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おいでませ! ホーケン王国グレイシャル郡スノウホワイト領大字マカイ村

作者: おやびん
掲載日:2026/01/01

 ファーミュラーと言う名の大陸がある。その大陸の北方に、大きな国土を誇るホーケン王国と言う王国が存在する。そして広大な王国のコレまた北方をグレイシャル郡と呼び、いくつかの領がある。そのいくつかの中、最北部に領主スノウホワイトが統治するスノウホワイト領がある。更にスノウホワイト領の中でも最北端に馬飼(マカイ)村と呼ばれる寒村がある。これはそんな極寒の厳しい寒村で繰り広げられる物語。


 馬飼村は最北端という厳しい土地柄、耕作も難しく、温泉こそ出るものの、目立った観光名所等も無い為、観光地足り得ない。

 寒さに比較的強い作物を育て、いくばくかの収入と、たまにやって来る冒険者が旅費を落としていくのがせいぜいの、逼迫した財政状態である。


 そうなると若い者は村を離れ、南の暖かい街へと移住してしまう。ジリジリと進む過疎化は、更に財政に打撃を与え、村にはもはや老人しか残っていない現状だった。


「む、皆、集まったかの」


 ここは村の集会所。上座に座る、豊かなヒゲを蓄えた老人――――村長のゲンゴローが、一堂に会した他の老人達をいちべつすると、ゆっくりと話し出した。


「今日集まって貰ったのは他でもねぇっぺ。この村の行く末についてだぁ」


「ほいじゃあ、言うがのぅ」


 村長の言葉に一人の老人が手を挙げた。


「ほい、ヨサクの」


 そして村長に指されたヨサクが続ける。


「はっきり言っちまえばよ、この村はもう仕舞いだべ。生命線のイモも、連作による連作でどいつもこいつもちっちぇーもんばっかりだで、量だってかんばしくね。このままじゃあ食うにも困っちまうだでよ」


「ヨサクのの言う通りだば、村を捨てるんは悔しかけんどもよ、命あってなんぼだべ。我々も南のあったけぇ所さ行くべきでねっすか?」


 ヨサクの提案に集まった老人達も、口々に応よ応よと賛同と声をあげる。

 しかしながら、賛同する者ばかりでも無く。


「ヨサクのの言っちょることはよーくわかる。だけんどっちょもがな、ほんにそれで良いのかのぅ」


「なんじゃいウメばーさん。何か言いたい事があるならこの際全部吐き出しなっせ」


「ほんなら…… ヨサクのの言う通り、村を捨て南下したとして、儂らを受け入れてくれる所があんのかの?」


 言ってみればほぼ難民である。財産もろくに無い年寄り達を無条件に受け入れられる村なりが、そうそうあるとも思えない。ウメばーさんの懸念は当たり前だろう。


「むぅ。それを言われると辛いのぅ」


「それにじゃ、なんやかや代々続いてきた村を捨てるにはやっぱり偲びねぇ。儂は生まれも育ちも馬飼村だでよ。死ぬんも馬飼村で死にて」


 今度はウメばーさんを筆頭に、んだんだ、んだなやと、村に骨を埋める勢が頷く。


 侃々諤々と続く話し合いは、どちらの言い分もわかる為、全会一致とはいかず、時間ばかりが過ぎていった。


 そんな折、まとまらぬ皆を見た村長が、ため息混じりに重い口を開いた。


「はぁ、結局こうなるじゃろとは思っちょったげっちょもがな、一応は皆の意見ば聞いてみたほうが良かろ思ての、聞いてみただけばい。実は領主様に村の現状したためた手紙ば出しとったんよ。んで、その返事が来てんくさ、そこにはこう書いてあっちょった。馬飼村の苦しい現状相わかったと、しからば対策にいくばくかの資金と、村復興の為の相談役を遣わすと、の。領主様がちゃんと動いてくれたずら。じゃから皆の衆、もうしばらくこの村で頑張ってみんべ」


「そんなやり取りあったんなら最初から言えってばよ!!」

「ほんに無駄な時間さ過ごしたずら!!」

「ナマのグズ!!」

「ハゲ!!」


「後半ただの悪口だべ!! ハゲ言うなずら!!」


 こうして村の集会はもう少し頑張るで終わりを迎えた。


 が。


 村の者は知らない。村復興軍資金を持って出立した相談役がトンズラしてしまった事は……。





 


 時を同じくして、舞台は変わり魔界の王城。


 魔界とは、魔族の住まう地である。ホーケン王国のあるファーミュラー大陸とは別次元に存在している。

 遥か昔、魔界ではフォーミュラー大陸との次元を繋ぐ魔術が生み出され、そこから大陸侵攻をおこなった事がある。

 結果としては失敗。当時の魔王が勇者に討たれ、魔族は魔界へと追い戻された。そして二度と次元を繋がれない様に、強固な封印が施されたのである。


 そんな魔界の王城の謁見の間。


「母上、お呼びでしょうか」


 玉座に座る見目麗しい女性。彼女こそが魔界の現王、コチョウ女王である。

 そして女王にかしずく、女王にどこか似たような風貌を持つ女性。女王の娘、サクラ姫である。


「サクラ、よく来てくれました。楽にして下さい」


 女王が言うと、サクラは、はっ、と一言言って頭を上げる。


「我が夫であり、貴女の父であるヒガンが勇者に倒されてから幾年月が流れたでしょう。ヒガンの仇を討ちたくとも、忌々しいあの封印結界に阻まれてきたのは貴女もご存知のこと。しかし、先日の調査結果として封印結界が弱っている事が判明しました」


「まことですか母上!! ならばすぐにでも軍勢を率いて……」


「お待ちなさいサクラ。あくまで弱体化が進んでいるだけ。軍勢が抜けられる程では無いのです」


「なんと…… ではなぜ今私にその話を?」


「軍勢レベルでは通る事は難しくとも、少数ならば、数人程度なら抜けられる穴を開けられましょう。サクラ、これは女王からの命令です。貴女はこれより手勢を率い先遣隊となり、来たる決戦の日に向けて、敵陣に準備を整えておくのです」


