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3 激怒


 赤子と少年を前に魔女の女性は頭を抱えていた。


 ……明らかに脱走してきた聖女の赤子と王子っぽい少年だし、面倒事を抱えているのは分かりきっているよね。断られても文句は言えない……。

 私は固唾を飲んで魔女が出す答を待った。


 しばし悩んだ後に彼女は晴れやかな表情でポンと手を打ち鳴らす。


「これは大変な幸運なんじゃないかしら? 私はお腹を痛めずしてすごい後継者(と何か美少年)を得た!」


 この上なく楽観的に捉えてくれた!


 魔女は酒場の支払いを済ませると私の入った籠を持ち上げる。それから、にんまりした笑顔をこちらに向けてきた。


「私を選んだあたり、あなたはお目が高いわよ。私ほど高速でこの国から脱出できる者もいないでしょうからね」


 彼女がそう言った直後、私達の周囲を風が舞いはじめる。


「私が得意なのは風霊魔法。もう五分後には隣国にいるわ」


 なるほど、やっぱり思った通りの実力者だし、まさにうってつけの人だった! 私とレイエルはついてる!


 と幸運を天に感謝したその時、町の角からぞろぞろと兵士達が駆けてくるのが見えた。一団を率いているのはあの第一王子と第二王子のようだ。二人はこちらを指差しながら叫ぶ。


「いたぞ、聖女様とレイエルだ!」

「者共、聖女様を丁重に保護しろ!」


 くっ、見つかったか!


 焦る私の背後で、ドシュッ! と何かが打ち上がるような音が。籠ごと振り返ると、ついさっきまでそこにいたはずの魔女の姿が忽然と消えていた。

 ちくしょう、あの魔女、自分だけ高速で脱出した! なんて女だ、全然うってつけじゃなかった!


 あっという間に私とレイエルは兵士達に取り囲まれてしまった。第一王子が嬉々とした表情で進み出てくる。


「ちょうどいい、聖女様と共にレイエルもこの場で不慮の死を遂げてもらうとしよう」


 これを聞いていた第二王子が即座に兄の命令を遮った。


「レイエルに関しては同意しますが聖女様は許しませんよ、兄上。者共、兄上の兵から聖女様を死守するんだ!」


 こんな所で派閥争いか。それにその言いよう、レイエルがあまりにも可哀想……、あ。

 視線を向けると第五王子の少年は呆然とした表情で兄達を見つめていた。


「……兄様方、僕を殺すって、何かの冗談ですよね……?」


 声を震えさせる弟を前に、第一王子と第二王子は顔を見合わせる。


「冗談などではない。ずっと優しい兄を演じてきて、いい加減うんざりしていたんだ。それも今日で終わりだと思うとせいせいする」

「うむ、そろそろレイエルを担ぎ上げようという動きも見えはじめた。お前にはこの辺りで死んでもらう」


 どうやら本当に兄達の本性を知らなかったらしく、レイエルは崩れるように地面に膝をついた。


「そんな、全部、偽りだったなんて……」


 ショックを隠しきれない弟を見て兄達は笑い合う。


「愚かな奴だ。とりあえず、こいつを片付けてしまおうか?」

「そうですね、片付けましょう」


 二人の王子の号令で兵士達は一斉にレイエルに襲いかかってきた。

 ところが、まるで時間が停止したかのようにその動きがピタリと止まる。兵だけでなく王子達も指の一本すら動かすことができない。彼らはよく回る口だけをどうにか開いた。


「あ、ありえない……、これはまさか、魔力か……!」

「聖女様、もうこれほどの魔力を……!」


 そう、この現象は私の仕業だ。魔力で全員の体を覆っている。


 王子配下の兵士は合計で数十人おり、いくら私でも一度にこの人数を停止させることは不可能。のはずだったが、どういうわけか急激に魔力が高まったおかげで実行できた。

 いや、理由なら分かっている。

 クズ王子達の所業で私の怒りが頂点に達したからだ。


 ……サイコパスに飽き足らず、なんて下衆な振る舞い。

 お前達の血は何色だー!


 全員に纏わせている魔力に上方向から一気に加重をかけた。


 ズズンッ!


 重力に押し潰されるように兵士達もクズ王子達もカエルのような呻き声を上げて地面にめりこむ。全員が意識を失い、もう汚い戯言を並べることもできなくなった。


 ふん、ゼロ歳で殺人は犯したくないから手加減してあげたよ、感謝しろ下衆共め。

 こんな奴らよりレイエルのことだよ……。大丈夫……?


 あまりにも残酷な現実に、少年王子はまだ地に膝をついたまま呆然としている。私が入っている籠を浮かせて近寄ると、彼は涙を拭って立ち上がった。


「聖女様は全てご存じだったから、僕を助けるためにさらってくださったんですね……」


 ……うんまあ、できればひどい現実を知っちゃう前に国を出たかったんだけど。


「ありがとうございます、ルーシャ様。僕はもう大丈夫です」


 そう笑顔を作るレイエルを見て、私も目頭が熱くなるのを感じた。

 なんていたいけな子、私がきちんとした家族になってあげるからね……!


 といたわりの魔力で少年を包んでいると、上空からもう一人の家族になるかもしれない人が下りてきた。逃亡していた魔女が私達の前に下り立つ。


「さっきは逃げてごめんね、あなたの実力を見てみたかったのよ。ルーシャといったっけ、その年齢でそれだけ魔力を操れるなんて大したものだわ。おそらく転生者の中でも群を抜いてる。よし、あなたを育ててあげる。そっちのいたいけな美少年も一緒にね(セットだとさらに力を発揮できるみたいだし)」


 ……うーん、この人、今一つ不安なんだけど、背に腹は代えられないか。


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