8 再生 後編
――というわけで、私とレイエルは酔っ払いのために現在からあげを調理中だった。
これが酒に合うのは当然。にんにくと胡椒を効かせたがっつり系の味付けなんだから。前世の私はこのからあげで日々の激務を乗り切っていたと言っても過言じゃない。
社畜だった前の人生に思いを馳せていると、元侍女であるあの二人が我が家に向かってくるのが見えた。ああ、もうそんな時間か。
「さあ、ルーシャ様、本日も聖霊魔法の修練をしましょう」
「今日はいよいよ実際に〈ヒール〉を使ってみましょうか」
聖女ルーシャ教団が言うには、私自身も聖霊魔法を使えた方が色々と都合がいいとのこと。確かに、治癒魔法や強固な防壁を扱えるに越したことはない。(彼らの言う都合とはおそらく別のことだろうけど)仕方ないので侍女の二人から習うことにした。私を崇めるだけじゃなく理想の聖女にしようなんて困った教団だ。
「魔力も聖霊に結構馴染んだし、魔法の理論も理解したからたぶんもう〈ヒール〉は使えるよ」
「本当ですか、では早速お願いします。ちょうど鶏のもも肉がありますし」
と侍女の片方がもも肉に包丁でスッと切れこみを入れた。
「大変です、もも肉が怪我をしてしまいました! ルーシャ様、〈ヒール〉を!」
……もも肉になっている時点で怪我どころじゃないと思うんだけど。
とりあえず私は言われるままに肉に〈ヒール〉をかけた。
次の瞬間、まな板の上で肉が躍ったかと思うと、何やらもこもこと大きくなっていく。
遅ればせながら、私は自分の魔力が普通じゃないことを思い出した。この世界の普通の人のそれより強度が高い。そんな魔力で治癒魔法を使ったらどうなるのかというと……。
まな板の上には一羽の鶏がぐったりと横たわっていた。
「もも肉が〈ヒール〉で鶏に戻った!」
「惜しいですね、これで生き返っていたら完璧な奇跡だったのですが……」
悔しそうにそうこぼす侍女に、私は「それだともう神だから……」と返す。
だけど、この〈ヒール〉という魔法はどうなっているんだろう。そもそも傷が塞がるって現象自体、細胞を再生してるってことだよね。遺伝子から情報を読み取っているのかな? だとしたら、別にもも肉じゃなくてもいいのでは?
私は鶏から羽根を一枚抜いた。そして、それに〈ヒール〉をかけてみる。
バサッとテーブルの上に鶏がもう一羽生成された。
……思った通りだった。ということは、人間の髪や爪に〈ヒール〉をかけたら……。
ぜ! 絶対にやっちゃ駄目だ!
私の治癒魔法は死体製造魔法でもあるのか……、気をつけよう……。
肝に銘じていると隣で体を震えさせているレイエルに気付く。しばらくして彼は突然叫んだ。
「ルーシャ様! もう一生鶏肉を買わずに済むじゃないですか! いや、鶏だけじゃありません! ずっと無料で肉が手に入るなんてやっぱり神の力ですよ!」
元王子がずいぶんと庶民感覚になったものだ。それに、いつになく興奮しているね。
「育ち盛りの男子には神にも等しい力か。けど、魔力には限りがあるから無限に出せるわけじゃないよ」
「魔力はしばらくすれば回復するでしょう。ちなみに、今の魔力であと何羽くらい出せるのですか?」
「えーと、鶏なら百羽……、いや、二百羽はいけるかな」
「やっぱり一生鶏肉には困りませんよ。からあげが作り放題ですね」
レイエルの話を聞いていた侍女達が顔を見合わせ、その表情を同時に輝かせた。
「ルーシャ様、でしたら二十羽ほど鶏を生成していただいても?」
「それから、あの激ウマなからあげのレシピもお教えいただけると有難いです」
「え、別にいいけど……?」
侍女達が帰った直後、テルミラお母さんがふらつく足取りで奥から出てきた。
「あれ、からあげは? まだ鶏のままじゃない」
そうだね、もも肉から戻っちゃったから、まずさばくところから始めないと……。
さて、二十羽の鶏を持って帰った侍女達だけど、どうするのかと見ているとそれらを大量のからあげに変えて町中に配りはじめた。『聖女ルーシャ様特製 神の使い(鳥)の激ウマ料理を無料配布中』というのぼりを持って。
神の使いを調理するのはいかがなものか。大体、そんなので人はなびかないでしょ。
と思っていたら、かなりの数の住民が食い意地に負けて聖女ルーシャ教団に入ってくれたらしい。……私のからあげ、何気に結構すごいな。