「ハッ! サクラ、女王様の命、しかと賜わりました。必ず成功させてご覧にいれましょう」


「フフフ、頼もしいわね、私の可愛いサクラ。先遣隊の人選は貴女にお任せします。よろしく頼みましたよ」


 サクラは今一度深く返事をすると、謁見の間を後にして、さっそく先遣隊の人選を始める。


「クロサキ! クロサキはいるか!」


「お嬢様、ここに」


 サクラが探すなり、スゥッと現れた一見女性とも見まがう程の眉目秀麗な男性。吸血鬼が真祖、日の下を歩ける者(デイウォーカー)クロサキである。


「今しがた女王様より勅命が下った」


 サクラはそう言うと、クロサキに事と次第を説明する。


「なるほど、先遣隊ですか。ならばメンバーは一旦人族に近しい見た目の者がよろしいかと。私に鬼人族のガイ、サキュバスのシエラ辺りなどが適任と言えましょう」


「よし、選抜は貴様に任そう。出立は明朝だ。転移先はファーミュラー大陸の北部地域になるらしい」


「御意。それでは段取りを始めますゆえ、失礼します」


 クロサキは恭しく一礼すると、音もなくその姿を消していった。


 そして夜が明け、身支度を整えたサクラが集合場所に現れると、先遣隊のメンバーは既に揃っていた。


「おはようございますお嬢様。クロサキ以下三名、出立の準備は整っております」


 クロサキ、ガイ、シエラ。サクラが現れるや深々と一礼する。


「ああ、おはよう。今回の任、恐らく簡単なものでは無いだろう。皆、私に力を貸してくれ」


「もちろんですぜお嬢様!!」

「アタシに任せてくださいよぉ」


 筋骨隆々な鬼人族のガイ、精神攻撃を得意とするサキュバスのシエラ。どうやら気後れする様子はないようだと、サクラは安堵する。


「では征くぞ!」


 サクラの号令のもと、弱まった封印をこじ開けられた次元の門を潜れば、そこは極寒の地、スノウホワイト領である。


「ふわぁぁ…… 雪ですぅ」

「俺も初めて見たぜ。なんせ魔界には降らねえからな」

「二人とも、浮かれる気持ちは分からないでもありませんが、私達は物見遊山に来たのではありませんよ。気を引き締めて」

「ハッハッハッ! 心配するなクロサキ! ちっと物珍しかっただけだ。気は緩んじゃいねぇよ」

「ですですぅ。クロサキさんはお硬いんですよぉ」


 この先遣隊のメンバーは以前の侵攻には参加してなく、今回が初めての人間界。ましてや魔界には降らない雪に遭遇して、感嘆の息を漏らさずと言う方が無理もあるだろう。


「少しくらいは大目に見てやれクロサキ。ガイもシエラもだからと言って索敵は怠るなよ」


 そんな三人のやり取りにサクラは苦笑する。


「お嬢様は甘い……」

「ガッテンでさぁ!」

「ほらぁ! お嬢様もこう言ってますよぉ。クロサキさんのカチカチあたまぁ」


 どこか気抜けする行軍ではあるが、ぶっちゃけてしまえば過剰戦力も甚だしかったりする。

 魔界封印後の人間界は、人と人との国同士の戦争、或いは封印結界が作用しないレベルの下級の魔物程度しか敵対者は存在しなかった。

 つまり上級魔族と戦える者など皆無と言ってよい程に、戦闘の練度は下がっているのである。


 そんな中、不慣れな雪道に足を取られながらも進み続けると、


「お嬢様ぁ、前方に人がいますぅ」

「人? こんな所にか?」


 話に伝え聞く人族は、こんな極寒の地で生活するには不向きなはず。だとすると或いは我々の存在が既に気付かれているのか…… 

 

「あ、いや、お嬢様、そんなに構える必要なさそうですぜ?」


「ん? それはどういう事だ?」


「俺の目だともうしっかり見えるんですがね、ありゃ年寄りっすわ。戦闘力があるとは到底思えやせん」


 ガイの目に捉えられた年寄りというのは、ご多分に漏れず、馬飼村の爺さん二人だった。目下、絶賛イモ掘り中である。


「おーい、ヨサクの。そっちゃあどうじゃ?」

「ダメじゃあ、やはりどれもちっちぇーのぅ」


 そうでなくとも少ない耕作地、そこで連作を行い続けた結果、土地は痩せこけ作物は小さく少なくなる一方だ。


「由々しき問題じゃのぅ。んだども気を取り直して収穫してくべ」

「ほいよ。ほしたらタゴサクのはあっちゃの方を頼むずら」


 魔族の先遣隊が近くまで来てるとは露にも思わない二人は、熱心にイモを掘り続ける。その一方。


「どうしやすお嬢様? ジジイの一人や二人さっさと殺っちまいやすか?」


 既にサクラも目視で確認出来る距離まで接敵している。確かにガイの言う通り、ただの老人にしか見えない。排除するには何も問題は無いが、


「お嬢様。ここは一つ、彼等の身柄を確保してはいかがでしょうか?」


 クロサキが進言する。


「なんだおいクロサキ? テメエビビってんのか?」


「違いますよガイさん。まったく脳筋ですね。老人なれば確保も簡単ですし、人質にもなるでしょう。色々と情報も引き出したい所ですしね」


「ふむ、なるほどな。不必要と判断したら改めて処分すれば良いか。よし、確保しよう」


 サクラの目にも、さほど脅威とは感じられないヨサクとタゴサク。せっせとイモを掘りおこす二人にサクラは近づくと、


「おい人間」


 ぶっきらぼうに話し掛ける。


「ほいほいこんにちは。人間でございますよっ……って! おわっ!! こらまたなんちゅうめんこい娘っ子だべさ!」


 ヨサクは話し掛けられた方を見やれば、その人間離れした美しい容姿に目を丸くする。


「いいか、にんげ……」

「あいや、ぶったまげたなや、こんたら田舎にお嬢ちゃんみたいな人がなにしに来なさった? 自慢じゃないけど、面白いもんなんてなんもないよぉ? ああ! もしかして湯治かい? 温泉だけはあるでよー、ゆっくり浸かればリウマチに効くずらで、お嬢ちゃん若いのにあれかい? リウマチかいの? 坐骨神経痛かいの?」

「いや、リウマ……」

「あーハイハイ、わかるわかる、そったら病気恥ずかしくってそら、若い娘はよう言われんべなぁ。じいちゃんこら失礼しちゃったなや」

「いやだから……」

「お~いタゴサクのぉ〜!! こっちゃ来〜い! お客様だべぇ!!」


 田舎のジジイはマイペースである。あまりのヨサクの勢いにサクラ達は呆然と佇んでしまっていた。


「お客様ってヨサクの、こんたらとこに……って! どっこの貴族様だっぺやなコレ!? はえ〜、お連れさんもコレ、どエライハイカラなカッコしてくさ、なになに、都会から来なすった?」

「いや、都会では……」

「ああっ!!」

「なんじゃい! いきなり叫んで! どうしたヨサクの!!」

「タゴサクの!! この人達アレだべ!! ほれ! 昨日の集会で村長の言うちょった!」

「あ! あ〜あ〜!! アレ!」

「「相談役!!」」

「いやいやいや、そうかそうか、そりゃ遠路はるばるこったら田舎までよくぞ来てくれましたのぉ」

「相談役さん、こったらとこで立ち話もなんだでよ、村長んとこさ行くべ。ささ、お連れさん達もついてきてくれなっせ」

「え? 何? 相談役?」

「えーからえーから」

「え!? ちょ!?」


 ジジイ二人に勘違いされた挙げ句、問答無用で手を引かれて連れて行かれるサクラ。クロサキ以下もその勢いに飲まれ、言われるがままに後からついて行くのだった。


「うぉ~い村長ぉ! 来たべぇ! 相談役が到着したべぇ!!」


 村長の家に連れて来られたサクラ一行。ヨサクが村長を呼び出すと、奥からドタドタと音を立てて現れた。


「おお! 来てくださったか! 遠い所をありがたいこってす。まぁまぁ、立ち話もなんです、ささ! お上がりください!」


 居間へと通され、着席を促されると、さっそくですが……と、村長が切り出した。


「相談役も知っての通り、この村の現状は逼迫してるべ。資金面でも食料面でも危機的状況ずら。ほれでもワシ等はこの村を捨てたくね。この村を終の住処にして。んなわけで領主様に無理言って相談役さんに来てもらっただよ。どうにか、どうにか頼むずら」

「頼むずら」

「頼むずら」


 どうやら自分がその相談役とやらと勘違いされている。少し落ち着き、何となく話が見えてきた。

 しかし、別に相談役でもなければこんな村など、どうなろうと知った事では無い。サクラはさっさとこのくだらない面倒事を終わらそうと、力を持って恭順させようとしたが、


「しっかしあんちゃん、ええ体しとるなや! ムッキムキじゃのー。あんちゃんおったら畑仕事楽出来そうずらぁ」


 ヨサクが鬼人族のガイの体をガッシガシ叩いて褒めそやす。


「ガッハッハッ! 当たりめぇよ! 畑仕事? 俺が入れば爺さん達の出る幕なんてねぇぜ!」


 ガイもまんざらでも無く、普通に乗せられている。


「ええ〜! じゃあアタシはアタシは〜? アタシだって役に立ちますよぉ~」


「おお、おお。ちっこいお嬢ちゃんはじいちゃんの肩でも揉んで貰おかの」


「まっかせてぇ! おじいちゃんの肩なんかトロットロにしてあげるんだからぁ」


 何やらガイに張り合いだしたシエラ。見た目はほとんど孫くらいの容姿に、ジジイ連中は目尻が下がりっぱなしである。


「おいお前ら。私達の目的を忘れたのか?」


 そんな二人にサクラは殺気の籠った叱責をすると、お前は大丈夫だろうな? と、クロサキを見やる。クロサキはふぅと一息ついて、


「わかりました村長さん。サクラお嬢様以下、私達が全力でこの村の復興致しましょう」


「な!? クロサキ貴様……」


「お嬢様……」


 思いもよらぬクロサキの言動に、目を丸くしてどう言う事かと詰め寄ろうとサクラはしたが、クロサキはそっとサクラに耳打ちする。


「お嬢様、これは乗っておいて問題無いかと。お嬢様の言う通り、私達には目的がある。その目的は人間界に足掛かりを作ること。つまりはこの村をいずれ来る大侵攻の為の前線基地にしてしまうのですよ。どうやら人目にも付きにくい立地の上に、次元の門からも近しい。前線基地にするならうってつけと思います。そしてお嬢様は女王様の娘、いずれは女王として魔族を統治する者。こんな田舎村一つ復興させられなくて何が王と言えましょう」


