絶望の撤退戦
自分の華隊も置き去りにし、現場指揮官としての責任も放棄して、氷花は振り向きもせずに走った。
(死にたくない! 死にたくない! 死にたくない!)
頭にあるのはそれだけ、味方がどうなろうと知ったことではない。
そして運良く敵の間をすり抜けて逃げることに成功する。
ただ残った味方は包囲が狭められて、脱出は不可能になる。
「ふざけんなー! このアマー! 逃げんじゃねー‼」
怒鳴り声を上げたのは紅美だ。二度も上官の逃亡現場に出くわせば怒りが爆発する。
あとで本部に報告すれば氷花は処罰されるだろうが、それ以前に生きて帰れる保証はなかった。
誰も助かる見込みのない中、ここで静香は意外な命令を下す。
「巴隊、北東方向へ逃げろ!」
「隊長! そっちは敵の支配地域の真っ只中です! 危険です!」
「だからこそだ准尉、この包囲下ではもはや逃げ場はない。ならば一点突破して、脱出するしか手はない。その方面は敵戦力が手薄だからチャンスはある」
「へっ、やるじゃねえか静香。あたいは乗ったぜ」
「獅堂隊長、了解であります」
「……う、ん」
他に手はなく、部下達は静香に従う。こうなれば一か八かだ。
「いくぞ、巴隊突撃!」
「おりゃあ!」
五機の機甲羽衣は一丸となって突撃を開始する。
敵一機に対して火力を集中させ、重機関砲と小型ロケット弾を撃ち込んで倒していく。
前方の敵にだけ注意を払い、ひたすら前へ前へと進んでいく。
死に物狂いの戦法に敵はひるんで、包囲に穴が開き巴隊は敵中突破に成功する。
これは勝ち戦になった敵が、負傷を恐れて逃げ腰になったからだ。
そのお陰で巴隊の五人は戦場から離脱できた……他の部隊は全滅。
もっとも危機が去ったわけではなく、敵の追っ手から逃げねばならないが、武器が残っていなかった。
連戦で使い果たしたのである。
「残弾0……予備弾倉もありません」
「あとは白兵戦用の電磁ナイフとパルスナックルだけか……」
「撃ってくる敵とは勝負にならない、障害物を盾に進め」
「……了解」
だが巴隊は林に逃げ込もうとした所を発見され、長距離ライフルで狙撃された。
ドガン、という音とともに一機が直撃をくらう。
「月城ー!」
「被弾、脚部アクチュエータ破損、歩行不能、小官に負傷なし。皆さんは逃げてください!」
「バカ野郎! お前を見捨てていけるか! 機甲羽衣から降りろ、私が抱えていく!」
紅美は怒鳴るが、椿は冷静に判断していた。
(ああ、口の悪い軍曹は優しいでありますね。小官は嬉しいですが、巴隊の足手まといにはなりたくありません。どうかみんな生き延びてください)
兵士として隊に入った時に死ぬ覚悟はできている。
椿は穏やかに言った。
「ありがとうございます、久遠軍曹。それではお言葉に甘えて……」
「待て、椿!」
後部ハッチから椿は出てくるやいなや、あらぬ方向へ猛スピードで走り出し、巴隊から離れてしまう。
そして拳銃を空に向けて撃った。
私はここにいるぞと言わんばかりで、しかも大声で叫ぶ。
これでは機甲羽衣の対人センサーに引っかかって発見されるだろう。
「敵さんこちら、銃の鳴る方へ」
案の上、敵部隊は椿の方へと向かっていく。
月城伍長は自ら囮になったのだ……巴隊を救うために。
「なにやってんだー! 引き返せ椿!」
「いくな軍曹! 月城伍長の思いを無下にする気か⁉」
「くっ、くそ、くそう!」
紅美の機甲羽衣の肩を、天音がつかんで止める。
隊員達は悔しがるしかなかった。
「前進だ!」
吹っ切るように静香は命令するものの、機体の中で涙を流していた。
(すまない、伍長)
椿のお陰で時間は稼げたものの、敵の追っ手は手を緩めたりはしない。
自分達の勢力圏に入った害獣を、そのままにしておくはずもなく、最後の一匹まで駆除するのだ。
……そしてまた一人が脱落する。
ただ攻撃をくらったわけではなく、八雲の機体が突然止まったのだ。
「どうした曹長?」
「機体診断中…………各箇所で機甲羽衣に不具合発生、行動不能」
「整備不良がここで祟るか……」
「……修理は、無理、不可能」
誰もが言葉を失う中、無口な弥生が饒舌になる。
そうでもしないと、誰も動かないからだ。
「提案、私を放置して速やかな移動を進言」
「できるかー! 犠牲は椿だけでたくさんだ! 無理矢理にでもお前を連れて行くぞ!」
「紅美、考えなしの行動は無意味で無駄だ。私を抱えたら機体は重くなり、移動速度は遅くなる。敵に追いつかれる前に、サッサと行け‼」
面倒くさそうに弥生は言った。何事にも無頓着だが兵士としては優秀だった。
正反対の性格の紅美は言う。
「ああ、どうせアタイは馬鹿だからよ。勝手にさせてもらうぜ。俺も弥生と残ることにするわ」
「なにを言ってる、久遠!」
「だめだ軍曹!」
「止めても無駄だぜ隊長。俺は命令違反の常習犯だからよ。天音と一緒に基地へ帰って、氷花の野郎をぶん殴ってくれ」
「…………」
静香と天音はかける言葉がなかった。無理矢理に従わせる手段もない。
月城伍長と同じく死ぬ覚悟をした者を止めようがなかった
「……行きましょう隊長。あとは任せたぞ、紅美」
「すまない……曹長……軍曹」
二人は敬礼して別れを告げ、移動を再開した。
弥生は残った紅美に毒づく。
「……アホめ」
「おお、そっちの方が笑えるぜ。墓碑に刻んでほしいとこだな、あはははははは!」
罵ったのに喜ばれてしまうと、どうしようもない。
呆れながらも壊れた機体から出た弥生は、紅美の機甲羽衣におぶさった。
どうせ武器はないので、手が塞がっても問題はない。
「……向こうへ行く」
「ああ、反対方向だな」
二人も囮になるべく歩き出した……。
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月並みですが、モチベ維持のためとか、うんちゃらかんちゃら




