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30 視察


 ――結局、私達はキアとオーゼスさんを伴って聖地であるセントルーシャに戻ることに。

 それどこ、って感じだけど、私達が住んでいるあの町のことだ。教団の勢力圏になったので参謀の二人が早速名前を付けた。……町の皆、ブチ切れなきゃいいけど。


 全員で空を飛ぶこと十数分、自宅の上空に到着する。

 地上では私達の帰りを察知した聖獣達が出迎えてくれていた。大兎と大狼達が円を描いてくるくる走り回っている。


「ほんとに魔獣とは全然違う! 皆! ただいまー!」


 私が纏わせていた飛行用魔力を振り払ったキアが落下。聖獣達からは(いや誰っ!)という思念が伝わってきたが、しっかりともふもふで受け止めた。

 遅れて全員で着陸すると、各々やることがあるのでその場で解散となった。

 テルミラお母さんが軽く伸びをしながら我が家へと歩いていく。


「ルーシャ、ちゃんとキアの面倒を見るのよ。さあオーゼス、中でお酒……お茶でも」


 この人、反射的にお酒という言葉が口から出てくるけど大丈夫かな。本性が露呈するのは時間の問題な気もする。

 お母さんの後を追うオーゼスさんが私の前で一旦立ち止まった。


「キアはウルムドに対して並々ならぬ執念を燃やしている。前世でのことが関係しているらしい。話を聞いてやってくれ」


 え、ただのもふもふ好き以上の何か事情があるの?

 そう言われたのでとりあえず尋ねてみると、キアは不思議そうな顔を作る。


「だって、異世界に転生したら大きな狼が仲間になるものだろ?」

「そんな決まり事はないでしょ……」

「決まってるんだよ、大体フェンリルかめちゃ強いスライムが仲間になるって」

「……もしかして、前世では結構ラノベを読んだりしていた?」

「いや、私はアニメ派だ。子供だったからな。病室で暇だったからずっと観てた」


 頷いたキアはこれまでの苦労の歴史を語り出した。

 どれだけフレンドリーに迫ってもウルムド達がなびくことはなく、ひたすら殺意を返してくるのみ。何度繰り返しても同様で、涙ながらに討ち取るしかなかった。


「だから今のこれは夢のような状況なんだ。この一番大きいのを譲ってくれ!」


 とキアはジェシカの背中に抱きついていた。

 これにジェシカの方は助けを求めるような思念を送ってくる。


(ルーシャ様からも言ってくれ。私は行くつもりはないと……)

「分かった……。キア、本人(獣)が嫌がっている場合は無理だよ」

「じゃあ、聖獣がオッケーしてくれたら連れていっていいんだな?」

「え、うん、まあそれなら」

「やったー!」


 意気揚々とジェシカから飛び下りたキアは早速聖獣達の説得を開始した。

 そうだね、聖獣達の方から一緒に行きたいと言うなら、私は快く送り出してあげよう。あ、キアがどういう人か教えておいてあげないといけないか。


「皆、キアはそんな感じだけど、このエルフィリス国の最高権力者だから大事にはしてもらえると思うよ。私に遠慮しないで前向きに考えてあげてね」

「ああ! すごく大事にするぞ!」


 屈託のない笑顔でキアはそう約束していた。

 裏表のない子だし、案外これは好きになってしまう聖獣がいるかもしれないね。


「よし、後は自力で頑張って。私は活動時間がもう限界」


 こう言い残して家へと歩きはじめると、キアが「活動時間?」と首を傾げる。


「中身は大人でも体は幼児なんだよ。疲れが溜まるとすぐ眠気が襲ってくるの。というわけで、私は今から幼児らしくお昼寝をする。皆、起きたらご飯作ってあげるからね」


 早朝から、百人近い瀕死者の治療に、首脳会議に、料理にともう二歳児の体は本当に限界だった。睡魔と戦いながらフラフラと歩いていると家の扉が開いてレイエルが走り出てきた。