「しかしだからと言って人間に手を貸すような…… ああいや、そうだな。私の私情だなそれは。魔族の為。それが最優先事項だ」


 サクラは自分を納得させる様に言葉を飲み込み頷くと、


「村長、相わかった。この村の復興に尽力しよう」


「おお……おお!! ありがとうございますじゃ!! 村民を代表して厚く、厚く御礼を申し上げますじゃ」


「して、この村の名はなんと言う?」


「おや? 知りませんでしたかいの? 馬飼(マカイ)村ですじゃ」


魔界(マカイ)村か。良い名だな」


 こうして色々とややこしい形ではあるが、魔族による人間の村復興計画が実行に移されるのであった。


「本来なら宴の一つでも開いてやりたいとこじゃがのぅ」


「なに、気にするな。村の現状は大方理解した。贅沢は言わないさ」


「すまんのぉ、いまぁワシ等に出来る事と言えば住まいとイモ粥くらいじゃて。堪忍してくれんさいや。ヨサクの、相談役さん達に案内してやっとくれ」


 あいよ、と、応えたヨサク。サクラ達を客人宿泊施設へと導くのだが……


「おいおいおい、ここに住むのか俺達……」

「え〜とぉ〜。四人一緒なのぉ?」

「藁葺き屋根とはクラシカルな……」

「フ…… 聞きしに勝るとはこの事か」


 想像の遥か斜め上のボロ屋であった。


「すまねぇのぉ。四人も来るとは思ってなかったけすけ、ちぃとばっかり狭苦しいだども、我慢さしてくれ」


 狭苦しいはともかく、崩落の危険性の方が心配な四人だった。


「ああ、あと、飯は一日一食が基本だで。コレまた我慢してくんろ」


「ヨサク……と言ったな?」

「へぇ。そんだ。ワシはヨサクずら」

「村長の言ってたイモ粥とやらが一日一食と言う事か?」

「んだ。最近は不作続きずら。それでもやっとこだでよ」


 問われたヨサクくは恥ずかしいやら申し訳ないやらで、力無く笑いながら答えた。


「……お嬢様ぁ。なんか可愛いそーだよぉ」

「粥なんかじゃ力が入らねえだろうが」


 たまらずシエラとガイがサクラに進言する。


「フム…… クロサキ。我々の物資は潤沢にあるのだろう?」


「はい。村民全員に賄っても二年は持つかと」


 サクラの意図を察したクロサキは即座に算出する。


「よし、ヨサク。食料事情の改善だ。我々の所持する物資を提供しよう。とりわけ……そうだな。まずは宴を開催しようじゃないか!」


「へ?」


「なに素っ頓狂な声上げてんだ爺さん! 宴だよ宴! お嬢様が開いてくれるってよ!」


「ほえ? 宴? えええ〜っ!!」


 常に難しい顔をしている相談役からのサプライズ発言に、ヨサクは驚きながらも村長の元へと走るのだった。


 そして狭きながらも何とか全員が入れる施設、集会所に宴の用意がされる。村の婆さん達にシエラも加わり、様々な料理がこさえられた。


「す、すげぇずら」

「ご馳走じゃ」

「久方ぶりの白米じゃあ……」


 豪華な食事に目を丸くする村民。今にも食いつかんとする彼らに村長は、


「待て待て、先ずは提供してくれた相談役さんに御礼を言うてからじゃろがい」


「いや、良いんだ村長。固いことは言いっこなしだ。皆、明日からの英気を養う為、存分に食べてくれ」


 サクラがそう言うや否や、地獄の餓鬼かの様にむさぼり食べ始める村民。これ程までに飢えていたのかと、サクラは改めてこの村の状況を理解した。


 そして宴は終わり一夜明けると、さっそく目下の一番の問題、食料事情の視察に入る。


「相談役さん。ここだべ。ここが村の農地だでよ。昨日相談役さんと会ったとこだべ」


 ヨサクに連れられ、村の農地へと赴いたサクラとクロサキ。


「どうだクロサキ?」


「はい、確かにこの土壌ではもはや碌な作物は育たないでしょう。それにこの気温や雪では作物の種類も限定されるでしょう」


 だろうな。思った通りの答えに思慮するサクラ。更に言うならばさすがに農地と言うには面積が狭すぎる。もっとも、年寄りしかいないこの村では限界なのかも知れないが。


「何とかなるか?」


「は。そうですね。いっそ魔界から魔素を多く含んだ土を大量に持って来て入れ替えましょう。作付面積も広げ、気候に耐える作物は勿論ですが、ハウス栽培も合わせて行いましょう。サンドワームを連れてくれば人足の問題点も補えるかと」


「フム。そうだな。それでいこう。後、任せて良いか?」


「御意」


 返事をするなりクロサキは相変わらず音も立てずにスゥッと消えていった。


「ふぁっ!? 消えた!? いけめんのあんちゃん神隠しさあってもーた!! 相談役さん大変だべ!!」


 ああいやそういうんじゃなくてと、苦笑しながらヨサクに説明するサクラだった。


 そして村へと戻ると、


「お嬢様ぁ、どこのお家もダメダメですぅ」


 シエラが困り顔でやってきて、中々に大雑把な説明をする。


「待てシエラ。何がダメダメなのか説明してくれねば何もわからん」


「俺から説明しましょう」


 一緒にやって来たガイが説明を始めた。


「お嬢様、この村の建物はどの家も老朽化が激しくて、いつ損壊してもおかしくない状態だ。雨漏り隙間風、何でもござれだな」


 確かにあてがわられた屋敷も、隙間風が酷く、ギシギシミシミシと、不安を掻き立てるには十分な家であった。ガイに至っては腐った床板を踏み抜いていたしな。


「そうだな…… これはもういっそ建て直すか。ガイ、土魔術に長けた者、あと建設に有用な者をチョイスして連れて来い」


「御意」


 ガイは深々と頭を下げ、力強く去っていった。


「あ、でもぉ、お嬢様ぁ。お風呂はとても良いお風呂ですよぉ。温泉なんですってぇ! 一緒に入りましょうよぉ」


 風呂か。そう言えば昨日は入っていないな。湯船に浸かって考えたら、何か良い案も浮かぶかも知れんしな。サクラはそう自問自答すると、そうだなと言って、シエラと共に温泉施設へと赴いた。


「ふぅ、生き返るな。確かにこの湯は良いな。そう言えば湯治にも活用されてるとか言ってたな……」


「村のおばあちゃんに聞いたんですけどぉ、美肌効果もあるんですよぉ! おばあちゃんの肌プルップルでしたぁ」


「美肌効果か。それは良いな。私にはあまり必要では無いがな」


「何言ってんですかぁお嬢様ぁ! お嬢様の綺麗で真っ白なお肌は労らなきゃダメですよぉ!」


 なぜかプンスカと詰め寄るシエラに、わかったわかったと宥めてる時。


「おんやぁ? 相談役役さんでねっすか! 相談役さんも湯治で? いやぁこの湯はほんにリウマチに効くでよぉ」


 村のジジイ連中がズカズカと入って来た。


「ゔい〜…… 染みるべぇ〜」


 目が点になるサクラ。一体何がおこっているのだ? 今、仮にも女性である私とシエラが入浴しているよな? 


