招待
健翔たちが戦闘と魔法を習い初めて2週間。この世界の者たちから見れば異常だと思えるほどの成長を遂げていた。
最初こそ、健翔たちも今にも倒れそうだというほどフラフラになって終えていた修練が、今では終わったあともケロッとしている。これなら体力が増えたんだと納得出来るが、問題は剣と魔法である。
一般的に、剣を覚えるは早くて半年、遅いと1年以上もかかると言われている。だが、彼らはスポンジのようにどんどんと覚え、習得していき、あっという間に形が出来上がった。
これに疑問を覚えたのはなにも教官をしていた者だけではない。本人たちですらこれには疑問を覚えた。
確かに剣は振れるし型も覚えた。が、そこまで記憶力が良い方でもなかったはずだ。
柚季や乃乃は単純に嬉しそうにはしゃいですぐに疑問を捨て去ったが、健翔だけはそのことをじっくり考えた。が、その答えに行き着くことができず、結局頭の片隅においておくことにしたが。
「あっちー……」
ココ最近の出来事を思い出して軽くトリップしていた頭を、目に入りそうになった汗が現実へと連れ戻す。服で額の汗を拭くと、手に持っている剣――名をフランベルジェ――を下段で構える。右足を引き体重は前にかけ、前をじっと見据える。
目の前にはフェヌアという魔物がウクウクと可愛らしい声をあげている。が、可愛いのはあくまで声だけだ。1mもあろうかという体長、目はさすがに2つで、顔は可愛らしいが、足が6本、しっぽが何故か二尾もあるという魔物で、ウクウクと鳴く姿はとても癒やされる姿ではない。
健翔がいまいる場所は王宮でも、また王都でもない。王都から数キロ離れた丘陵だ。そこで一人、フェヌアに彼は立ち向かっている。颯太や乃乃、柚季、瑠璃もそれぞれ個人でどこかにいるはずだ。
「ウクウク!」
器用に足を使って突進をしてくる。健翔はそれを足捌きで回避し――攻撃はしなかった。
「チッ!」
剣の重みをしっかりと確認しながら舌打ちをし、フェヌアを睨む。
「やろうと思えば、できる。そう、できるんだ……」
健翔が斬りつけることができなかった理由。それは、日本という平和な国で成長してきた弊害だった。
日本でも殴り合いの喧嘩はよくしてきた健翔。だが、それは意識を刈り取れば勝ちであり、そのことに無意識にしろ狙っていき、勝利をもぎ取っていた。
だが、今回は、殺すことでの勝利。それは人ではないが、生きている。そのせいで躊躇してしまうのだ。
「これだと、ダメだな」
もう何度目かの突進を回避して、そう呟く。暑さがジリジリと健翔の体力と集中力を奪っていく。だが、フェヌアはそんなことお構いなしに突進を繰り返してくる。
「チッ! くそったれぇ!」
また突進を回避して、今度こそと斬りつける。が、剣はフェヌアの上空を薙いだだけだった。
「くそっ!」
今の失敗を悔やむ。
外してしまったことではない。
目を瞑ってしまったことに、だ。
剣は目標を認識し、そこへ置くだけでも相手にダメージを与えられる。が、健翔は認識したものの、剣を降る直前に目を瞑ってしまったのだ。
ダメだ。この世界にきて健翔は初めて弱音を吐いた。
フェヌアは健翔へ殺気を発し続けており、また突進の構えを取る。そのことに気づき、あたステップをしようとして、やめた。
「わかったぜ。ああ、そうだ。そうだよな」
健翔が壊れたように笑う。
「俺はお前の攻撃を直接受けねぇと、『覚悟』ができないのかもな!」
健翔が日本でしていたように。
相手の拳を受け入れて、自身の拳も相手にめり込ませる。そうすることで自分が相手を相手を傷つけるという『決意』ができたのだ。
「ウクウクゥゥゥゥゥ!!」
「うおおおおおおおおおおおおお!!」
1人と1体が突進し、ぶつかり合った―――――――――。
◆
「まいったな……」
「まいったな、じゃないですよ。なんで私の知らないところで約束を破りにいこうとするんですか?」
医療室。そのベッドで寝かされている健翔はトルトーナに冷たい言葉を被せられた。
あのあと、見事に魔物を殺すことに成功した健翔は、右腕が折れている状態で数キロ歩き王宮まで戻ると、意識が飛んで、トルトーナが顔を青ざめながらも冷静に指示を与えて健翔を治療した。骨や傷を魔法で治したところで健翔が目を覚まし、今に至る。
「確かあの時、『俺達は別に一人ずつでも魔物ぐらい倒せるぜ!』と啖呵を切って意気揚々と一番に外へ行ったのは貴方でしたよね?」
「そこを言われると痛いんだが……まあそうなる、か」
「なのに、なぜ貴方が一番重症なのですか! 皆さん多少の傷がありましたが、骨まで折って帰ってきたのはケント様だけですよ!」
「お、おぅ……」
「しかも、あの契約があるといいますのに……私を殺す気ですか?」
「ご、ごめん……」
健翔は自分の首にぶら下げている指輪を手に取る。この契約はトルトーナにばかりデメリットがあるもので、もし健翔が死ぬと契約の不履行、つまりトルトーナが死んでしまうかもしれないのだ。健翔はそのことを思い出し、素直に謝る。が、トルトーナは健翔に冷たい視線を送るばかりだった。
健翔はいたたまれない気持ちになりながら身体をもぞもぞと動かしていたが、ふっとトルトーナが視線を外したことで、そっと息を吐く。
「まあ、そのことに関してはもういいでしょう。私もとある人よりは冷たい性格をしておりませんので」
「とある人ってだれだ?」
「とある人はとある人、ですよ。まあ昔の話ですが」
淡白に健翔の質問に答える。そうか、と健翔は軽く相槌をし、起こしていた身体を寝かそうとした時、トルトーナが一つの手紙を袖から取り出した。
「……お前の袖、どうなってるんだ?」
「普通ですけど……なんでですか?」
「いや、だってお前……いや、なんでもない」
トルトーナの袖からものが色々飛び出してくるという現象は2週間ずっと続いている疑問である。なぜ袖の中にあるものが落ちてこないのか、健翔は不思議でたまらなかった。だが、その疑問が解決することはないのだろうなとすでに諦めてもいる。何度聞いても同じような答えしか帰ってこなかったからだ。曰く、『普通』と。
「まあ質問の意図がわかりませんが、とりあえず、これを聞いてください」
「んぁ? 正式な指令とかなら皆いるところでもいいんじゃねえのか?」
健翔の疑問は最もだ。だが、
「ケント様がリーダーのようですので、ケント様さえ了承を得てしまえばいいかなと思ったからです。他の方は扱いやすいですよね、そういう部分で考えますと」
「おい」
なんて腹黒な……!
