4 家族
これでようやく王国から脱出できると安堵していると、気絶していた第二王子の方が目を覚ました。
私を呼び出したこの王子、何気にそこそこ魔力が高いんだよね。さっきの私の攻撃も一応は防御したみたいで、だから回復も早かったんだと思う。たぶん兄に殺されないために修練を積んでいるんじゃないかな(修羅の一族か)。
第二王子は私を視界に捉えると恐怖に歪んだ表情で。
「せ、聖女を召喚するはずが、私はとんでもない悪魔を呼び出してしまった……!」
私を悪魔に変えたのはあんた(とそこで気絶してる兄)だよ!
もう一度魔力で第二王子をぐいぐいと地面に押しつける。
「いたたたた! 悪魔様、お許しを!」
悲鳴を上げる第二王子の傍に魔女がトコトコと歩み寄った。しゃがみこんで満面の笑みを浮かべる。
「そう、あなたが呼び出したのは凶暴な悪魔の魂です」
平凡な元会社員の魂だって!
私が抗議の魔力を送るも、彼女は「まあ任せておきなさい」と言うように手をひらひらと振る。
「ご覧のように全くあなたの言うことを聞きませんし、赤ちゃんでこれほどの力を持っているのですから、今後成長すればどうなるか容易に想像できますよね? あなたは命がいくつあっても足りないでしょうし、王国自体が滅ぼされるかも」
第二王子が青ざめた顔になったのを見て魔女は言葉を続けた。
「しかし、名の通った魔女である私に預けるなら何とかしてあげますよ。そっちの弟君もついでに連れていって、二人がもう二度とこの王国に関わらないようにすることも可能です。どうしますか?」
「お、お願いします! 連れていってください! ルーシャ様とレイエルはこの場で死んだことにしますので何卒お願いします!」
魔女は「仕方ありませんね、引き受けてあげましょう」と私の籠を抱え、レイエルを引き寄せた。
……おお、鳶が油揚げをかっさらうように、棚からぼた餅をかすめ取るように、私達二人を難なく手に入れた。この人、案外頼りになるのかも。
すぐに周囲を風が舞い、気付けば私達は町の遥か上空にいた。
空の上で自らをテルミラと名乗った魔女は、私とレイエルの顔を順番に見る。
「とりあえず、どこかに家を買って定住でもしようかしらね。あ、私、子育てとか初めてだから、ルーシャは自分でできることは自分でやってよ」
……やろうと思えば魔力で色々できるけど。安全な場所が確保されるだけでもよしとするべきか……。前言撤回、やっぱりあんまり頼りにならない感じだ。
あれ、もしかしてレイエルも私が世話しなきゃならないのでは? 王子なだけに普通の暮らしに慣れるまで大変だよね?
先の未来に不安を覚える私に対し、テルミラお母さんは笑顔を、レイエルは申し訳なさそうな表情を向けてきていた。
「これからよろしくね、ルーシャ」
「ルーシャ様、お世話になります……」
こうして、私達の新しい生活が始まった。
気候が穏やかな国の小さな町に一軒家を購入し、私達は家族として暮らし出す。
私の予感は早々に的中することに。
テルミラお母さんは魔獣討伐の依頼で荒稼ぎするために長期間家を空けることが多く、その間、用意された生活物資を魔力で操作して私が家事全般をこなさなければならなかった。
この日も、私は哺乳瓶からミルクを飲みつつ魔力でフライパンを操る。レイエルのためのご飯を作っているんだけど、同時進行で彼の着替えも手伝っていた。
ちょっと、ズボンが後前逆だよ! ちゃんとはき直して!
王子なる人種はとにかく手が掛かるということを私は痛感している。ゼロ歳児にしてもうシングルマザーの心持ちだ。
ようやく着替え終えたレイエルが私に向かって深々と頭を下げた。
「……いつもごめんなさい、ルーシャ様。もう少し自分でできることを増やせるように頑張ります……」
はいはい、期待しないで待っているよ。早くお昼食べちゃって、片付かないったらありゃしない。
本当にまるでシングルマザーのような生活を私は送っていたのだった。
しかし、人間とはやはり成長するもので、二年が経った頃にはレイエルは一人で何でもできるようになっていた。美味しい料理を作ってくれるし、合間を見て家の掃除もしてくれる。
つくづく人は環境によって変わるものだと感じたし、元々彼にはそれだけの能力が備わっていた気がした。背もずいぶん伸びて、近頃は自主的に体を鍛える訓練なんかもしているらしい。
ああ……、あの子犬のようなレイエルが懐かしい……。
と感慨に浸っていると、二歳児である私の体をレイエルがひょいと持ち上げた。
「ほら、ルーシャ様、早くお昼を食べちゃってください。片付かないんですよ」
「くっ、誰がここまで大きく育てたと思ってるんだ! 子犬のように扱わないで!」
「はいはい、ルーシャ様のおかげですよ、しっかり感謝しています。ですが、あなたはまだ実際に小さいのだから仕方ないでしょう。沢山食べて大きくなってください」
……二年前とは完全に立場が逆転してしまった。まったく、最近のレイエルは可愛いというより何だか男らしい表情も見せるようになってきたし。
レイエルは私をテーブルに着かせると、小声でぽつりと。
「早く大きくなってくださいね、僕は待っているんですから」
ん? どうしてレイエルが私の成長を待っているの?
首を傾げる私に、彼は微笑みを返してくるだけだった。
最後に、かつて私達がいた王国の話をしておくと、あの下衆な第一王子と第二王子は王位を巡って激しい争いを繰り広げた末に共倒れすることになった。
その結果、正統な男性後継者は一人もいなくなり、内部の権力争いが熾烈化。また、外からは魔獣に攻めたてられ、守ってくれる聖女もいないことから王国はあっさりと滅亡した。
まあ、そんなことは遥か遠くの国で暮らす私達には関係のない話だった。
ちょっと酒癖の悪い魔女のテルミラお母さんと、美麗ながらも近頃何だかふてぶてしいレイエルとの今の生活は、割と幸せと言えるのかもしれない。