「おじいちゃん達おっはよぉ~」


 サクラが動転してる中、シエラは何も問題無いとばかりにジジイ連中に話し掛けた。


「おおうシエラちゃんおはようさん。すっかり温泉が気に入ったみたいだなや」


「うん! すっごいお肌スベスベになるよ!」


「ほうかほうか、そら良かったの」


 さも当たり前の様に会話をするシエラに、サクラがそっと話し掛ける。


「な、なぁシエラ。私の知っている情報が正しければだな、人族にあっても風呂は男女に分かれるもののはずなんだが……」


「ん? あ〜そっかぁ、説明すんの忘れてましたぁ。この温泉は混浴って言って一緒に入るらしいですよぉ~。アタシも最初びっくりしましたよぉ」


 ケラケラと笑いながら答えるシエラ。


 こ、混……浴だと? そ、そうか、そんなシステムが人間界にはあるのか、確かに男女を隔てる造りにはなっていないな。ならばこれは裸を見られるのを恥ずかしがる方がむしろやましいのか? そうか、きっとそうに違いない。

 サクラはそう自分に言い聞かせると、思い切って湯船からスックと、包み隠さず立ち上がる。


「おおう! やっぱし相談役さんは綺麗だなや!」

「ぷろぽーしょんが違うべぷろぽーしょんが!」

「おっぱいプルンプルンだべさ」

「お尻もボインボインだべさ」

「どうだい相談役さん? 爺ちゃんの嫁っ子さ嫁ぐ気ないかい?」

「バカこくでねぇトモゾー! おめさん、とっくの昔におっ立たなくなっとるっぺよ」

「違ぇねぇ」

「「「ゲハハハハハハ!!」」」


 ジジイ連中のデリカシーもクソもあったもんじゃない会話に、サクラは顔を真っ赤にして温泉を後にする。そしてしっかりと胸に誓った。絶対に混浴は廃止すると。


 不意に裸を見られて恥ずかしいやら情けないやら。得も言われぬぶつけどころの無い怒りにブツブツとつぶやきながら、村の散策を続けるサクラ。


「しかし…… 風呂に入ってさっぱりした後にコレはたまらんな」


 足元を見やればぬかるむ地面。当然舗装などされて無く、雪解け水でぬかるんだ道はヌチャヌチャと不快な音を立てる。

 急ぎ整備が必要だな。家造りと並行して道路整備の必要性も急務であると判断した。


「おんや相談役さん。風呂あがりかい?」


 そこへ声を掛ける村民、オタネ婆さんである。井戸の隣で何やらヘタリ込んでいるように見えた。


「ああ、いい湯だな。この村の温泉は」

 混浴でなければな。こころの中でそう付け加える。


「そうじゃろう、そうじゃろう」


 オタネ婆さんはにこやかな笑顔で答えた。


「あなたはこんな所でなぜ座っているのだ?」


「ああ、わたしはほれ、見ての通り年寄りだでの、この歳になると水の汲み上げもおっくうでのぅ。休み休みやっちょるんよ」


 オタネ婆さんはそう言うと、どっこらせと井戸から水汲みを再開する。少量の水を何回かに分けて汲み上げているようだった。


 フム、井戸は年寄りにはキツイか。しかし、辺りを見回せば雪、雪、雪なのだよな。


「雪を溶かして使用するわけにはいかんのか?」


「まぁ使えん事も無いがの、大量の雪が必要だべさ。ほして必ず煮沸消毒せにゃならん。燃料や労力考えたら井戸の方が楽ずら」


 なるほどな。しかしこのままと言うわけにもいかんな。となると、何処か水源足り得る所から用水路を引くか……。


 さっそくその足で村長の元へと急ぐ。


「村長、聞きたい事がある。この辺りに川なり水源はあるか?」


「川、ですか。川はかなり遠いですのぅ。ただ西の森林に水質のすこぶるええ泉がありますじゃ」


「そうか。西の森林だな」


「ああだども、あんまり行かない方がいいべ、泉の水目当てにあっこらは魔物がようけ出るずら。相談役さん食べられてしまうげっちょもがな」


「フ…… ハッハッハッ! 食べられてしまうか。それは勘弁して欲しいな。よし気を付けておこう」


 魔族の王姫である私に、牙を剥く魔物とやらがいればの話だがな。サクラはそう独白し苦笑した。


 色々とやらねばならぬ事を一通り纏めると、その日の散策は終了した。




「お嬢様、ただいま戻りました」


「御苦労。さっそくで悪いが、取り掛かってくれ」


「御意」


 一夜明け、クロサキとガイが魔界から帰って来た。


「お嬢様、俺の方も始めやすぜ」


「ああ頼む」


 二人共に疲れなど微塵も見せずに、さっそく作業に取り掛かる。


「さてさて、先ずは農地の拡大作業を始ますか。ヨサクさん、危ないですので少しお下がりください」


「ほえ? 助役さん、危ないってアンタ何するつもりだでや?」


「なに、ただの拡張工事ですよ。サンドワーム! 頼みますよ!」


 クロサキが言うなり、土の中から巨大な魔物、サンドワームが現れる。


「ぎゃわ〜っ!! メメゾ!! でっかいメメゾじゃ〜!!」


「いやいやいや、ミミズではありませんよヨサクさん。コレなるはサンドワーム。畑仕事の強い味方になりますから、仲良くして下さいね」


「仲良くって助役さん、このメメゾはワシの話とか、わかるんけ?」


「ミミズではなくサンドワームです。もちろん話は理解出来ますよ。きちんとヨサクさんの指示に従う様に言い聞かせてあります」


「ほうか、よしサンドん、お手!」


 犬ぐらいの感覚だろうか? ヨサクはおもむろにお手を命じるが、


「ぎゃわ〜!! 噛まれたぁ!!」


 思い切っり差し出した手を食われた。 


「ああヨサクさん。サンドワームに手は残念ながらありません。お手替わりの甘噛みですね」


「おほー、べっくらこいたべぇ~。やんちゃ坊主じゃのぉ。ほな畑仕事手伝って貰うかの。サンドん、この畑耕して見せてけれ」


 サンドワームはヨサクに指示されるとボエーと一声叫び、畑を縦横無尽にこねくり回す。


「おほー! こりゃおったまげたなや! すげぇどサンドん! お前さんおったら十人……いや、百人力だべぇ!」


「どうやら仲良くやっていけそうですね。それではサンドワーム、農地拡大と魔界の土との変換作業もお願いしましたよ」


 魔界の土は魔素を非常に多く含んだ土である。その肥沃な土は大陸南方の土地々々より遥かに優れているだろう。


 実に順調な農地改革の滑り出し。コレなら大きな収穫を望めるだろう。




「うっし、それじゃ始めるか。お前達、手筈通りだ。頼むぞ」


「ガイ様、了解しました」


 所変わり村の中。ガイは取り敢えず今自分達の仮の宿の前にいる。ここから家の解体、再建を始めるつもりだ。連れてきたのは魔道士数人である。

 魔法も使い方次第で色々と応用が効くものである。力仕事が専売特許のガイより余程効率的に作業は進むだろう。

 藁葺き木造家屋は風魔法により簡単に解体された。続けて土魔法により精密な地ならしが行われる。そこへ魔界より大量に切り出してきた石材を村民達と力を合わせて積み上げていくのだが。