「そろそろお昼寝だと思っていました。無理しすぎです、ルーシャ様」

「ごめんー、頼んだ……」


 レイエルに抱き止められるのと同時に私の意識は途絶えた。


 その後、目を覚ますと窓の向こうに沈んでいく夕日が確認できた。

 どうやらがっつり眠ってしまったらしく、気分も爽快だ。家の外からは賑やかな話し声が聞こえてきて、もう晩ご飯の準備が始まっているのが分かった。私も行かなきゃ、と自分の部屋を出る。


 リビングには、テーブルに突っぷして幸せそうな顔で寝るテルミラお母さんの姿が。その目の前には空になった酒瓶が置かれていた。


「我慢できずに飲んだか……」


 私の呟きに、隣で静かにお茶を飲んでいたオーゼスさんが頷く。


「なぜかずっと酒を我慢していたが、気にせずいつも通りにしてくれ、と言ったらやっと飲んでくれた。テルミラの酒好きは有名だからな」

「オーゼスさんにご迷惑をおかけしませんでしたか?」

「いいや、全く。テルミラは少し陽気になったくらいで、楽しく会話ができた」


 ……まさか、お母さんがそんな普通の人みたいに? いや、彼女に限ってそれはありえない。二年以上も一緒に暮らしてきた私はよく分かっている。きっといつもの酒癖の悪さが出てそれなりに迷惑をかけたはずだ。

 オーゼスさんはもしや、とても大らかな人なのでは? 間違いない、あのキアの兄をやっているくらいだし。


 お茶をテーブルに置いたオーゼスさんは私に頭を下げてきた。


「妹がそれなりに迷惑をかけたようだ。ルーシャ様、すまない。だが、あの子はあれでもいくつもの民族を束ねる総長。考えがあってのことだろうから許してやってほしい」

「え、そうなんですか……?」


 ふーむ、ただやりたいようにやっていただけな気がするけど……。

 首を傾げつつ家の外に出ると、一頭の大狼の上で寝転んでいたキアが体を起こした。


「この聖獣達、本当に魔獣とは全然違うな。人間に対する敵意が完全に消えているし、それどころかすごく人なつっこい」

「うん、びっくりするくらい前と違うよね」

「本音を言えば、少し疑っていたんだ。だから、自分で確認しておきたかった。これなら大丈夫だろう」

「どういうこと?」

「私と一緒に、本格的に聖獣軍団を作らないか、ってこと」


 突然そんなことを言われても。ここにいる聖獣を連れていくという話じゃなかったの?

 私がやや面食らっているのを見てキアは微笑み、それから視線を逸らす。その先では教団職員と住民が集まっていくつもの鍋を準備していた。


「あれ、皆で集まって何をしているんだ?」

「ああ、晩ご飯の鍋の準備だよ。元々は教団だけで聖獣達のためにやっていたんだけど、いつの間にか町の人達も参加するようになっちゃって。鍋にすれば聖獣も子供も野菜を食べてくれるからね」


 おっと、もう私の出す食材待ちみたいだ。

 携帯している欠片から肉や魚、野菜類を再生させると、人々は早速調理に取りかかった。駆けつけた聖獣達は待ちきれない様子で作業を見守る。

 人間と聖獣が作り出した風景を、キアは一歩引いた所から感心したように眺めていた。


「まさに理想の形だな。どうやって共生すべきか悩まずに済む。もう作り上げていたんだからルーシャはすごいよ」


 そう呟いた後にキアは私の方に振り返った。


「私の勢力圏である北部は牧畜と農業が主産業で、国全体の食料の生産地だ。聖獣を大規模に養うにはうってつけの地域だろ。うちで聖獣達の準備を整えて順に各地に送ればいい」


 ……最初から、聖獣軍団を作るための視察が目的でここに来たのか。

 私はキアという人間を見誤っていた。前世の子供っぽいところもあるけど、核になっているのは別の部分。この国を導くべく生きてきた、十七年間の人生で培われた方だ。

 キアは改めて私の目をまっすぐに見据える。


「ルーシャ、私と共にエルフィリス国を守ってくれ」


 後になって思えば、私とキア、二人の転生者が出会ったこの日、世界初の人と獣が共闘する国がスタートしたのだろう。





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