。目立たないがかわいい部類にはいる少女で、肩甲骨まで伸びた髪を二つに結び、前に持ってきている。
「はふぅ……いいなぁ……」
「あんたも混ざってくればいいじゃない」
「ひゃふぅ!」
文字通り椅子から飛び上がるほど驚くリアクション。驚かした彼女の友人、影鷹南もそのリアクションにびっくりした。
「マンガみたいな反応やめい!」
どこからともなくハリセンを取り出しペシっと乃乃の頭をはたく。きっと100人に聞けば100人が南の反応が漫画だと言い切るだろう。
「南ちゃん……痛いよぉ……」
「はいはい。というよりあんたもあそこに混ざってくればいいでしょうに」
「ううん……私にはあの場所には混ざれないよ……」
寂しそうに笑顔を浮かべ、またあの集団、いや、水野煉を見る。
彼女、朝田乃乃は煉に恋する、恋する乙女であるのだ。
そんな彼女に、南はひっそりと嘆息する。南は彼女の想いを知っている。中学からの友人である乃乃に、同じく中学から一緒である煉にいつの間にか恋をしていたことに気付いたのだ。しかしいつまでたってもアタックしない乃乃にイライラしたのは南である。
なので、南は裏でいろいろと動き、同じ高校まで入学した、が。
ふと、南は二年前を思い出す。
学校中が大騒ぎしたあの事件。あれから二年。
現在は入学したての一年生ではなく、卒業も近づいてきた三年生の二学期。学期末テストも近く、受験シーズンもいいところに入っている。
もう青春の時間は過ぎ、大人にならなくてはいけない。そんな時期だからこそ、と南は箸をおき、あの集団に近づく。
後ろから静止の声が聞こえたが、南はあえて聞こえないふりをして集団に割って入った。
「その勉強会、あの子も混ぜてもらえないかしら?」
「あの子って……乃乃ちゃんのこと?」
煉が目を瞬かせて確認する。他三人も南と乃乃に視線を行ったり来たりさせていた。
「そうよ。あの子、静穏大学行きたいって言っているのだけどまだ微妙に学力が到達してなくてね。あんたが教えればある程度上に行くんじゃないかって思って」
「俺と同じところか……おう、じゃあ乃乃ちゃんも放課後俺の家に来てくれよ」
「あっ……うん!」
煉がニコリと笑うと乃乃は頬を上気させながら頷いた。その光景をよく思わない人物が一名。
「…………むぅ」
「柚希……顔が怖いぞ……?」
ムスッと顔をしかめる柚希。この態度から30人中29人は柚希の心情を察せられるだろう。残りの一人は煉だ。柚希を妹のように思っているので無理もないが。
「そうだ! 僕も静穏大学にしようかな! 煉もいるから楽しそうだよ!」
「お前……もうちょっと上の大学行った方がいいんじゃないのか?」
「そ、そうだよ。三柱君は元々の学力が高いんだからもっと上を目指せるよ!」
いつの間にか近くに寄ってきた乃乃にも励みのような注意を受ける。だが、その程度で折れる颯太ではなかった。というより、折れられない理由があった。
「待ってよ、じゃあ煉はどうなのさ? 静穏大学は中堅クラスの大学だよ? この国どころかアメリカの大学も主席で卒業できそうな煉が静穏大学って……一番おかしくない!?」
「颯太……」
健翔は手を颯太の肩に置き首を横に振る。
「こいつはもともとそういうやつだろ。頭が異常に良くなったけどさ」
「……そうだね、僕が間違ってたよ。ごめんね煉」
「まてまて! なんで謝るんだよ! 俺が頭おかしいやつみたいじゃん!?」
『うん』
全員一斉に頷く。
「ごふっ……そう思われてたのかぁ……」
健翔と颯太と柚希に肯定された煉は大げさに肩を落とし弁当をかっ込んだ。
「……煉」
「柚希……?」
「……私も、静穏、目指す」
「柚希……」
「……煉」
「柚希……お前がもともとそこ狙ってただろ? だから俺も行くことにしたのに」
「……そうだった」
煉は柚希が一人だと危なっかしく危険だと思ったから静穏大学にしたわけであって、それ以上でもそれ以下でもなかった。
「それがなかったら俺は高校出たら──」
そこまで言いかけて煉は口を噤んだ。集まっているみんなの視線が煉に注がれていたからだ。
「煉、出たらどうしたんだよ?」
健翔が目を細めて詰問する。煉はその視線を避けるように目を背けた。
「……別に、ちょっと妹と旅に出ようかなって思ってただけだよ」
誰から見ても嘘にしか聞こえない答えだった。
だが、そのことに誰も触れることが出来なかった。
そこに、まるで線が引かれているかのように。キープアウトと書かれたテープが幾重にも張り巡らされているかのように感じ、追求した健翔も口を閉ざした。
その微妙な空気を感じ取った煉は、なんとも言えない顔をした。
だが持ち前のもともとの明るさを駆使し、その空気を何とか破ったところで昼休みは終わった。
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