「なんか、でっかいのに羽みてぇに軽いべさ」

「んだなや、軽石だべか?」

「違う違う。本来は重てえんだよ。アイツらが重力魔法で軽くしてんのよ」

「そらまたハイカラなこってすなぁ」

「ハイカラってお前…… まぁいいか」


 魔法と無縁の片田舎。その存在こそ知識として知っているかな? レベルで、実際目の当たりにすると理解の範疇を大きく超えるらしい。気の抜ける返答にガイも無理に説明するのを諦めた。


 そうして魔法の力を行使すれば、あっという間に石造りの家が完成した。


「ほぇ~、こったら簡単にこさえてもて、まんずたまげたなや」


「慌てねぇでいいから、この調子でドンドン建て直していくぞ爺さん達!」


「おうよおうよ、コレならワシらでも無理無く出来るずら」


「舗装路の方も快適ずら! なんでか知らんけっどもがな、雪が溶けてすぐ乾くんよ」


 コレは魔界より切り出してきた石材の適性である。微量の熱を持ち、撥水性に優れ魔界でも舗装路に利用されている。 

 道はぬかるむもの。それが当たり前の人生だった者達からしてみれば、とんでもない革命が起きたと、大喜びであった。



 数日も経てば、住居の建て直しも農地拡大も一通り結果は出た。

 雨漏りも隙間風も無い家に村民は喜び、豊かな土壌に広大な畑に、大きな収穫を期待した。

 そして次に着手する問題は用水路の確保である。


「さて、次の事案は少し手間がかかるな」


「そうですね、西の森林の泉から水路を引く。かなりの大工事になりますね」


 新たに建設された相談役の執務室。サクラとクロサキが工事の草案を纏めていた。


「ともあれ、やらない訳にもいかんからな。予定通りに着工してくれ」


「御意」


 こうして用水路工事が着工に移された。村民も魔界流土木工事にはだいぶ慣れたもんで、大規模工事にも前向きな姿勢であった。


「おほー! 用水路だば出来たら畑の水やり楽出来るべ」

「ああ、いちいち井戸から汲まんで済むっちゃ、ありがたいこっちゃで」

「あの泉の水はそりゃ美味いでよぉ」


 泉までの道のりもそれなりに距離はあるが、水路が出来た今後を考えると足取りも軽いようだ。

 そして泉に到着すると、先ずは一服付いてから着工に取り掛かる。


 しかし、そこで泉に異変が起きた。中央からボコボコと気泡が生まれると、泉の上に立つように一人の女性が現れた。


「……人間。この泉に何用です…… 事と次第によっては容赦しませんよ」


 この泉に住まう大精霊アクアマキアである。


「だーめだ姉ちゃん!! そったらとこさボケっと突っ立ってたら測量出来んべさ!!」


 しかしジジイにはそんな事関係なかった。


「え? ね、姉ちゃ……」


「だーかーらー!! どけって言ってんべさ! 邪魔なんだべさ!!」

 

「な!? 邪魔!? あなたはわたくしを一体誰だと……」


「知らねぇっペやそんなもん! こんたださっぷい中を薄着で水浴びしとる変態姉ちゃんなんぞ知るもんかい! 早よどけくさ!」


「へ、変態!? 許しませんよ! その暴言!」


「やかましいっ!! まだゴチャゴチャぬかすだか!! とっとと退かないとゲンコくれたるど! ゲンコ!!」


「お~い、変態姉ちゃん! とっとと退かないとギイチの爺様に拳骨されんどぉ、ええからこっちゃこーい」


 さしもの大精霊もギイチの拳骨は嫌らしく、呼ばれた方へスゴスゴ引き下がった。


「まったく姉ちゃん、ダメずら。こったらとこで水浴びなんぞしてたら。この辺じゃ見ねえけんども、何処から来なさったね?」


「あ、いや、わたくしはここに住む……」


「ここに住むぅ!? なんや姉ちゃん、勝手にここさ住んでんのか?」


「いや、勝手にと言うか、昔からと言うか……」


「んで、許可は取ってあんだべか?」


「え? 許可?」


「んだ。ここはスノウホワイト領だば。領主様の許可無く済んじゃなんね。許可無いのか?」


「あ、はい。無いです」


「あちゃー。そらダメだ姉ちゃん。許可無しはダメだってばよ。お~い皆の衆、この姉ちゃん勝手にここさ住んどるってよぉ」


「許可無し?」

「頭おかしいんだべか」

「これバレたら事だどぉ」

「それお前、打ち首だっぺ、打ち首!」


「え? え!? あ、あの、わたくし一体どうしたら……」


「うーん、ワシらじゃ何とも言えんからのぅ。相談役さ、相談してみるしかねぇべやな」


 大精霊もジジイ連中の前には形無しである。そんなわけでサクラの前に連れて来られた大精霊アクアマキア。


「なるほど、話はわかった。ていうかお前、大精霊だよな?」


 変態姉ちゃん呼ばわりされて連れて来られた女性が大精霊だった。冷静を装うも、サクラの頬はヒク付いている。


「はい。アクアマキアと申します。わたくしは一体どうしたら……」


「相談役さん。姉ちゃんも悪気があって無断で住んでたわけでねっすから、何とかしてやれんもんでねすか?」


 アクアマキアを擁護してあげてるのは、ゲンコのギイチ。現場では厳しくあたったものの、困っている者に手を差し伸べる優しさのある男だ。


「で、聞くがアクアマキア。泉の水質が高いのはお前の加護か?」


「あ、はい。ケガや病気にも効きますし、長寿の効果もあります」


「そうか。ならお前は今日からこの村の村民になれ。それなら泉だろうが雪山だろうが好きに住めばいい」


 なんでこんな大精霊が下手に出てるかわからないが、恩を売っておくに越したことはない。大精霊が何処に住もうが、領主が文句など言うわけないだろうが、この村の住人として抱え込めるならこんなチャンスも無いだろう。 

 冷静に考えると、サクラにとっても僥倖であった。


「あ、ありがとうございます」


「えがったのぅ、姉ちゃん」

「えがった、えがった!」

「打ち首にならんでえがった!」


「皆さんもありがとうございました!」


 アクアマキアとジジイ連中は目に涙を溜め、良かった良かったと喜びあった。


「お嬢様、私は今、何を見せられているのですか?」


「言うなクロサキ。お前もえがったと思っておけ」


 そんな光景をサクラとクロサキは、死んだ魚のような目で眺めていた。


  


 新たに大精霊という村民を得たマカイ村の発展は概ね順調である。道路の舗装、石造りの住居、用水路の設置。

 そして何より農業改革である。魔界より持ち帰った肥沃な土壌に、アクアマキアの加護を受けた泉を散水する事により、嬉しい誤算が生じたのである。


「助役さぁん! 大変ずらぁ!」


「どうしましたヨサクさん?」


 大慌てでクロサキの元へ駆け込んできたヨサク。


「助役さん、【イモの収穫は三ヶ月程先になりますね。メガネきらーん】て言ってたべ?」


「その私のモノマネやめて貰えますかね? 確かに言いました。ただ、早くて、ですよ? 少々延びるのは致し方ありませんよ」


「違うべさ、違うべさ、ほれ、コレ見てくり」


 言うなり机にゴロゴロと大きくみずみずしいイモを並べるヨサク。


「コレ……は?」


「そうだべ! イモがもう実ったんだべさ! しかもホレ、見てけろこの出来栄え! さっき試しに蒸かして食ってみたんげっちょもがな、これがまた美味いのなんの!」


 まさかそんな!? いや、魔界の土に大精霊の泉…… 想定を大幅に覆す相乗効果が生まれ……


「むぐっ! ムグムグ!!」


「ホレホレ! 助役さんも食ってみんさい!!」


「ちょっと! わかりました! 食べますから! 無理矢理口に入れようとするのやめてください!」


 そして試食をしてみたところ、本来のイモからは想像を絶する美味さのイモだった。


「これは素晴らしい……」


「だべ? こら売れるべさぁ。農民人生六十と五年、こんなイモこさえた奴は見たことも聞いたこともね! ブランドイモだば! マカイイモつって大々的に売れるっぺよ!」


「なるほど! それは良い考えです。ならばマカイイモ、これは大規模農場(プランテーション)化して、大量生産致しましょう。ヨサクさん、頼めますか?」


「任せるだべ!! ほしたらさっそくサンドんと農地拡大してくっぺ! きばるど〜!!」


 すっかりサンドワームと仲良しさんになったヨサクは、意気揚々とプランテーション化に臨むのだった。


 そうなると、この村の致命的な弱点があらわになる。人足だ。そうでなくとも小さな村、更には年寄りしかいないのだ。かといってこんな辺ぴな田舎村に移住する者など望めるべくもなく。


