7 再生 前編
聖女ルーシャ教団が誕生して二か月が経った。私は依然として二歳児のままだ。
教団の神官達は国から請け負った仕事をこなすため、何チームかに別れて国中を忙しく飛び回っている。拠点自体は私の暮らす町にあって、チームに所属していない人達はそこに留まっていた。体力的に移動が厳しい人もいるからね。あのおじいちゃんとか……。
台所の窓から外を見ると、白髭を蓄えた司教さんが空地で子供達を集めている。何やら紙芝居のようなものをやっているみたいだけど。
「――王国が滅びかけたその時、天から舞い降りた聖女ルーシャ様が腕の一振りで魔獣の群れを薙ぎ払い、力なき者達を新天地へとお導きになったのじゃ」
いやいや、何を布教活動しているの! かなり脚色しているし……。
窓の外を眺めながらため息をつく私に、レイエルが「危ないですよ」と声をかけてきた。
「包丁を扱っている時は脇見しないでください」
「分かってるって……。見た目は二歳児だけど、レイエルに料理を教えたのは私だってこと忘れないでよ」
私達は現在、お昼ご飯に鶏のからあげを作っている。
前世世界のこの料理を、テルミラお母さんが大層気に入っていて度々作らされていた。
私とテルミラお母さん、実は魂の年齢は同い年であることが発覚した。つまり、前世で二十五歳で病死した私はこちらで二年過ごし、中身は二十七歳のお母さんと同い年ということ。
そんな事情で、私とテルミラお母さんは親子という間柄ながら、女友達のような関係でもあった。
いや、たとえ同い年でも彼女を友達に選ぶかは甚だ疑問だけど……。
あれはとにかく酒癖が悪いし、近頃は私のことを家政婦と見ている節がある。
昨晩だって――。
「やばい、この謎の臓物煮込み、めちゃうまい。無限に酒が飲める」
「謎じゃない、鶏のレバーだって。醤油と砂糖で甘辛く煮ただけだよ」
私が即席で作った料理にテルミラお母さんが舌鼓を打っていた。
鶏レバー、私とレイエルの晩ご飯のおかずにもする予定だったから結構多めに作ったのに、本当に一人で食べ切る勢いだ。この女、やっぱり好きな物はひたすらそればっかり食べるタイプか。
栄養バランスも崩れるし、仕方ない人だなー。
私はネギを取り出すと手早く刻んで鶏レバーの上にドバッとかけた。
「臓物とネギ、めちゃ合う! 酒が止まらん!」
「あっそ、よかったね」
「ルーシャが欲しがっていた調味料、買ってきてあげた甲斐があったわ。異世界の料理はどれも激ウマね」
私が欲しがっていた調味料とは、醤油っぽいやつに日本酒っぽいやつ、それに鰹節っぽいやつ、などなどのことだ。こちらの世界でも東の方の国で前世と似た物を作っていると分かって、飛行機並の速度で飛べるお母さんに頼んで買ってきてもらっていた。
おかげで前世と変わらない料理が作れるようになった。
その時、お風呂から上がってきたレイエルが鶏レバーを一口摘まむ。
「調味料のおかげだけじゃありません。ルーシャ様は料理がお上手なんですよ。確かに、このレバーも激ウマですね」
「そ、それほどでもないよー」
酔っ払い女なんかより湯上がり美少年に褒められた方がよっぽど嬉しいものだった。
前世、社畜だった私は仕事のストレスを料理で発散しているところがあった。自分の好きな物を作っているとなんかスッキリした気分になれたんだよね。
以前は一人で料理して一人で食べていた私。誰かにそれを食べてもらって、美味しいと言ってもらうとさらに嬉しいということは今世で知ったわけだけど。まあ、それがたとえ酔っ払いでも。
ここで、鶏レバーをつついていたテルミラお母さんが不意にその手を止める。
「……臓物だけじゃなく、本体が食べたくなってきた」
「本体って何?」
「肉よ、肉。ルーシャの作るあの激ウマなからあげが食べたい! 私、明日の昼に起きたらあれで酒を飲むから作っておいて、よろしく。じゃ、私は(酒を飲みながら)寝る」
とお母さんは器ごと鶏レバーを持ってキッチンから出ていった。
……やりたい放題だな。酒が原因で何度も男にふられるはずだよ。