そう思わずにはいられない健翔だが、『これもしかして本当に魔王倒したらこいつらに操られんじゃね?』とも思い、今からでも契約内容の追加をしたくなった。
そんな健翔の心を読めるわけもなく、手紙を広げた。
「では、読みますね。『私、アメリア=クリストリアは、今回トルトーナ様が行われた行為についての話し合い場を設けさせていただきたいと思います。ですので、貴女をクリストリア王国にお招きしたい所存です。お金などはこちらがご負担させていただきますので、キュクのはじめにお越し下さい』……です」
「……もしかして、勇者召喚についてのことか?」
「まあ、そうですね。どこから情報が漏れたのでしょう? まああの方なら悪いようにはしないでしょうけど」
「大丈夫なのか……?」
心配そうにそう問いかけるが、『大丈夫です』とトルトーナは凛とした表情で言い切った。
「というより、私がこの手紙をこの場に持ってきたのは心配されるためじゃないですよ」
「あ、ああ。でも、だとしたら何だ?」
「それはですね……」
少し溜めるようにして息を吸い込むと、言った。
「この会議の護衛に、あなた達勇者方を抜擢します!」
「なっ!」
「ちなみに、拒否は認めません」
「なっ!?」
最初から出来レースだったのかよ! と怒鳴りたくなったが、それをぐっと我慢する。
「でも、いいのかよ? 俺らまだ全然護衛として役にたつレベルじゃねえんだが」
「だからこそ、あなた達を選ばせていただきます。下手に兵力を下げることができませんしね。それに、今回勇者方に着いてのことだとしますと、本人方がいたほうが良いでしょうし」
「そ、そりゃたしかにな……」
少し逡巡し、手紙の内容を思い出す。その時ふと気になるフレーズがあったのでそれを聞いた。
「キュイのはじめって、なんだ?」
「ああ、そういえば教えていませんでしたね。キュイ、とは9番目の月、ということです。暦は1から12までありまして、1はイスィ、2はヌ、3はサヌ、取った具合に数えていくのですが、これはクリストリア王国の王都だけの数え方です。私達は普通に1月、2月と数えていきます。ちなみに、今は8月で、クリスタリア王国の王都ではハッシといいます」
「なんで向こうはそんな独特な数え方をしているんだ……?」
「……これはアメリア様から聞いたことなのですが……前回の勇者が面白半分にゲームを作ろうとして子供に教えていた所、大人たちがその言い方が面白くなって使い始めた所、爆発的に広がったらしく……」
「……愉快な人なんだな、先代勇者も、クリスタリア王国の人たちも」
健翔は少し苦笑いしながらそう言うしかなった。もしかして面白ければいいのか? と思わずにはいられない。
それにしても、だ。
「30日で一ヶ月、でいいんだよな?」
「はい」
「なら、今日は何日だ?」
「えっと、18日ですね」
なら、あと2週間あると考えて良いだろうと健翔は思案し、
「わかった。護衛の話、受けるぜ」
「ありがとうございます」
トルトーナが頭を軽く下げると、健翔はなんだか照れて頭を掻く。
「まあなんだ、2週間あればもっと強くなれると思うからだ。だから護衛としてもなんとかなると思ったから引き受けたわけで、それ以上でも以下でもないからな?」
「それ以上も以下も入りませんよ」
ふわっと笑うトルトーナに健翔は――なんにも思わなかった。というより、変な顔をした。
「どうしました?」
「いや、綺麗な笑顔だな、って思うとこなんだろうけど、やっぱあの腹黒いところをみてると何も思わねぇ……」
「……失礼ですね」
トルトーナは近場にあった枕を健翔の顔面に風魔法を運用して高速で投げつける。
「ごふっ!」
と変な声をあげて、そのまま失神した健翔。それだけでどれほどの速さが出ていたかわかるだろう。
トルトーナは 少しむくれながら健翔を睨んだ。
「護衛の話を受けていただきありがとうございます。ですが、私は腹黒ではありません!」
もし健翔の意識があったら反論の一つや二つほどしていただろうが、残念ながら失神しているため反論することができなかった。
そのままトルトーナは扉までぷりぷりしながら歩き、ドアノブに手を掛けた時、はぁ、と溜息を吐いた。
「勇者様……今何処に……」
愛しい人を呼ぶような独り言は、気絶している健翔にも、他の部屋で休んでいる颯太たちの耳にも届くこともなく、そっと宙を舞って、そっと空へと昇っていった。
お読みいただきありがとうございます。