「お嬢様、いかが致しましょう。次元門は当面利用出来そうもありませんので、魔界から連れてくるのも難しく」


「こればっかりはな。村長、領主づてにどうにかなったりはしないのか?」


 執務室ではサクラ、クロサキ、村長で対策会議をしている。


「そもそもスノウホワイト領自体が北方ずら、どの街も村も、南方に比べて人口は少ないですじゃ。領主様でもさすがに……」


「そうか。参ったな。その辺の街から拐ってくるわけにもいかんしな」


 サクラが中々に不穏当なつぶやきをすると。


「あ! 拐うで思いだしたげっちょもがな、あんまし大きな声で言えた話では無いんだば、西の森林の泉の更に西の方で、奴隷商人が商いしとるって話があるべさ。奴隷だで、金が掛かるし、奴隷商人から買うとなると、バレたら即刻打ち首になるけんども……」


 ホーケン王国には奴隷制度はある。ただし、闇奴隷は禁止されている。とは言うものの、圧倒的に安価な闇奴隷が横行しているのも事実。何処の国にも悪い奴と言うのはいるものである。


「なるほど、奴隷か。この際贅沢は言っていられんだろう。クロサキ、出るぞ」 


「御意」


「あの、相談役さん自ら行くんだべか? 助役さんと二人で? 危ねっから誰ぞ別の…… ガイさんとか魔道士さん達とかに頼んだ方が……」


 サクラとクロサキは見た目は美男美女。とても荒事に対応出来るとも思えず、村長は心配するのだが、実際は魔界の姫と吸血鬼の真祖。そこらのゴロツキがダースで襲ってきてもあくびで殺せる。


「ん、そうしたいのはやまやまだがな、アイツらはアイツらで忙しいからな。手の空いてる私が行くのがベストだろう。なに、心配はいらんさ」


 そして村長に留守を頼むと告げると、クロサキを連れて奴隷商人のもとへと出発した。

 村を出て西の泉も越える。立ち寄った泉でアクアマキアにムチャクチャ恐縮されて、アクアマキア特製ポーションをしこたま持たされたりもしたが。


 その後一時間程度歩いた場所にそれ等はいた。


 大小様々な檻に閉じ込められた奴隷達。老若男女の区別は無く、首輪や手枷まではめられている。

 それを生ゴミでも見るかの様に接しているのが奴隷商人だろう。でっぷりと太った体にゴテゴテとした装飾。シルクハットに横長のチョビ髭。なんかもういかにも過ぎてご馳走様といった感じだ。そしてそれを取り巻く様に護衛とおもしき連中がたむろしていた。


「おい、お前が奴隷商人であってるか?」

 

 そんな連中に臆することなくサクラが話しかけた。


「これはこれは美しいお嬢さん。いかにも、私は奴隷商人のアダムと申します。以後、お見知りおきを」


 アダムは値踏みする様にサクラをみる。人間離れした美貌に、凛とした佇まい。どこぞの御令嬢なのだろう、この世間知らずの箱入りに何処まで吹っかけてやろうか? そんな腹がうかがえる下卑た笑みを浮かべる。


「お嬢さん、本日はどのような奴隷をご所望で?」


「ん、ここにいる全員だ。全員いただこう」


「は? いやいやいやお嬢さん。御冗談がお好きで」


「冗談ではない。人手が多く入り用なんだ。全員いただく」


 何を考えてんだコイツ? 全員? いくらになると思ってる? いや、まさか本当に全員買うのか?

 アダムはいきなり全員いただくと言ったサクラに一瞬気色ばむも、持ち前の商魂で持ち直す。本当に全員買って貰えるならこの上ない僥倖だ。


「すいませんね、今までそんなに一気にお買いになる方を存じ上げた事がなかったもので。え〜、それでは全員となりますとそうですね……これくらいになりますかと。大口なので勉強させて貰いました」


 いかにも値引きしたかのような言い回しだが、ガッツリと吹っかけている。


「ん? 勘違いするな。私はいただきに来たんだ」


「は? ですからお値段が……」


「だから買いに来たのでは無い。いただきに来たんだよ」


 そう、サクラはもとより金など払う気は毛頭無かったのである。言葉通り、いただきにきたのだ。

 しかしその意図を悟ったアダムの顔が、怒りの形相でみるみる赤くなっていく。

 

「下手に出てればふざけやがって!! いただいていくだぁ? 世間知らずのバカ娘が!! 身の程をわからせてやる!! おいお前ら! このバカに世の厳しさを教えてやれ! でも殺すなよぉ、こんな上玉さぞかし高く売れるからなぁ」


 グヘヘと相変わらず下卑た笑みを浮かべるアダム。サクラを奴隷へと落とすつもりである。


「フム。教わらなくとも世の厳しさは理解しているさ。お前、私の母上の厳しさと言ったらだな……」


「ああ!! ゴチャゴチャうるせぇっ!! さっさとこのバカひっ捕らえろ!!」


 おう! と用心棒達が返事をすると、サクラ達を取り囲み捕まえようと躍り出る!


「クロサキ」


「御意」


 一瞬だった。サクラの命令にクロサキが返事をすると、パチンと指を鳴らして全てが終わった。用心棒達が全員糸の切れた人形の様に倒れたのである。


「な!? な、なな、なにしやがった!? ヒッ!! し、死んでる!!」


「当たり前ですよ。お嬢様に刃を向けた者を、私が許すとでも?」


 そりゃお前さん、死んで当然だろ。事も無げにつぶやくクロサキ。


「な、ななな、何なんだアンタらは!?」


 腰を抜かして盛大に股間を濡らすアダム。恐怖と絶望で顔面は蒼白だ。 


「私か? 私は相談役さんだな」


「因みに私は助役さんです」


 にこやかな笑顔で答える二人。


「さて、それではこの奴隷達、いただいていってよいな?」


「はいぃぃぃ!! それはもちろん!! あ、あのその変わりに私の命だけは!!」


「ん? お前の命? ああ、別にいいぞ。私は殺さんよ」


「あ、ありがとうござ!! ゴフッ…… なん……で…… やくそ……くが……ちが……」


「いやいやいや、さっき言いましたよ? お嬢様に刃を向けて私が許すわけ無いと」


「そん……な……」


 アダムにはしっかりとクロサキの制裁が執行された。


「おいクロサキ、コレでは私が約束破りでは無いか」


「お言葉ですがお嬢様、お嬢様は約束を守られております。殺したのは私です。私は許すと約束してませんから」


「……それもそうか。ハッハッハッ」

「その通りです。クックックッ」

  

 なんのかんの言っても、二人は魔族。人間界を焼け野原にするのが最終目的なのだ。立ちふさがる者には微塵も容赦はしないだろう。


 そしてそんな二人を恐怖にガタガタ震えて見守る奴隷達。この人達に逆らえば、命が無いのを本能で理解しているのだろう。


「さて待たせたな。お前達は残念ながら奴隷のままだ。今からそこの肉の塊から私の奴隷へとなった。お前達に自由は無い」


 絶望だった。少なくともアダムは商品である自分達を殺す事は無かった。しかし目の前の二人は不必要と感じたら問答無用で殺すだろう。この綺麗な顔の女性はきっとそうするだろう……

