6 教団 後編
昨日、半日に及ぶ飛行の旅の末、私が辿り着いたのは小さな村の外れにある古びた教会だった。
……こんな場所で集団生活を送っているのか。付近からは魔獣の気配をビシバシ感じるし、危険すぎるでしょ。
と上空に浮遊したまま様子を窺っていると、見覚えのある二人が教会から出てきた。どうやら水汲みに向かうらしい。
あれは私の侍女だった二人! 何かお喋りしているね、魔力で聴力を上げて聞いてみよう。
「……私達、これからどうなるんでしょうか。魔力も弱くなっちゃいましたし」
「うーん、可能性として一番高いのは、遅かれ早かれ魔獣の餌、でしょうか」
「ですよね。ああ、魔獣に食べられる前に、一度でもいいから甘い焼き菓子を食べたいものです」
「焼き菓子、食べたいですね。夢のまた夢ですが」
……相変わらず何だかのんびりしているなぁ。
でも、相当困窮しているみたいだ。あ、確かリュックにあれが入っていたはず。
背中のリュックを探ると、レイエルと一緒に作った焼き菓子が出てきた。それを魔力で浮かせて二人の目の前へ。
「空から焼き菓子が降ってきました!」
「幻かもしれません! 消えてしまう前に食べましょう!」
嬉々として焼き菓子を手に取った侍女達だったがその表情が凍りつく。彼女達の視線の先には、馬ほどの大きさの狼がでんと仁王立ちしていた。
「ひぃー、魔獣! 焼き菓子は天からの最後の差し入れでした!」
「早く食べてしまいましょう! 私達が食べられるより先に!」
急いで菓子に齧りつく二人に大狼が飛びかかる。
しかし、不意の上からの圧力がその巨体を地面に叩きつけた。
魔力の波動で大狼を仕留めた私は、ゆっくりと侍女達の前に降下する。
彼女達は私を見るなり目に涙を浮かべた。
「今度は空から幼女が。この魔力、間違いありません……。やはり生きておいででした……」
「ええ、聖女様です……。こんなに大きくなられて……」
私を前に泣き崩れる二人。そして、そのまま言葉を続ける。
「私達を助けてくれる人なんて、もう世界のどこにもいないと思っていました……」
「この古びた教会で、ただ死ぬのを待つしかないのだと……」
……何だかのんびりして見えたけど、ずっと不安で仕方なかったのか。
やっぱり私、来てよかったよ。こんな人達を放っておくことなんてできない。
「もう大丈夫だよ、私が安全な国に連れていってあげる」
「「聖女様ー!」」
魔力で侍女の二人を包もうとしたその時、騒ぎを聞きつけて教会の中から続々と神官達が飛び出してきた。揃って次から次に私に手を合わせて涙を流す。
う……、これは、放っておけないでしょ……。
「も、もう大丈夫だよ、私が安全な国に連れていってあげる」
「聖女様ー!」×152
――――。
自宅前にて、相変わらず突き刺すような視線をテルミラお母さんとレイエルが向けてきていた。
私は慌てて取り繕う。
「だ、だって、あんな危険な地域においておくわけにもいかないし! そ、そうだ、皆、聖霊魔法を使えるんだから、ここで診療所でも開けばいいんじゃないかな!」
あ、でも、なぜか揃って魔力が弱くなっちゃったんだっけ……。どうしてこんな事態になったんだろう?
疑問を口にすると私の元侍女だった二人が顔を見合わせた。
「きっと私達の信仰心が消えたからですね」
「きっとそうです、私達の神は王国の守護神でした。王国が滅亡してしまった今、信じろという方が無理ですよ」
……ああ、そう。やっぱりこの人達は何だかのんびりしているね。
ここでふと思いついた私は手をポンと打ち鳴らした。
「じゃあ、別の新しい神を適当に考えればいいんじゃない? ……いや、駄目か。強い信仰心が得られるほどの対象なんてそうそう見つからないよね」
と再び悩みはじめた私の顔を、百五十四人の神官達がじっと凝視してきていた。
…………、ん?
一瞬の静寂ののち、堰を切ったように口々に叫び出す。
「ここに最高の対象がおられるではないですか!」
「私達を助けにきてくださったルーシャ様こそまさに崇めるべき存在!」
「早速教典を書くのじゃ!『聖女ルーシャ様こそ唯一にして絶対』と。完成なのじゃ!」
「素晴らしいです! 急速に力が戻って……、いいえ、前以上の力が!」
「聖女ルーシャ様! 誠心誠意お仕えいたします!」
…………、……えー。
信仰心を安易に育みすぎでしょ。力、簡単に戻ってきすぎじゃない?(司教っぽいおじいちゃん、教典ほんとにそれでいいの?)
こうしてこの日、私を崇め奉る聖女ルーシャ教団が誕生した。
だけど、力が戻ってきただけじゃなくさらに増したのはどうしてなのか。私の信徒達に冷めた眼差しを向けているテルミラお母さんに尋ねてみた。
「実体のない神よりそこにいる幼女ってことじゃないの?」
「うーん、なるほど……?」
「それより、約束通りこの人達の面倒はあんたが見るのよ、聖女様」
「……いや、力が戻って増したんだから割と自分達で何とかするでしょ」
話を聞いていたレイエルが私の言葉に相槌を打つ。
「確かに、聖霊魔法って治癒魔法を扱える唯一の属性ですし、かなりの需要があるんじゃないでしょうか。しかもこれだけのまとまった人数がいますし」
「おお、じゃあ何かいい仕事がないか探してきてよ、お母さん」
「えー、面倒ねー」
――その後、テルミラお母さんの仲介でこの国の統治機関と契約した私の教団は、緊急治癒部隊として国全体の医療を担うことになった。
結構稼ぐようになった信徒達は、私を祭る神殿の建設、さらには聖女ルーシャ教を国教にするという野望を抱いて活動している。(本当にやめてほしい)




