英雄譚
稚拙ですが、読んでいただけると嬉しいです。
天恵775年、勇者が召喚された。
最初は戸惑った彼は、それでも人のために戦った。
そして勇者の人となりで国は救われ、隣国を救う。
勇者の温かい心に触れ、まず最初に召喚国の王女の冷たく凍てついた心は、ゆっくりと溶かされ、また勇者が各地に赴くと、必ず人望を引っさげて王宮へと帰還した。
勇者は戦った。
頭で理解していながらも、感情が制御できずに、ただ本能とともに戦った。
魔物と戦い、魔族と戦い、時には人とも戦った。
勇者は途中で知った。否、初めから知っていたという。
魔族の全員が全員、悪いやつではない、と。
その考えは、すでに国中から信頼を得ていたことも功を奏し、皆が一同に考えた。
しかし、人々もやはり、頭で理解し、しかし感情に振り回される。
親を殺され、兄弟を殺され、畑は燃やされ、唯一の食料は踏み潰される。
そんな日々を過ごしていたのだ。
魔族が悪だという認識しかない。
勇者は、それもしょうがないと悲しそうにかぶりを振った。
そして、5年が経った天恵780年、ついに魔王の前に立つ。
それは壮絶に、一振りの刃と一つの魔法、ほんの一瞬の油断が死を許す、そんな攻防。
それはかなり時間が経ったかもしれないし、すぐだったかもしれない。
勝負はついた。
勇者が、魔王の胸に聖剣を突き刺すという結果で。
しかし、魔王の口端が、歪み、二つ、手短に勇者に耳打ちをする。
勇者は目を見開き、奥に置いてある透き通った水晶を凝視する。
魔王は高笑いし、勇者は足を動かそうとするが、全身満身創痍で動こうにも動けず、その場で膝をつき、悲痛な表情を浮かべた。
光が水晶から瞬き始める。
その光は、一瞬にして周りを光で包みこむ。
魔王は消滅し、勇者は何処かへと消えた。
「ねえ、おじさん。勇者は? 勇者はどうなったの?」
小さな子供が少しぽっちゃりとしたおじさんに裾をつかんで聞く。
しかし、おじさんも困った笑みを浮かべ、首を振った。
「おじさんもね、勇者のこの後を知らないんだ。魔王のこともね、本当に私がその場にいたわけじゃなくて、伝え聞いたことだからね」
今にも泣きだしそうな子供の頭を撫でながら優しい声音で言った。
「きっとね、勇者は生きているよ。ほら、魔王城に一人で行っちゃったのは許せないって姫様がプンスカして怒ってたでしょ?」
「あ、うん! 面白かったよね、ひめさま!」
「ああ。でも、泣かずに私たちの前に現れたのはね、きっと、勇者の生存を、どこか確信をもっているからなんだと思うよ」
「そっかぁ! じゃああのお兄ちゃんは生きているんだね!」
きゃっきゃっとはしゃぐ子供。おじさんはそれをみてやれやれ、と思い、城を見上げる。
魔王討伐から一週間。いまだここでは魔王討伐によるお祭りムードがやまない雨のように続いている。
そのことをどこか遠いことのように眺め、一言ポツリと零した。
「……これは、あなたのために続いているんですよ………」
今ここにいない人物の思いながら呟くその言葉は、どこまでも青い空に舞い、泡のように消えた。
お読みいただきありがとうございます。