 そんな奴隷達の考えをよそに、サクラは檻や枷やらにため息をつく。


「まったく、無駄に厳重だな。おいお前達、動くなよ、動いたらケガするぞ」


 奴隷達にそう言うと、抜刀する。そしてフッと一息吐くと、目にも止まらぬ無数の斬撃が繰り出される。


「お見事」


 クロサキが恭しく一礼すると、全ての檻や枷がまたたく間に切断されていた。


「よし、それでは付いてこい。私の村にゆくぞ」


「え、あ、あの? 枷とか外しちゃってよろしいのですか?」


 一人の奴隷の女性がそう話し掛けてきた。


「ん? 歩きづらいだろ?」


「あ、いえ、そうでは無くてその、に、逃げられたりとか考えたりしないのかと」


「ん? なんだ? お前は逃げるのか?」


 サクラにそう問われると、ブルブルと大きく顔を振って否定する。


「なら問題無いだろう」


 快活な笑顔でサクラは答えると村へと歩を進めた。

 

 奴隷数十人を連れた行軍は当初、遅々として進まなかった。栄養不足で痩せこけた体で、体力は異常に低下していたからだ。

 たが、その途中で思いだしたのがアクアマキア特製ポーションである。試しに飲ませたらかなり体力が回復したのである。ことさらたんまり持たされた為、全員分ゆき渡り、行軍速度は上昇した。


 フム、このポーション。これは商品になるな。思わぬ拾い物商品の発見にサクラの顔はほころんだ。


 そして無事にマカイ村へとたどり着いた。


 奴隷達は唖然とした。深き雪山の中で都会の街の様な光景に。足元はぬかるみ知らずの暖かい石畳。田舎村とは思えぬ大きな石造りの家々、澄んだ水のたゆたう水路。そして何より、そんな村にいるのはジジイとババアばかりなのだから。


「村長。帰ったぞ」


「ああ相談役さん。お疲れ様でございますた」


「いや、本当に疲れたよ。私は少し休ませて貰う。村長、この者達に先ずは風呂。そして綺麗な居服。後、腹一杯何か食べさせてやってくれ」


「かしこまりましたずら。ささ、皆さん、こっちゃさ来てけろ。雪道にお疲れなんしゃろ。温泉あるでよ、ゆっくりあったまってくれんさいや」


 奴隷達はここで理解の範疇を超えた。奴隷である自分達に風呂? 綺麗な居服? お腹いっぱいのご飯? 逆にその待遇は何か裏があるのかと、恐怖でしかなかったのだ。

 だからと言って逆らえるはずも無く、促されるままに風呂に入り、着替える。そして大食堂に連れてこられれば、温かいご馳走がこれでもかと用意されていた。

 奴隷に身をやつしてからと言うもの、まともな食事など考える事すら許されなかった。それが今、目の前にあるのだ。もはや裏に何があるとかどうでもよく、空腹に逆らう事はかなわなかった。

 そんな食事の最中、クロサキが現れる。


「あ〜皆さん。少しよろしいですか」


 クロサキの恐怖は記憶に新しい。奴隷商人達を謎の力で瞬殺したのを目の当たりにしたばかりだ。奴隷達はピタリと食事を止める。


「ああいや、食べながら聞いていただいて結構ですよ。皆さんの今後の話です。ええと、ご存知の通り皆さんは我が主、サクラお嬢様の奴隷です。そこはお忘れなく。皆さんは今後奴隷としてこの村の発展に従事していただくことになります。一日八時間、週休は二日。有給は年間二十日、夏季、冬季長期休暇有り。給料は基本給プラス能力給に、随時昇給もありますね。そうそう、賞与も年二回支給されます。あとは…… 育児休暇もありますので、希望者は遠慮なく。ええと他には……」


 実にホワイトな会社だった。


「あ、あの、私達お給料貰えるのですか?」


 恐る恐る奴隷が質問する。


「労働の対価は払いますよ。当たり前です」


「週休なんてよろしいのですか? 奴隷が休みを貰えるなんて聞いたことなくて……」


「貴重な労働力ですよ? 休み無くコキ使うなんてバカのする事です。しっかりと休んで英気を養う。そしてまた仕事を頑張る。当たり前です」


 あり得ない待遇にザワつく奴隷達。そんな奴隷達を尻目に続けるクロサキ。


「住宅手当も付きますし、そうそう、労災も保証されますのでご安心を。あと何かわからないこと、ご不満な事が御座いましたら、私、助役のクロサキまでお申し出ください」


 爽やかなハンサムスマイルで軽く会釈すると、奴隷達は次々に土下座して、ありがとう御座います! ありがとう御座います! と叫びだした。


「ちょ、ちょっと! やめてください! 私は何もしてませんよ! 御礼ならお嬢様にしてください!」


 やめろと言ってもやめない奴隷達に困り果てるクロサキだった。


 食事と全体説明を終えれば、個人面談である。クロサキは一人一人呼び出し、聞き取りを始める。


「ええと、お名前はアークさんですね。何か職歴なり特技なりは御座いますか?」


「はい、私は奴隷前は農夫として働いておりました。水田でお米を」


「お米! 素晴らしい! それではルークさんはヨサクさんの下に付いて貰いましょう。美味しいお米、期待していますよ」


 そんな感じで、有用なスキルがあればそれを活かし、特段無いものは他の人達のサポートに入って貰う。


「次の方はセシリアさん。職歴や特技は有りますか?」


「あの、私は以前、宿屋で働いておりました」


「それは調度良かった。この度、旅館経営が決まりましてね、そこで働いて貰いましょう」


「あ、あの、この娘はどうしたら?」


 セシリアさんは隣にいる娘、セフィラちゃんについて尋ねる。


「ああ、子供には子供のお仕事がありますからね。私共がお勉強を見て差し上げます」


「え? べ、勉強をさせて貰えるのですか?」


 この国で学校通いが出来る人種は、中流以上である。ましてや奴隷に身をやつす者が学問など望み得るものでは無いのである。


「もちろんです。子供は村の財産ですよ? セフィラちゃん、お勉強好きかな?」


「好き!」


 ニンマリ笑って答えるセフィラちゃん。助役さんも好き! と抱きつくと、これはこれは光栄ですねと、抱っこしてハンサムスマイルで応えるクロサキだった。


 こうして取り急ぎの人材不足も何とか確保でき、三週間ほど時が流れた。


「助役さん助役さん!」


「おや、ルークさんお米は順調に育っています?」


 水田を任されたルークさんが血相を変えてクロサキの所へやって来た。


「いや、あの、順調……と言うか、その、実りました!」


「はい?」


 わずか三週間で米が実ったのである。マカイイモの時もそうだが、ムチャクチャなスピードである。


「助役さん見てけろこれ! ルークどんばこさえた米で炊いたご飯だげっちょもよ、艷やかで米が立ってて美味いのなんの! ホレホレ!」


「むぐ! ググ! ちょ、ヨサクさん! だから無理矢理口に入れようとするのやめてくださいってば」


 お約束だでな、まったくもぅと、面白コントにルークも笑っている。

 で、実際口にしてみると確かに軍抜きの美味さである。これも量産販売、更には醤油、味噌、酒、色々と加工品も作れるだろう。また忙しくなりますね、と、嬉しさとしんどさのない混ぜになった微妙な面持ちのクロサキだった。





 そして月日は流れ、マカイ村は極貧の村から完全に脱出していた。 

 アレから村民もかなり増えた。噂を聞いた向こう三軒両隣の寒村からも移住者がやって来たり、いつぞやの奴隷達も、国に残してる家族や知り合いを呼び寄せたりと、村の規模としては規格外の大きさに発展した。


「随分デカくなったもんだな」


「これもお嬢様の御尽力の賜物かと」


 執務室でしみじみと話すサクラとクロサキ。爺さん婆さんしか居なかったこの村に、今では子供達が笑顔で駆けずり回っているのだ。感慨もひとしおと言ったところか。 

 そこへ大慌てでヨサクが入ってきた。


「大変ずら! 大変ずら! 相談役さん!」


「なんですかヨサクさん。ノックもしないで騒々しい」


「クロサキ、よい。で、ヨサク。どうした?」

 

「相談役さん、はよ、おもてさ出て欲しいべな! 相談役さんのお袋さんて人が来とるべ!」


「なに!? 母上が!」


 魔界の女王のお出ましである。サクラもクロサキもすっかり忘れていた。自分達が人間界侵略の先兵であった事を。

 サクラが女王のもとへと急ぎ駆けつければ、女王は村民達に囲まれていた。まさか一触触発の状態まで発展しているのか!? 


「母上! ただいま参りました。サクラです! こちらにお越しに来られるなら、一言事前に言ってくだされば、こちらから迎えにいったのですが」


 サクラが片ひざ立ちで、恭しく礼をすると、女王はゆっくりと振り返る。そして抑揚の無い声でサクラに話し掛けた。


「事前に言ってしまったら抜き打ち視察の意味が有りませから。それにしてもサクラさん。これは? この村は一体どう言う事ですか? きちんと説明して貰えるのでしょうね?」


 失敗した! これではただただ、人間達と仲良く暮らしてるだけ! そう思われても仕方無い! 弁明の余地が無い。


「す、すいません母上これは、その……」

「ダメじゃ無いサクラさん! こんな美味しいお酒内緒にして!」

「はい申し訳御座いません! お酒を内緒にしていたのは私の不徳の致すと……こ…… お、お酒!?」


 女王はニンマリ顔でお酒を飲んでいる。


「いやぁ~相談役の母ちゃん。いける口っぺな〜。この酒の味、わかるかい?」


「もちろんです。これは素晴らしい。なんでサクラさんは私にこれを献上して来なかったのですか? 少し酷いんではありませんか?」


「は……ハハ、申し訳御座いません」


 すっかりジジイ連中と馴染んで酒盛りをしていた女王。

 そうだった。ここはそう言う村だったと、緊張の糸のほぐれたサクラは自嘲気味に笑う。


「まったくサクラさんたら、何か月も音沙汰無しで自分ばっかり楽しんでブツブツ」


 中々の絡み酒の女王。顔はほんのり紅潮し、目が座っている。


「その点は申し開きもありません。日々の仕事に忙殺されてまし……むぐっ!?」

 

 謝罪をするサクラを女王は、そのふくよかな胸に抱きしめる。


「そんなイケズな事いって! 小さな頃は、お母様ぁ、お母様ぁって、いっつも抱きついてきてくれたのに!」


「は、母上恥ずかしい! 私はもう子供じゃ無いのですよ!」


「い〜え、サクラさんはいつまでも私の子供です」


 藻掻いて脱出をしようとするが、そうは言っても現役バリバリの魔界の女王の腕力に抗う事能わず、酔っ払い女王の蹂躙は暫くの間続くのであった。


「母上、今日はこちらにお泊りでよろしいのですよね?」


「そうね、ご厄介になろうかしら」


「おひょ〜!! 相談役の母っちゃが村に泊まるずら! 皆の衆! 今日は宴会だべぇ!!」

 

「ちょっとヨサクさん。お仕事を……」


「あらクロサキ。あなたは私の為に開く宴会は反対かしら?」


「備蓄を開放しろ! 一点の曇りもない宴会をおこなうぞ!!」


「やり過ぎだクロサキ。普通でいい普通で」

 

 全力で女王にビビるクロサキに、呆れ顔のサクラだった。




「ふぅ。この温泉も素敵ねぇ」


 宴会前に女王はサクラと一緒に温泉に入る事にした。


「はい。シエラ曰く、美肌効果も有るのだとか」


 サクラが言うなり頭まで浸かる女王。

 

「は、母上?」

 

「プハッ。どうサクラさん? 私綺麗になりました?」


「ハハ、母上は昔からお綺麗ですよ」


「う〜ん。そうは言っても歳には勝てないのよ~。サクラさんもいずれ分かる日がくるから、若いうちからちゃんとケアしなさい」


 わかりましたと苦笑いで応えるサクラ。美容に気を使う魔王って一体…… そんな気持ちは押し殺すのが大人の対応とばかりに。


 風呂から上がれば待ってましたの大宴会!


「相談役の母っちゃ、ささ、一杯!」

「あらありがとう」


 サクラの母だけあって妖艶な美貌を誇る女王は、ジジイ連中に大人気だ。次から次へと酒をつぎに来る。


「ついで貰ってばかりでは悪いわ。皆さんも、さあどうぞ」

 

「おほー! 美人さんについでもらったべ!」

「極楽じゃあ」

「五〜臓〜六腑に染み渡る!!」


 ジジイ連中の鼻の下はダッルダルだ。


 そんな楽しい宴会の最中、女王がサクラに話し掛ける。


「サクラさん。貴女は愉快なお仲間に恵まれたようですね。人間というのには少し驚きましたが。正直な話しをしましょう。私、本当は人間界の制圧など、どうでも良いのです」


「え? しかし、これは父上の仇討ちの為の……」


「それは方便です。貴女はヒガン、父上が倒され以来、仇を取る事に妄執するあまり、笑顔を無くしていました。己を捨て、己を律し、強くあるべきと。私は女王という立場上、一人の母として、そんな貴女にきちんと寄り添う事が出来ませんでした。本当は仇討ちなどしなくても良いから、一人の女性として、楽しく生きて欲しかった。ごめんなさい。不甲斐ない母で」


「母上…… いや! 母上は不甲斐なくなど有りません。母上は女王としても、母親としても、最高の母です!」


「サクラさん……」


「ホイよ? なぁに二人してしんみりしてるくさ? 笑顔笑顔! 辛気臭ぇ顔しとったらせっかくの酒が美味く飲めんべさ!」


 割って入るは空気を読めない男ナンバーワンのヨサク。色々と台無しだが、サクラと女王は顔を見合わせ、


「「プッ! アハハハハ!!」」

 

 この上ない笑顔で笑い合った。



 翌日


「母上それではまた、しばしのお別れです」


 魔界へと帰る女王を見送りである。


「はい。貴女もお身体には気を付けるのですよ。それといいですか、貴女は貴女の好きな様に生きなさい。これは母として、女王としての命令です」


 言ってパチリとウインクする女王。


「フフフ。女王命令とあらば逆らえませんね。このサクラ、しかと肝に銘じます」


「わかればよろしい。あ、あとお酒は定期的に寄越す様に。これも女王命令です」


 すっかり村の酒に魅了されてしまった女王にわかりましたよと、苦笑するサクラ。


「それではサクラさん、いずれまた。クロサキ、ガイ、シエラ。サクラさんを頼みましたよ。それと村の皆さん、未熟な娘にご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い致します」


 深々と一礼してから去ってゆく女王に、


「お達者でぇ〜!」

「また一緒に酒のむべぇ!」

「しこたま酒さ送るけぇの〜!」


 ワイワイガヤガヤと、盛大に見送るジジイ連中であった。


「お嬢様。女王様は好きに生きろと仰っておられましたが、さて、これからいかがなされますか?」


 クロサキがサクラに尋ねる。


「決まっているだろう? 私はこの村の相談役さんだ」


 返事をするその顔は、微塵の迷いも無い、凛とした晴れやかな笑顔だった。





 ファーミュラーと言う名の大陸がある。

 

 その大陸の北方に位置するホーケン王国。その王国の北部はスノウホワイト領の最北端、マカイ村。


 都会の生活に疲れたらおいでませ。


 マカイ村。


 そこは厳しい寒さと愉快な村民が迎えてくれる村。


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